終焉がぶつかる 【創作大賞2025 ホラー小説部門】第八章
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第八章
白いバンの後部に乗せられ、二人はどこかへと運ばれている。外から見れば、白いバンの群れが縦に並んで列を作っているように見えているだろう。里見は車内で久城を支えながら車の揺れに耐えていた。目の前には何人もの黒服たちが座っており、とても自由に動ける状態ではなかった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない・・とんでもなく痛いよ・・。」
無理してを笑ってはいるが、久城は汗だくだった。
「すまない、こんな事になるなんて。君を巻き込んでしまった。」
「私が望んで付いて来たんです。そんな事言わないで下さい。」
車内の揺れが少しずつだが強くなっていく。坂道を走っていることが二人には分かっていた。
「久城さん、里見さん、大丈夫ですか?」
助手席に座る古川が話し掛けてくる。
「久城さんを早く病院に連れて行ってください!」
「それは出来ません。それに、病院も今はそれどころではないんじゃないでしょうか。おそらくどこもかしこも死者で溢れているでしょうから。」
「お願いだから!」
「そんな大きな声を出さないで下さい。」
バンが登る傾斜が徐々に急になってくる。
「何処へ向かってるんだ・・教えろ。」
「始まりの場所です。私にとっての。」
「始まりの場所だと?」
「はい。思い出の場所ですね。」
「私、あなたの事、同情してました。」
「そうですか。」
「ご両親のお話しやあなたの気持ちを聞いて、少しはあなたの事を理解しようとしました。でもこんな事をするなんて!やっぱりあなたはおかしい!どううかしてます!」
「どうかしている・・そうかもしれませんね。だからってどうする事も出来ません。」
遠くの方から僅かだがサイレンの音が聞こえてくる。その音に続いて、反響した誰かの声が聞こえてきた。
「こちらは、防災東京都です。現在、都内各所において多数の人が突然死亡する事象が発生しています。確認されている死者は、六千人を超えています。原因は現在調査中ですが、極めて危険な状況です。都内にお住まいの皆さまは、すぐに建物の中へ入り、窓やカーテンを閉め、施錠してください。外出は絶対に控えてください。近くに意識混濁、錯乱、異常な行動を示す人物がいた場合、近づかず、避難してください。警察や消防への通報は、安全を確保したうえで行ってください。繰り返します。現在、都内にて原因不明の大量死事案が発生しています。ご自身とご家族の安全のため、冷静に行動してください。」
「都心の方は大変な事になってますね。」
他人事のように古川が呟いた。
「本当に・・お前が・・。」
「久城さんはまだ疑っているんですか?さすがにしつこいですね。」
「がああああああっ!」
突然、久城の骨折部が激しく痛んだ。
「久城さん、しっかり!」
二人をよそに、白バンの列はその後もひたすらに進んでいった。
どれくらいの時間が経っただろうか。突然車が止まった。
「お疲れ様でした。着きましたよ。」
古川が笑顔で語り掛ける。二人が車内から降ろされると、当たりは既に真っ暗になっていた。山奥に連れて来られたようで、周りは木々で覆われている。ここが都心からどれくらい離れた場所なのか、二人には見当も付かなかった。
目の前には廃墟のような、大きな建物がそびえ立っている。元は白い外壁をしていたのだろうが、今は薄汚れており、所々にツタが壁を這っている。不気味な雰囲気を醸し出す、見るからに怪しい建物であった。
黒服の男達にそれぞれの肩を担がれて久城は引きずられていく。里見も彼らに囲まれ、連れられて歩いて行く。目の前を歩く古川の事を、里見は強く睨んだ。
「ここは何処なの?このビルは何?」
「私の禍津比地(まがつひじ)です。」
「まがつ・・何?」
「呪いが生まれた場所、と思ってもらって構いません。」
「こんな薄気味悪い場所に俺達を連れて来て、一体どうするつもりだ。俺はいい。里見さんは・・彼女は解放しろ!」
「もうそういう訳にはいかないんです。」
「何!?」
「久城さんこそ解放して。大怪我してるのに!」
「それは自業自得なところがありませんか?私に拳銃なんて向けたらタダじゃ済まないですよ。彼らが黙ってないです。」
ビルの中には物など何もなく、雑草やゴミなどで荒れ放題の状態であった。入り口を抜け、ボロボロになった階段を皆で歩いて行く。歩く度、久城が小さくうめき声を漏らす。里見は久城を気にかけながらも、目線は常に古川の事を追いかけた。
錆びたドアが開かれると、ビルの屋上に出た。下から見るよりも遥かに広いスペースがあり、そこには多くの黒服達が立ち並んでいた。古川が奥に進む度に黒服達が道を空ける。里見達はこの屋上の奥の方に誘導されているようだった。
「こんなにイかれた連中がこんなにもいたとは。もっと早くにお前をどうにかするべきだった。」
「そうしていたところで結果は同じです。」
「何をするつもり?」
「里見さん、私はあなたに会えて本当に幸運でした。」
「どういう意味?」
「呪いに対する耐性には人それぞれ個人差があります。あなたは呪いに対して非常に強い耐性を持っている。間違いありません。」
「俺もか?」
「いいえ、久城さんは私が温情を掛けてあげているだけです。かけていなければ、とっくに亡くなっているでしょう。先程だって、私がいなければ怪我では済まなかった。」
「何で俺に温情を掛ける?」
「初めて出会った時から、可哀そうな人だなと思いまして。それだけです。」
「本当に腹立つガキだ、お前は。」
古川の歩みが止まり、黒服達の歩みも同じ様に止まる。その先の開けた場所の床に謎の模様が赤色のペンキのようなもので大きく描かれていた。
その模様の真ん中にはしっかりとした形の椅子が置いてあり、動かぬよう床に取り付けられている。椅子の横には細長いテーブルも置いてあり、その上には何かが並べられている。里見と久城により一層の緊張感が走る。
「ここでこれより、絶魂(ぜっこん)の儀を執り行います。」
古川が宣言すると黒服達が一斉に
「厭魅女(えんみこ)と終焉に!」
と三回叫んだ。今まで一言も言葉を話さなかった彼らがいきなり叫んだ事に、二人はびくっと驚いた。そして周りのいる何人かの黒服達が里見の両腕を捉えた。
「嫌っ!離して!離してっ!」
抵抗する里見を容赦なく椅子の方に引きずっていく。
「やめろっ!やめるんだっ!」
久城も出来る限り体を揺らして抵抗するが、もはや無駄な抵抗であった。里見は力づくで用意された椅子に座らせられ、手足をロープできつく結ばれ完全に拘束された。
「やだっ!お願い離してっ!」
どれだけ体を動かしても、椅子はビクとも動かない。古川はゆっくりと歩み寄り、里見の前に立った。
「絶魂の儀は、永遠にこの呪いが解けないよう、呪いをより強固にするための儀式です。魂は向こうの世界に縛られる事になり、転生も成仏も出来なくなる。真の終焉を迎えるのです。」
「意味が分からない!私をどうするつもり?」
「私の中にいる厭魅女に対して全てを捧げて貰います。魂も肉体も、永遠に。この儀には呪いに対して強固な耐性がある、若い女性が必要でした。里見さん、あなたはぴったりです。運命だったんです。私達が出会うことは。」
「どういう事?私を殺すつもりなの?」
「結果的にはそうなってしまいますね。」
古川はいつものように優しく微笑んでいる。
「噓でしょ・・。」
「でも、他の人達よりは苦しみは無いと思います。その点は安心して下さい。」
里見は横にあるテーブルの上に置かれている物に目をやった。白い大きな器が二つ並べられている。里見はそれの正体が骨壺だと分かった。
「いい加減にしろ!こんな事をしてどうなるか分かっているのか!」
「久城さん、黙ってそこで見ていて下さい。いいですか?あなたを連れて来たのは、完全に私の道楽です。」
「道楽だと?」
「あなたのような哀れな人間に分からせてやりたいのです。向こう側の世界の存在を。人生観を変えてやりたいのです。」
黒服二人がテーブルに近づき、それぞれ骨壺の蓋を開けた。
「里見さん、本当にごめんなさい。」
ゆっくりと古川は里見にギリギリまで近寄った。
「お願いだからこんな事やめて・・。助けて!死にたくないっ!」
「どの道、もう終わるんです、何もかも。終わり方が他の方と違うだけです。」
古川はそう言うと、目の前の黒服に頷いた。黒服二人は骨壺を抱えながら里見の両隣に立った。そして骨壺から既に砂のように細かく砕かれた遺灰を、里見の頭に振り掛け始めた。
「いやあああああああああああっ!」
里見の頭が白くなっていく。遺灰がどんどん撒かれ、里見の肩回りやひざ元も白く染め上げていく。
「古川っ!やめろっ!」
久城がそう叫んだ瞬間、彼の折れた足に衝撃が走った。古川が久城に向かって眼力を飛ばしていた。激痛に耐え兼ね、ついに久城は苦痛の叫び声を上げながらその場に倒れ込んだ。
「それでは皆さん、絶魂(ぜっこん)の儀を始めましょう。輪唱を。」
黒服たちは皆一斉に両膝を地面に着き、祈りを捧げるように両手を合わせた。
「南無幽冥界主、無量破滅如来、一心頂礼、虚無本尊、三千世界、皆滅度、有為法盡 、虚空転輪、諸行無魂 、諸法皆斬、天地諦裂、血涙如雨、鳴呼、輪廻潰滅、終焉主、 此処に降臨せり。」
久城には一切意味が分からない、呪文のようなお経のような謎の文章が皆で輪唱される。里見は自分の周りに、あの黒い影たちが現れた始めた事に気付いた。無数にいる。それらがゆっくりと近付き、自分を取り囲んでいる事に気が付いた。
「来ないでっ!来ないでよっ!やだああっ!」
里見の両隣の黒服達は残り少ない遺灰を握りしめると、宙に弧を描くようにしてそれを撒き散らした。
「闇は満ちたり!空は眼を閉じ、地は鼓動を止め、血の音は逆流する。此処に在るは命の尽きる処。此処に集うは魂を喰らいし神々の影!恐れるな!」
空に向かって古川が叫ぶ。
「ただ沈黙のままに祈るのだ!汝らの心、ただ終焉にあれ!これは滅びの誓いであり、魂を絶やすための儀!世を終わらせるための経!されど忘れるな!これは始まりでもあると!新たな地が築かれるのだと!」
「厭魅女(えんみこ)と終焉を!厭魅女と終焉を!厭魅女と終焉を!」
黒服たちの熱狂もピークに達していた。里見は徐々に頭を下げ、項垂れてきた。
「里見さん!しっかりするんだ!」
「うう・・。」
里見の意識は朦朧とし始めているようだった。強い雨が場を濡らし、雷鳴が鳴り響き始めた。風が吹き荒れ、まるでビル全体が振動しているようだ。
古川は項垂れる里見の頭を優しく両手で触れ、顔を上げさせた。目が虚ろ虚ろになり、里見はもうフラフラの状態だった。
「来たれ、真の終焉よ、今ここに。」
里見に口付けをするため、古川は顔を寄せた。
両親は多分、説得されたのだろう。儀式を繰り返し行えば、いずれ亡くなった娘に出会えると。だから私の事を、真実を知った後でも優しく接してくれたのだろう。
私の中に厭魅女(えんみこ)がいる。でもそんなの関係ない。私は私だ。お母さんとお父さんが喜んでくれるなら、それで良かった。私に優しくしてくれるなら何でも良かった。
事あるごとに進んで儀式に参加した。山奥にあるこのビルには数え切れない程通った。私が来るだけで、皆私の事を崇めたり、触ったりしてきた。最初は抵抗があったけど、両親のためなら全然耐えられた。
私の目の前で急に自殺する人もいた。最初は怖かったけど、この人達は死にたい人達なんだと自然に納得出来た。ここに集まった人達は、この世界なんて滅んでしまえと考えている人達だ。悲しい事や辛い事を経験したから、そう考えるようになったのかもしれない。
それにしても、やっぱり私の中にいる厭魅女(えんみこ)の力は強すぎたようだった。私の中に降臨し、力を蓄える休眠期間であっても、年を重ねるたびに私の中で大きくなり、力が強大になるのを感じた。
私が高校生に上がる頃には、両親はすっかり元気が無くなってしまった。それに私の周りで時折人が亡くなったりするようになった。厭魅女(えんみこ)の真の目覚めは、もはや時間の問題だった。
もし目覚めたら、両親はどうなってしまうのか。私には何となく想像が付いていた。だからせめてその前に家族らしい事をしたかった。お姉ちゃんがまだ生きていた頃、家族全員で撮影した写真があった。その写真を時々見ていた私は、家族写真を残したくなった。今の私達の。
だからお母さんにお願いして、私の成人祝いという事で、家族写真を撮ってもらう事にした。ちゃんとしたプロのカメラマンの方にスタジオで撮ってもらえる事になって、私はとっても嬉しかった。
でも母が写真スタジオに予約の電話をした辺りから、両親の様子はこれまで以上におかしくなった。もはや人としての心はほとんど無くなりかけていた。限界だったのだ。
ただ家族写真を撮りたかった。もう少しだったのに間に合わなかった。私の中の厭魅女(えんみこ)は、空気を読まずに最悪のタイミングで目覚めてしまった。
両親が亡くなって、私はもはやどうでも良くなってしまった。お姉ちゃんも、お母さんも、お父さんも、みんないなくなってしまった。この世界など、私にとってもはやどうでもいい物に成り下がってしまったのだ。
これは、この世界を終わらせなさいという厭魅女(えんみこ)からのお告げだ。だから私は従う。私は厭魅女その者であり、終焉の者。
だから、ごめんなさい、里見さん。許して下さい。
古川は目を瞑りながら、優しく里見に口付けをした。
黒服達から歓声のような声が上がる。久城もただ歯を食いしばって見ている事しか出来なかった。
しかし、様子がおかしかった。古川は体を震わせ目を開くと唇を離し、里見から離れた。古川はその場に倒れ込み、吐血した。周りの誰しもが、何が起こったのか分からなかった。
静寂の中、笑い声が聞こえる。その声の主は里見だった。項垂れていた頭をゆっくりと上げ、古川に対して吐き捨てるように呟いた。
「なんだ、この程度か。」
