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55歳、俺、母になる!?⑦【#創作大賞2025#エンタメ原作部門】


――目を開けると、見慣れぬ薄暗い天井と室内。


(……ここは、美弥の部屋…?)



気づけば、布団がかけられていた。




座ったまま伏せている莉緒の姿。



(……寝てた? どれくらい?)





スマホを見ると、30分近く経っている。



そっと身体を起こすと、莉緒が顔をあげた。


「……あ、美弥。起きた……! よかった……!」


心底ホッとしたような声。


「ほんとに心配したんだから。妊娠中でしょ?
倒れた時、救急車呼ぶか迷ったけど、出血も脈も
大丈夫そうだったから、貧血かなって様子見てたの…」



莉緒が、そっと水の入ったコップを差し出してくれた。



「どこか痛いとこある? 大丈夫?」


「……あ、、あぁ、大丈夫。ありがと」


(無意識にまた男っぽい口調になった)


言葉にすると、喉が少し乾いていたのに気づいた。

水をひと口飲んで、ほっと息をつく。



(……俺、やっちまったな)


自分のせいで、
この身体に無理をさせてしまったと痛感した。



「ごめんね。妊娠のこと、急に聞いたりして……」




莉緒は悔しそうに呟いた。




「勝手に見て、ストレスかけちゃったよね…」



「この間のあの顔…妊娠と関係してたと思ったら、
ほっとけなかったの…」




莉緒が手元のエコー写真を見つめた。




「隠されたから余計に心配で……」



そして、少しだけ間を置いてから、

莉緒は小さく笑って言った。




「けど……これだけじゃなくて…
今日の美弥、やっぱりどこか変だよ…?
話し方とか雰囲気も…」





――来た。




「ごめん、これ以上責めたいわけじゃないの…
でも……今日の美弥、まるで別人みたいで……」




(……バレるな、これ)


健一は、胸の奥で思った。



(これ以上隠すのは限界だ……俺もしんどい)



美弥の身体にまた負担をかける前に、
協力者が必要だ。





目の前の莉緒なら――




「これから話すこと……
信じてくれるかわからない。でも、話す」 



莉緒は、小さく頷いた。




健一は、覚えている限りのすべてを、
確かめるように話した。



事故に遭い、意識を失って目覚めた時には
美弥の身体になっていたこと。


日記を通して少しずつ彼女の生活や思いを知っていったこと。



そして、

彼女の人生を守りたいと願っていることまで――。


莉緒はぽかんと口を開けて硬直していたが、
次第に表情が変わっていく。



健一は息を詰めて莉緒を見る。





沈黙。






( 数秒後 )




「……はぁあ!?


え、待って……あんた……

おっさんってこと!? まじで!?」




「え……あ、、、う、うん……まぁ、そうなる……」




あまりにも直球すぎる反応に、
健一は一瞬ひるんだ。


「なにそれ、わけわかんないし!!

ってか!!
美弥の身体に……変なことしてないだろうね!?」


 


「し、してない!してないってば!!」


「ほんと!?信用していい?変態じゃないよね!?」


「ち、違う!ほんとに何もしてない!
信じてもらえないかもしれないが…もう“自分の身体”って感覚なんだ。さっき倒れたのも、妊娠初期で無理ができない証拠だろ!?」



「……ふーん……じゃ、まぁ」



莉緒はしばらく唸ったあと、妙に真顔で頷いた。


「……おっさんが入ってると思えば、今日の美弥の言動いろいろ納得いくわ……」


信じがたい話にも、莉緒の瞳に揺らぎはなかった。






倒れたとき、真っ先に心配してくれた彼女…


──この人なら、大丈夫かもしれない。




健一は立ち上がり、
引き出しから日記を取り出した。


「ここに、美弥の想いが詰まってる。
誰にも言えず、一人で抱え続けた気持ちが……
俺はこれを読んで、向き合う覚悟ができた」



ノートを手渡しながら、続ける。



「莉緒が美弥を大切に思ってること、伝わった……
だから、力を貸してくれないか?」





(美弥……勝手に見せてすまん)




莉緒は「ありがとう」と呟き、
ソファに座って日記を読み始めた。



健一は少し距離を置いて見守る。




ページをめくる音の中──



ぽとりと、紙に涙が落ちた。


「……バカ……ほんと、バカだよ……
美弥、ひとりで…こんな……」



健一は黙って、それを見ていた。



莉緒の中で何かが確かに動いたことを、
言葉にしなくても感じた。



日記を閉じた莉緒は、
しばらく目を赤くしたまま黙っていた。


莉緒が怒りと悲しみを飲み込む間、
健一は無理に声をかけなかった。



──そして。



「……あいつら、クズすぎない?」


ぽつりと、莉緒がつぶやいた。



「誰も美弥を信じてない。
今まで一緒に働いてきたくせに、何も見てない!」



悔しさと怒りで、震えていた。



「あの子は、ずっと一人で耐えてたのに……。勝手なこと言いやがって。特に昌也、絶対許せない!!」


健一は大きく頷いた。


すると莉緒は、急に立ち上がって言った。






「  こんな会社、辞めよ!!!」



え……え?!」健一の目が丸くなる。


あまりに急な言葉に驚きながらも、
莉緒の目の真剣さに気圧されて何も言えなくなる。

「今すぐ無理なのはわかってる…でも、美弥がまたあんな場所に戻ると思うと……耐えられない…」


その気持ちは健一も同じだった。



けれど──


「……ありがとな、莉緒。
でも、もう暗い。今日は帰れ  」



莉緒は少し驚いたような顔をした。


「気持ちは嬉しい。……でも美弥のいないところで、“辞める”って決めるのは違う気がしてさ。今の俺じゃ、そこまでの決断を代わりにする自信がないんだ。少しだけ時間をくれないか」


「……そっか、うん。私はもう決まってるから。
もう一度会って、ちゃんと話そう。それまでに、
ちゃんと考えといてよね。おっさん!!」


健一は苦笑しながら頷いた。



「 おっさん、了解した 」


そうして、莉緒はようやく帰ることにした。


静かになった部屋で、
健一はベッドに腰を下ろした。


「……すごいな。あの子」

泣いて、怒って、誰かのために行動する…



俺が55年間まともにやれなかったことを、
彼女は当然のようにやってのける。


「……俺なんかより、よっぽど“大人”かもな…」



健一は、お腹をそっと撫でた。


職場環境が良くないのは確かだ。
でも焦っても、それが正解とは限らない…



「……考えすぎるのも、身体によくねぇか……」



立ち上がり、電気を消して布団に入る。



──こうして、
健一の、美弥としての“最初の長い1日”が終わった。




それは同時に、

 “誰かのために生きる”という人生の、

本当の始まりでもあった。






──第⑧話へつづく









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