窓枠の向こう【短編小説】
夕暮れ時の電車は不思議だ。
朝のような慌ただしさもなく、夜のような静けさもない。
一日の終わりへ向かう人たちを乗せて、ゆっくりと街を横切っていく。
私は座席に腰を下ろし、スマホの画面を眺めていた。
通知が一つ。
ニュースが数件。
SNSの更新も流れてくる。
指を動かせば次々と情報が現れる。
便利な時代だと思う。
けれど、その日はなぜか画面を見続ける気になれなかった。
私はスマホを閉じた。
ふと顔を上げる。
窓枠の向こうでは、夕日が街をオレンジ色に染めていた。
子どもの頃も、私は電車が好きだった。
今ほどスマホが普及していなかった時代。
電車に乗ると窓の外ばかり見ていた。
遠くの山。
川の流れ。
住宅街の屋根。
小さな公園。
知らない人の洗濯物。
どれも特別ではないのに、なぜか見飽きなかった。
あの頃の私は、
電車に乗る時間そのものを楽しんでいた気がする。
ガタン、ゴトン。
規則正しい音が響く。
窓枠はまるで額縁のようだった。
流れていく景色を、一枚一枚の絵として見せてくれる。
商店街を急ぐ人。
自転車を押して帰る人。
信号待ちをする車の列。
河川敷を歩く犬の姿。
ほんの数秒で過ぎ去る光景なのに、それぞれに誰かの日常がある。
そう思うと少し面白かった。
再びスマホを手に取る。
すると黒い画面に、自分の姿がうっすら映り込んだ。
今日はどんな一日だっただろう。
朝から慌ただしく働いて、
やることに追われて、
気付けば夕方になっていた。
きっと昨日も同じだ。
明日も似たような一日かもしれない。
でも、窓の外を見る時間を失ったのは、忙しさだけが理由ではない気がした。
いつからだろう。
待つ時間や移動時間を、全部スマホで埋めるようになったのは。
退屈を感じない代わりに、
何気ない景色を見る時間も減っていた。
昔の私なら見つけていたかもしれない。
赤く光る雲。
遠くの踏切。
夕日に照らされた校舎。
そんな小さな発見を。
やがて電車は目的の駅へ近づいた。
車内アナウンスが流れる。
私は立ち上がり、スマホをポケットへしまった。
ドアが開く直前、もう一度だけ窓を見た。
夕日は少しだけ低くなっていた。
オレンジ色の空がゆっくり群青色に変わり始めている。
今日という日は終わっていく。
けれど、その景色はどこか懐かしく、優しかった。
ホームへ降りる。
人の流れに合わせて歩き出した私は、ふと思った。
明日も電車に乗るだろう。
そしてきっとスマホも見るだろう。
でも、ときどきは顔を上げてみよう。
窓枠の向こうには、今日しか出会えない景色があるのだから。
そんなことを考えながら、私は夕暮れの駅を後にした。
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