見出し画像

彼女は誰よりも人を軽蔑していて、誰よりも優しかった

空音(そらね)のソラより。


私の知り合いである女性の話をしましょう。

その方は、ある悩みを抱えていました。

「全ての人を軽蔑してしまう」
ということです。

駅を歩けば、すれ違う人全てに

「背が低いな」「髪が薄いな」「服のセンスが悪いな」
「メイクができてないな」「性格が悪そう」

と瞬時に軽蔑の評価をくだしてしまうのです。

会ったこともない本の作者にまで、
一方的に手厳しい軽蔑の思いを、抱いてしまいます。

「私には世界屈指の能力があります。
それはどんな人でも
あっという間に軽蔑できる力です」

と、いつか苦笑いしながら
話してくれたのを覚えています。

彼女は、なぜ
そんなに人を軽蔑してしまうのか悩んでいました。

自分がそんな大層な人間でないことは
よく理解しているのに

息をするように誰でも軽蔑してしまう。

自分の人への評価が
客観的な妥当性を
欠いていることも分かっているのに

一方的な主観で勝手に全ての人を見下してしまう。

こんな自分が嫌でたまらないのに
軽蔑することをやめられない。

なにより

「こんなに心の中で反省して苦しんでいる私は
なんて謙譲の精神に満ちあふれた人間なんだろう。
周りの人間とは違うし、彼らはそれができない軽蔑に値する輩だ」

という思いすら
勝手に湧いてくることに絶望していました。

軽蔑してしまうことは恥ずかしいことなのに、
その自己内省までも誇るような気持ちになってしまう。

そして、それすら他者への軽蔑の材料にしてしまう。

「ほら、ちゃんと自分の卑しい面を反省できるから
周りの傲慢な人間たちとは違う」

という思いを
どうしても止めることができないのです。

彼女は、ある慈善団体に勤めていました。

困窮した人たちを優しくお世話し、
慈母のように
多くの人に慕われていたそうです。

困っている人を見ると
親身になって助けたくなる。

でも、そんな人たちさえ軽蔑してしまう自分。

表の顔は「思いやりにあふれた優しい自分」。
心の中は「万人を等しく軽蔑する自分」。

なぜそんなジレンマが生まれてしまうのか…
と彼女は嘆いていました。

そんな彼女の打ち明け話を聞きながら、私は
「そうですか…紅茶でもどうぞ」
と勧めました。

私たちはしばらく
無言のままお茶をすすりました。

「誰でも軽蔑してしまうこと…悲しいですか?」
「はい…」

「今も私のことを軽蔑していますよね」
「…」

「そんな自分が嫌でたまらないのに、
こんなに私の醜さに向き合える自分は崇高だ、
悩みなどない他人は軽蔑に値する、とも思ってしまう」

「…」

無言。

またしばらく二人でティーカップをくゆらせました。

「軽蔑したくないけど、思ってしまう」
「…」

「そのことを戒める自分をも尊大にとらえて、軽蔑の材料にしてしまう」
「はい…」

「でも慈しみの心をもつ自分もいる」
「…」

「そんな心に、あなたは引き裂かれそうになっているのですね」

私は青空に
彼女は指先に目をやっていました。

「それでいいのです」
ポツリと私は言いました。

「発心とは、
自分でも手が届かない心の奥から湧いてくるものです。

それはどうすることもできません。
眺めることしかできないのです。

いつの時代、どの人も、
心は自分のものだと信じながら、

実は“思い”とは、
自分の預かり知らぬ神秘の泉から湧いてくるものなのです。

人はそれを眺めることしかできません。

『心は私のもの』だと信じる私をも含めて、
眺めることしかできないし、
これまでも、ずっとそうだったのです。

ただ、そのことに
気づいていないだけ。

軽蔑する心も…
慈しむ心も…

あなたのものであって、
同時に、そうではない。

湧くままに任せるしかないのです。

私は、
ただ“思い”とされるものを
眺めているだけ。

そのように
思いに執着することがなくなれば、

発心のいかなる思いをも受け入れて、
世界に
安んじることもできるようになるのです。

そして、人はどのような思いを抱こうとも、
宇宙のコトワリに沿った
尊い仕事を成すことができます。

どんなに粗野な思いを抱えていても、
素晴らしい仕事はできるし、

尊い思いを抱いていても、
ひどいことをする人もいます。

思いは、
あなたのものでもあり、
宇宙の神秘でもあります。

それはとても大切なものだけど、
執着するものではありません。

執着は、苦しみを生みます。

不安になることもあるでしょう。

でもそれすらも、
あなたのものであって
同時に宇宙のもの。

そっと心をながめる
“真我”に立ちかえれば…

どのような思いを抱えていても、
宇宙のゆりかごで

安らぐことができるでしょう」

彼女が私の話に
納得したかどうかは、わかりません。

ただ、帰る時に吸い込まれそうな青空を、
どこかふっきれたような微笑みを浮かべながら
眺めていたことだけは

今も静かに、私の記憶に残っています。

いいなと思ったら応援しよう!