ほんとうは、立ち止まってもいい日
わたしたちはいつのまにか、
「目に見えるものだけが本当」
という空気の中で生きるようになりました。
でも──
静かな朝に手を合わせたり
木漏れ日にふと立ち止まったり
いただきます、と小さくつぶやいたりする
そんな瞬間に、
わたしたちは確かに「見えない何か」とつながっている気がします。
宗教を信じているわけではないけれど
神社やお寺に行くと落ち着く
自然の中に身を置くと、心がすっと静かになる
そんな感覚を持つ方は、きっと多いのではないでしょうか。
それは、特別でも、変わったことでもなく
とても自然で、やさしい精神性です。
決まった形にしばられず
正しさを他人にゆだねず
自分の感じるままに、
静かに、深く、
心の奥と世界を結んでいくこと。
いま、その「自由なスピリチュアリティ」が
新しいかたちで求められはじめています。
たとえば
静かに湯船に浸かること
心を込めて部屋を整えること
季節の移ろいに耳を澄ませること
どれも、小さな祈りなのだと思います。
それが誰かと比べられる必要はなく
それぞれのやり方で
それぞれのタイミングで
やさしく、自分とつながっていければいいのです。
わたしたちの日常のなかには
すでに小さな聖なるものが
そっと息をひそめています。
