終わりを想うとき、いまが愛おしくなる
ときどき、思いがけず目に入るポストが
自分のこころに
静かに波紋を広げることがあります。
それは恋愛や暮らしの知恵のような身近な話題ではなく、
たとえば――
がんと向き合っている方のことばや、
病室から届く淡々とした日常の記録。
どうしてこの投稿が、私の目に届いたのか。
理由はわかりません。
でも、なぜか心が引き寄せられて、
画面の向こうにいるその人の「いま」を、そっと追いかけてしまうのです。
彼女たちのつぶやきには、
不思議と輝きが宿っているように感じます。
「来年も、生きていたいな。」
「また、桜が見られるといいな。」
そんな一言が、
まるで祈りのように響いて、
胸の奥に染みてくるのです。
日常を当たり前と思う私たちは、
ふだん「終わり」のことを考えません。
けれど、だからこそふとした時に、
「この穏やかな時間も、永遠じゃないんだ」
そんな不安がひょっこり顔を出します。
人生は、予想もつかないリズムで変わっていきます。
突然の事故、予期せぬ病、
あるいは誰かとの別れ――
どれも、明日はわが身かもしれません。
でも、空音はこう思うのです。
終わりを知ることは、いまを大切にする扉になる、
と。
「今この瞬間を、自分らしく生きられているか」
「後悔しないように、大切な人に想いを伝えられているか」
そんな問いを、ときどき自分にそっと投げかけてみましょう。
それは不安の火を燃やすのではなく、
心の奥に灯る
小さな光を見つめなおす時間になります。
いつかは、みんな旅立つときが来ます。
だからこそ、
今日という一日を、
誰かのためにではなく、
自分のために、
やさしく過ごしてみてください。
不安になったら、深呼吸を。
心がざわめいたら、空を見上げて。
「ここに生きているだけで、じゅうぶんなんだよ」と
ご自身にそっと語りかけてあげてくださいね。
あなたが、あなたであること。
それだけで、誰かにとっての光なのですから。

