誰が為にヘヴィメタる
ヘヴィメタルの代名詞と言える人体の臨界点を超えたような速弾き、ツーバス、ハイトーンは何を伝えているのだろうか。
何のために、なぜ彼らはそこまでしなければならないのだろうか。
どんな楽器も、それなりに弾けるようになることはそもそも大変なことだ(自分はどの楽器も控えめに言って中途半端な奴だった)。
とりわけ、これらの技術は習得に膨大な時間がかかるものである。地道な反復練習以外に習得方法はなく、その苦労に見合うリターンが約束されているわけでもない。しかも、その多くはヘヴィメタル以外ではほとんど使い道がないのである。(Mrs.GREEN APPLEはサビで16分踏まないでしょ?踏んでたらすみません)
悪い。絶望的にコストパフォーマンスが悪い。
ほんの一部の例外を除けば、人は生きるために金を稼がなければならない。もちろんヘヴィメタルのプレイヤーも例外ではない。
合理的に考えれば、ヘヴィメタルで生きていくという選択はかなり無謀である。
もしあなたの子供が「僕はヘヴィメタルで生きていくんだい!」などと言い出したら、とりあえず一度家から放り出して冷静にさせるべきだろう。
MEGADETHのデイブ・ムステインは、「若いミュージシャン達に一言…」と問われて、「やめろ!」「大学へ行け!」と答えたことがある。



冗談なのか本気なのかよくわからないが、音楽で食べていくことが茨の道であることは間違いない。ましてや商業的に決して有利とは言えないヘヴィメタルで生きるなど、かなりオブラートに包んでも「普通の人生は諦めている」と言ってよい。
実際、業界では名の知れたバンドですらアルバイトをしながら活動していることは珍しくない。
MetallicaやIRON MAIDENのようなサクセスストーリーは外れ値も外れ値。ほとんどのメタルバンドは単体で生計など到底成り立たないのである。
それでも彼らは今日もメトロノームを鳴らす。
ゆっくり弾く。
弾けたら少しテンポを上げる。
また弾く。
ただそれだけのことを何年も繰り返す。
単純極まりないが故に狂気じみた、そしてほとんど金にならない練習を続ける。
何が彼らをそこまで駆り立てるのだろうか。
一言で言えば、
「そのように紡がれた言葉や姿にしか押せない背中と、届けられない想いがあるから」
である。
人を動かすのは合理性だけではない。
もちろん理屈は必要だ。しかし最後に人を動かすのは、理屈では説明しきれない情念であり、不器用だけれどもどうしても伝えたいという衝動であり、あえてありふれた言葉で言えば「アツさ」なのだと思う。
100万人のために唄われたラブソングなんかに、僕は簡単に想いを重ねたりはしない。
より多くの人に届くよう調整されたプロダクトは、必然的に遠心力を生む。
本当に特定の誰かだけに向けて作れば儲からない。だから多くの人に「これは自分のことを歌っているんだ」と思わせることが商業的には重要だ。
しかし受け手は敏感である。
作り手の思惑とは裏腹に、その向こうにあるビジネスの匂いを嗅ぎ取る。
そしてヘヴィメタルの住民たちは、とりわけこの嗅覚が鋭い。
メインストリームに乗り切れなかった者たちにとって重要なのは、
「これは俺たちに向けられたものなのか」
「この"飲み会"に俺たちは呼ばれているのか」ということだからだ。
ヘヴィメタルにおける速弾き、ツーバス、ハイトーンは、この認証を通過するためのひとつのプロトコルとして機能しているのである。
あまりにも非合理で、あまりにも割に合わない技術だからこそ、その存在自体が「これはヘヴィメタルファンのために作られている」という証明になる。
だから彼らは今日も練習する。
100万人に届けるためではなく、100万人に入れなかった誰かのために。
人体の限界を超えた速弾きも、ツーバスも、ハイトーンも、単なるテクニックの誇示ではない。
それは「お前たちのためにこそ、俺たちはここまでやる」という作り手の宣言であり、偽りようがない受け手との約束なのである。
100万人に入れなかった奴らのために、彼らは今日もひとり部屋で黙々と練習する。
その音が誰に向けられているのか、彼らは知っている。
