【今日はなんの日】8月15日:ナポレオン,現実を引き受け、生きるということ
ナポレオンの略歴
1769年、コルシカ島の貧しい下級貴族の家に生まれたナポレオン・ボナパルトは、フランス革命という歴史的な大混乱のなかで頭角を現しました。身分制度が揺らぐ時代のなかで軍人として圧倒的な戦果を挙げ、クーデターによって権力を掌握した彼は、最終的にフランス皇帝へと登り詰めました(8月15日没)。
彼の本質は、単なる野心的な軍事独裁者という枠には収まりません。彼の生涯には、外部から与えられた環境や、目の前の圧倒的な現実(革命の混乱、強大な敵、ボロボロの軍隊)を、自らの主体性で引き受け、それを利用していく姿勢が繰り返し現れます。不条理な現実を嘆くのではなく、その中で持てるカードをすべて武器に変えていくその姿は、環境に流されない人間の意志の極限でした。
ナポレオン法典
そのナポレオンが残した最大の遺産が、1804年に制定された『ナポレオン法典』です。
それまでのヨーロッパは、生まれながらの身分や特権によって権利や裁きが異なる不条理な世界でした。しかし、この法典は身分によって法的な権利が異なる旧来の秩序を解体し、法の前の平等という原則を制度として定着させる重要な役割を果たしました。古い秩序が破壊された跡地に、客観的なルールが植え付けられたのです。
次々と姿を変える格差
しかし、法によって古い秩序が再編されたからといって、人類から格差が消えることはありませんでした。
産業革命の進展とともに資本を持つ者と持たざる者の所得格差が生まれ、さらに現代においては、情報の非対称性やリテラシーの有無による知識の格差へと形を変えて引き継がれています。
誰もが瞬時に膨大な情報や高度なツールにアクセスできるAIの時代が到来すれば、この知識の格差は消滅するはずだと期待されました。しかし現実はどうでしょう。AIを思考の拡張として使う人と、AIに思考そのものを委ねてしまう人との間に、新たな格差が生まれる可能性があります。
ここには、ひとつのパラドックスが存在します。
「外部の現実を自分の問題として引き受け、血肉にして使い倒すこと」。これこそが、あらゆる不条理や格差に向き合うための重要な武器であるはずなのに、まさにその主体性やリテラシーの有無自体が、現代における新たな格差を生み出す可能性があります。
日々の暮らしのなかに
ナポレオンのように歴史の表舞台を駆け抜け、世界を書き換えるような人間は一握りです。私たち平凡な人間が、そんなスケールで生きる必要はありません。
しかし、構造やシステムがどれほど複雑化し、知識やAIをめぐる新しい格差が私たちの目の前に立ちはだかろうとも、私たちが向かうべき方向は本質的には変わらないはずです。
それは、目の前のままならない現実や、与えられた環境から目を背けず、自分自身の問題として引き受けること。そして、限られた日常の中で、自分の頭で考え、選び、歩き続けること。
ナポレオンのような英雄になれなくとも、日々の暮らしの中でその主体性を手放사ずに生きる毎日は、それだけで十分に尊い。それこそが、情報と格差の時代を生き抜くための、私たち自身の幸せの処方箋なのではないでしょうか。
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