夜更け前のルイボスティー
ひとつ、今日もまたひとつ。
私は売れない小説を書く。
エナジードリンクを体に流し込み、今にも落ちそうな瞼を擦りながら、小説を書き続ける。
売れる日をいつか夢に見て。
今日も仕事で遅くなってしまった。
玄関で慣れないヒールを脱ぎながら、おもむろにテレビをつけた。
「今年の芥川賞は誰の手に?今注目の超実力派若手小説家5選!」
今年ももうそんな時期か、出遅れちゃったな、と画面の中のルーキーを羨ましく見つめていた。
別に最初からこうだったわけじゃない。
これでも売れるための努力は自分なりにしてきたつもりだ。
小説を書き始めた初めの頃は、親しい友人や知り合いにも小説家の才能をよく褒められていた。
でも、次第に見向きもされなくなった。
この世界では、伸びなくなった芽にはもう水をやらないのだ。
そうして2年余り、誰にも読んでもらえない小説を小説投稿サイトに投稿する毎日が続いている。
今日も夜中まで執筆活動にいそしんだ。
「今日はアイデアが思い浮かばないな、気分転換に散歩でもしてみるか。」
今は午前四時、こんな時間に外を歩いている人は、よっぽどの早起きの人しかいない。
行くあてもなく歩いていると、ある一軒の喫茶店が視界に入った。
「想いの読書喫茶店」
不思議な名前だな、と思いつつも気づけば入り口に向かっていた。
「いらっしゃいませ。ここは寂れた心の休憩所。貴方の日常のそばに。
当店では、貴女の心がレシピになります。」
店員さんの説明を聞きながら、メニューを眺めていると一つのメニューが目を引いた。
「夜更け前のルイボスティー」
これにしよう、と心惹かれて注文した。
やがて、アンティークのカップに注がれてルイボスティーが運ばれてきた。
特に見た目が何か特別なわけでもない、と思いつつ香りを嗅ぐと、心の中に懐かしい記憶が蘇った。
「お母さん、私、本気で小説家を目指したい。自分を信じて、頑張ってみたいんだ。ね、お願い。」
「あなたがそこまで言うなら。がむしゃらにやってみなさい。ただし、お母さんと一つだけ約束があるわ。それは、誰からも期待されなくても、自分だけは自分を諦めないこと。いい?お母さんとの約束ね。」
そうだ、忘れてた。
私はもう自分のことを信じてあげられなくなっていたのだ。
もう一度、やってみよう。
そして、無心でカップを飲み干すと、決意に満ちた眼差しで喫茶店を後にした。
「夜明け前のルイボスティー。その隠し味は自信の回帰。
この度はお気に召していただけたようで幸いです。
いってらっしゃいませ。
当店はいつ何時も貴方の日常のそばに。」
ひとつ、今日もまた一つ。
私は売れると信じて小説を書く。
エナジードリンクを体に流し込み、今にも落ちそうな瞼を擦りながら、小説を書き続ける。
売れる日を確かに頭の中に描いて。
見上げた空は、夜はとうに更け、朝日が煌々と涙を照らしていた。
