見出し画像

私たちは、皆平等に一定数の人から嫌われている。

自分でいうのもなんですが、本当にラッキーな人生だと思う。

友達が多いわけでもないし、人脈が多いわけでもない。

ただ、仲良くしてくれる人は、圧倒的にいいやつが多い。周りに、いいやつしかいない。それだけで人生だいぶトクしてるなぁと思う。

とまぁ、調子のいいことをいっているものの、今まで出会った全ての人がいい人だったわけではない。

言わずもがな、私のことを嫌いな人もいる。合わない人もいる。私のことを好きだったけど、嫌いになった人もいる。

きっと今もいる。

自分が気づいていないだけで「実は、嫌いです」って人もいるだろう。

けどまぁ、仕方ない。
そういうもんだ。

私のことを好きな人が一定数いるように、私のことを嫌いな人も一定数いる。

このnoteにしてもそうだ。

私のnoteを好きで読んでくれる人もいれば、実は合わないんだよな、この文章嫌いなんだよな、苦手なんだよな、と思っている人もいるだろう。

何ならたま〜にコメントで直接的に攻撃してくる人もいる。

私のような平凡一般人1号店みたいなやつが使うには、恐れ多いが、俗にいうアンチコメントと呼ばれるやつも何回かあった。

あれ、見た瞬間、ウッ💦てなるよね。
けど、即ブロックだし、即削除だ。

変なコメントがきたり、嫌なこと言われたときは、一瞬怯むし、気にするかもしれない。

けど、相手にしないことが肝心だ。
相手のペースに合わせない。
やべー奴からは、逃げるが勝ち。

自分でいうのもなんだが、私は、ある程度の良識も常識もある人間だ。

私がやべー奴認定した奴は、常識的にやべー奴である可能性が高い。

だがら、相手にしない一択。

私がどう足掻こうが、一定数はアンチがいる。
これは事実。そういうもん。

最近読んだ本にも書いてあった。「自分のことが好きな人:よく思っていない人の割合は、なんだかんだで7:3くらいになる」らしい。

本でもそういうもんって言うてた。そういうもんだから仕方ない。本を出すようなちゃんとした人も言うてるから、やっぱりそうなんだと思う。

というわけで、私たちの限りある人生、嫌いなやつにかまっている暇なんてない。

自分の好きな人、自分のことを好きでいてくれる人、味方してくれる人、応援してくれる人、愛のある注意や忠告をしてくれる人こそ大切にする。

そんな人のために自分の時間を使う。

人生は暇つぶし。

とはいえ、私の貴重な暇つぶしに嫌いな奴のことを気にしているほど、私は暇ではない。


・こぼれ話

この類の話は、noteで3回くらい書いてる気がします。それくらい定期的に再確認しないと嫌なやつに嫌な時間の取られ方するので、自分なりに注意しているのかもしれません。

自分を嫌う人のために、自分の時間や心を奪われたりしないし、自分の生き方を変えたりしない。

同じこと書いてた

我ながら、素敵で良い人たちと巡り会えた。ラッキーである。おかげさまで、日々の思考や行動に良い影響を受けている。

あの人だったらどうだろうな。しんどいときでも冗談飛ばして、頑張るだろうな。周りを楽しませるだろうな。

何となく同じようなこと書いてる

いいなと思ったら応援しよう!

よよ 最後までお読みいただき、ありがとうございます!サポートしていただいたお金はビールかスーパーカップかおむつ代に使わせていただきます。 これからもゆるく頑張らせていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。