日本ファーストって流行語大賞
note の中を歩いているとなかなかとおもしろいご意見に遭遇します。ほかのブログプラットフォームとは違って目が肥えたユーザーさんが多いので読んでいても非常に役に立ちますし勉強にもなります。
そんな中、下に貼り付けたブログを見つけました。内容も昨今の流行りものに取材されていて食指を引かれます。
https://note.com/truthpenguin/n/n997fbcf22169
ブログ主さんのお考えをもとに、ボクも少し自説を披露してみようかな、って思います。披露なんて大げさかな、聞いてもらえたら~くらいで。
オリジナリティにかけるというお叱りはあるものの、外からのものに手を加えて「日本的」という付加価値を創造するという技はもはや説明無用でしょう。それが日本らしさというよりは、「それでこそ日本だ」的なあっぱれ礼賛がまかり通ります。諸外国もそれは織り込み済みで「日本らしさ」を認知して追い求めます。
とはいえ、諸外国の影響や(高等?高級??文化???の)の輸入が途絶えたら日本は干上がったり、というわけではありません。894年の遣唐使の廃止、徳川幕藩体制における鎖国、に見られるように、日本はそれまでの文化蓄積により国風文化を紡ぎ出しています。
日本人の魔改造マニアっぷりから、なんだか日本って魔改造の元ネタがなくなるとそこで終わり、って見解もありますがそれって少し違うと思うんです。
「オリジナルを取り入れてオリジナル以上」という作法は、火縄銃が「種子島」と呼ばれていた時代からのお家芸でしたし、そう考えてみれば日本は決して「オリジナル国 > 模倣国」という固定された呪縛に支配されてた訳ではありません。
一見、オリジナル国(中国)が独占的栄誉を享受しそうな漢字部門だって、いまや中国語でも使われている「主義」とか「思想」とか「経済」とかの漢字熟語は日本製であるということを物語ってます。
そういった観点から見れば、日本文化というものは混在や混血や混合を重ねて、その過程で日本人の嗜好に合うようにさじ加減を繰り返して、「日本風」という特質の日本製を作ってきたのだと思います。
日本風のラーメンは中華そば
日本製のカレーはククレカレー、バーモントカレー
というように。
その過程で出来上がったのが日本製というオリジナリティであるならば、もはやそこに文化的宗主国の優越性がどれほど介在するのであろうか、という事にもなります。世界は日本製のオリジナリティに、オリジナル国産の純正品性と一線を画した価値を見出していると思うんです。
そこでブログ主さんが問題提議してらっしゃる「日本ファースト」についてですが、このスローガン(って言っていいのかな)にて持ち上げられる「日本らしさ」は、純日本人や独立した和の文化や日本語に通じるファクターから距離を置いているみたいな~とも受け取れるんです。
ブログ主さんの「常にラスト」や「常に混血」という定義は、言葉を額面通りに解析すればその通りかもしれません。日本製はすべからく加工品認定されるのでしょう。
しかし、これほどまでに他地域や多方面からその価値を認知されている加工品にはオリジナリティは付帯できない代物かというとそうではないと思うんです。
たとえ加工品でも、大向こうが価値を認めればオリジナリティが創造されると思うんです。
そしてそれ等こそが、先生(この場合は世界かな)に「大変よくできました」とのサクラハンコを押してもらえる宿題課題であり、そのハンコこそが「日本ファースト」ハンコだと思うんです。
