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警察・検察が腐敗すると、国家は崩壊する

戦国時代だけに特化して好きといった時代限定型でなく、古今東西、日本史、世界史の別を問わない真正の歴史好きの人たちが口にする言葉。

それが『警察・検察が腐敗すると、国家は崩壊する』だ。

実際、歴史に登場した多くの国で、現代の警視総監や警察のトップに当たるポストを得た人間が、その立場を利用して官僚や宦官、政治家らの弱みを握り、財を成したり、権力を手に入れたりして、最高権力者や独裁者への道を歩んでいる。

また、政敵を潰すために現代で言うところの警察を悪用し、罪をでっち上げて排除したり、処刑したりする行為をやり続けた結果、国家を運営する人材が不足して国が弱体化して潰れたり、権力の腐敗の深刻化から大規模な民衆反乱や有力な一族の反乱を招いて、国が滅亡するという例も多い。

このように、警察や検察の腐敗というのは、ひいては国家の存亡と直結する危険性を秘めていると言って過言でない。

近年の例を幾つか挙げるなら、FBIのフーバーとロシアのプーチンだろう。

大学卒業後、司法省に入省し、在留敵国人登録課長としてその有能さをすぐに証明した。1919年に司法省の新しい諜報部門の長となった(ギャングのパーマー襲撃を参照)。1921年には捜査局副長官、1924年に29歳の若さで長官に就任した。

就任当時、捜査局には441人の特別捜査官を含むおよそ650人の職員が在籍していた。彼はそれまで予算も少なく腐敗した弱小官庁だったFBIの組織改革に意欲的に取り組んだ。職員の私生活を調査し、不倫・同性愛・借金、さらには体重などを理由に次々に職員を解雇する一方で、アメリカ全土から優秀な警察官を採用した。

ただ、フーヴァーは人種差別主義者であり、当時のFBI捜査官に有色人種をほとんど起用しなかった。一方、日系人の強制収容には「スパイと思しき者たちは真珠湾攻撃の直後にFBIが既に拘束している」として反対し、罪と能力への偏見を明確に分けていた。

就任中は、1930年代のギャング狩り、第二次世界大戦中のスパイ摘発、戦後の冷戦期初期に台頭したマッカーシズム(いわゆる赤狩り)には非米活動委員会と協調した諜報活動を行うなど、時代の要請に応じて様々な活動を指揮した。

こうした彼の指揮する諜報活動は連邦議会議員にまで及んでおり、そこで得たスキャンダル情報を盾に政治家さえも対応に窮するほどであった(後述)。こうした中、捜査局は1933年に捜査部(Division of Investigation:DOI)に、1935年に連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation:FBI)に変革改名され、1939年にはFBIが国内の諜報分野で卓越した能力と権限を持つことになり、1924年から1971年まで連邦議会はFBIの予算審議をいっさい行えないほどの「聖域」を築いた。

ジョン・エドガー・フーヴァー 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Official and Confidential(公式かつ機密)

フーヴァーは人々の情報、特にFBIの記録とは別に非公式に政治家達の情報を収集してファイルに収録することでその影響力を蓄えていった。アメリカ大統領を筆頭にした政権の閣僚のスキャンダルも収録していたので、大統領さえも彼に手を出せなかった。『大統領たちが恐れた男』の原題であるOfficial and Confidential(公式かつ機密)は、フーヴァーが収録したファイルの名前を元にしている。「フーヴァー・ファイル Files of J. Edgar Hoover」[12]には、有名人に対する恐喝や政治的迫害が記録されている。

リンドン・ジョンソン大統領は、自分が上院議員だった頃の電話を盗聴したのかフーヴァーに何度も電話で尋ねた。ケネディ大統領は、海軍に勤務していた20歳当時、女性との性的な関係を実際に盗聴されてしまった。

上記同

2.プーチン大統領のプロフィールと治績

 1999年12月31日、ロシアのエリツィン大統領は辞任を表明し、プーチン首相(当時)を大統領代行に任命するとともに、自身の後継者に推薦した。そして翌年3月の大統領選挙でプーチンは共産党のジュガーノフ党首を大差で破り、5月に第2代ロシア大統領に就任した。選挙による平和的な政権交代は、ロシアの歴史上初の出来事であった。
 ウラジミール・ウラジーミロヴィッチ・プーチンは1952年10月7日、レニングラード(現サンクトペテルブルグ)に生まれた。祖父はレーニンとスターリンの料理人、父は鉄道車両工場の工員で、母親も掃除婦、配達員等として働いた。家庭は貧しく、貧素な共同アパートの生活だった。75年にレニングラード大学法学部を卒業したプーチンはKGB(国家保安委員会)に勤務し、85〜90年には東独(ドレスデン)で北大西洋条約機構(NATO)の情報収集など諜報活動に従事した。ベルリンの壁崩壊後の90年1月故郷に戻ったプーチンはKGBを退職(予備役大佐に編入)、母校レニングラード大学の学長補佐(国際交流担当)となり、次いでサンクトペテルブルグ市の渉外委員会議長や副市長等を務め、国営企業の民営化や外国資本の誘致に取り組んだ。96年に市長が汚職疑惑で再選に破れるとクレムリンに移り、エリツィン政権に参加、大統領府副長官や連邦保安庁(FSB)長官、安全保障会議書記を経て首相に指名された。少年時代に始めた柔道は有段者の腕前で、76年にはレニングラード市のチャンピンになったこともある。
 革命家のエリツィンとは異なり、プーチンは現実主義的で実務に長けた能吏タイプの指導者であった。ロシア国民が彼に期待したのは、体制の移行に伴う社会秩序の混乱終息と経済生活の安定だった。プーチンもロシア経済の再生や貧困との戦い、国民生活の向上を最優先課題に掲げた。また「法の独裁」というスローガンの下、社会安定のための法治国家建設を打ち出すとともに、大国ロシアの復権と強い国作りの必要性を強調し、ロシアの伝統的価値を重視すると宣言した。プーチンのめざす“強いロシア”とは、単なる軍事大国志向ではなく、新生ロシアの経済発展と政治的安定を可能とする統治能力の高い連邦国家の実現を意味していた。

<集権体制の復活と経済成長>
 プーチンは、大統領を中心とする中央集権体制の強化に取り組んだ。それまでのエリツィン政権は保守勢力との支持獲得競争に勝利するため、地方自治体への大幅な権限委譲を進めたが、これは連邦国家の一体性確保を困難にするばかりか、統一された経済改革を進める上でも大きな弊害であった。強い国家を復活させるには中央と地方の関係を見直し、政治体制の集権化を復活させる必要があると考えたプ−チンは、自治体の上に全国7つの連邦管区を設け、そこに強い権限を持つ大統領全権代表を配置して中央の地方に対する統制を強めた。また首長公選制を廃止し、大統領が地方の行政首長を罷免できるようにした。
 さらにプーチンは、エリツィン時代に政権と癒着し、石油、ガス、電力、メディア等基幹産業を手中に収めロシアの政治・経済を左右する勢力となった新興財閥(オリガルヒ)の力を削ぐため、政商ベレゾフスキーや石油王ホドルコフスキー等の総帥を次々と逮捕・追放し、民間の手に渡った産業を国営企業に再編し国家統制の下に戻した。財閥の傘下で政府批判を続けるマスメディアの抑圧・統制も断行、KGBなどシロビキ(武闘派)と呼ばれる治安関係出身者や軍の幹部を重要ポストに登用する等権威主義的な体制の確立を進めた。

大統領選挙後のロシア:プーチン独裁体制の展望と総括 一般社団法人平和政策研究所

<シロビキ中心の政策決定システム>

 秘密警察は、プーチンの政策決定システムにも大きく関わっている。独裁者と雖も全ての決定を自分一人だけで決めることは出来ず、案件の多様さに応じて権力内部には様々な側近グループが存在する。プーチンを取り巻く第一の側近グループは、警察や諜報機関などの治安関係者(シロビキ)や軍の幹部で構成される。第二が新興財閥、次いでメディア関係者だが、中でもシロビキが圧倒的に大きな役割を担っている(図2参照)。プーチンが大統領就任後、ソ連国家保安委員会(KGB)時代の同僚を政権に呼び寄せたことからサンクト派と呼ばれるシロビキ派閥が反欧米・愛国主義のインナーサークルとして力を振るうようになった。プーチンは重要な決定では信頼できる特定の人間の意見にだけ耳を傾け、それ以外の声は遮断する傾向がある。プーチンの相談に預かる者のほとんどがシロビキで占められており、プーチン再選後も政策決定に深く関わり重要な役割を果たすことは間違いない。

上記同

フーバーはFBI長官として政治家その他要人らの秘密を握り、恫喝することによって絶大な権力を手に入れ、その力は大統領を凌いだとされる。

それだけの力を得たフーバーが自らがじかに権力を握り、クーデターを起こし、独裁者として君臨する道を取らなかったのは、理由がある。

フーバー自身が、自由民主主義革命であるアメリカ革命(アメリカ独立戦争)を支持し、自民民主主義国としてのアメリカを支持する立場であり、共産主義から世界を護る守護者であるとの自負心があった。

また、万が一、クーデターを起こそうとしても、アメリカが自由と民主主義を国是とする革命国家であり、国民がフーバーによる独裁国家を絶対に容認しないと考えられることから、そのような企てを決行したとしても、失敗に終わった可能性が高い。

プーチンはメディアでは独裁者として報道されているが、実際には、最初から独裁者だったわけではない。

シロビキとオリガルヒ(新興財閥)による集団指導体制が選んだ対外的な顔として大統領に就任した歴史的な経緯があり、少なくとも大統領になった初めの頃は、シロビキとオリガルヒの操り人形であり、彼らがロシアを支配している実態を包み隠すツールでしかなかった。

大統領となった後、官製メディアによって作られた世論が本物になり、高い支持率を有する強い指導者となり、徐々に大統領としての権力を駆使して自らの政治基盤を構築し、時間をかけて現在のような独裁者の地位を築いていったというのが実態だ。

この種の真の権力者や権力帯(権力者集団)が別に存在し、彼らが何らかの理由から表の顔になりたくないと考えたり、権力集団内部の権力闘争を避けるために無害そうな人間をトップに据えたら、その人物が大化けして、トップの権限を最大限に有効活用して、権力基盤を築いて真正の独裁者になるという例も、歴史的にはよく見られる現象だ。

フーバーとプーチンに共通するのは、連邦警察のFBI、旧ソ連の秘密警察であった旧KGBの力を駆使し、その力を背景として独裁的地位を築く、独裁者としての地位を築いた、という点にある。

警察権力が独裁の構築に利用された最たるものだ。

この話の趣旨との絡みで述べると、ロシアの検察は腐敗が酷く、地方の権力者が私物化し、邪魔者潰しに利用したり、自らの犯罪の隠蔽を検察に働きかけて罪を不問にしたり、やりたい放題していることでも知られているが、プーチン政権が邪魔者潰しに検察を駆使し、起訴させて犯罪者として刑務所に放り込んでいることは周知の事実だ。

検察が腐敗するとなにが起きるかというのは、民主主義を偽装した国家であるロシアを見れはよく理解できる話だ。

もし日本で、フーバーのような人物が現れたら、どうなるだろう?

独裁体制に移行しない保証はどこにもない。

鹿児島県警で刑事部長が大規模署の署長時代に性犯罪を揉み消した疑惑と、県警本部長による犯罪揉み消しが大問題になったことは記憶に新しい。

この問題では、警察庁が、あろうことか県警本部長の犯罪隠蔽と、刑事部長による犯罪隠蔽疑惑を隠蔽する姿勢を取り、結局、生じた不正をなかったことにしてしまった。

刑事部長が隠蔽したのは性犯罪であり、被害に遭った人がいる。

警察庁は警察の組織防衛と警察官僚らの自己保身のために、被害者の人権を蹂躙し、被害者の人権よりも組織防衛を優先させたのだ。

こんなことがあっていいのだろうか?

だが、現実に起きたことなのだ。

それなのにマスコミはまるでこの問題を追及しなかった。

警察庁による疑惑の隠蔽をきちんと報道したテレビ局と新聞社があっただろうか?

俺が記憶する限り、そんなところはなかった。

警察庁を刺激しないように、警察庁を批判しないように細心の注意を払いながら、批判的な論調は一切取らず、ただ警察庁の対応を報じただけだった。

俺は、電波系陰謀論としてなく、つまらない陰謀論としてでもなく、通称やりすぎ防犯パトロールの問題について、記事を書いている。

このシステムは、町内会レベルで存在する地域の防犯団体を最小団体として、参加する防犯ボランティアの住民を最小単位として、地域防犯を担わせるものである。

そして、彼らを目や耳、鼻として活用し、その情報を警察庁にまで吸い上げる仕組みを導入するだけで、容易に共産国や全体主義国で採用されている国民相互監視型密告制度に転化しうる危険性を有している。

単に有しているという次元でなく、そもそも警察庁は、そのような仕組みを、対テロ名目ではあったようだが、導入することを志向した上で防犯パトロール体制を築いていたと考えられる形跡があるのだ。

そのため、現業部門としての都道府県警察を自由自在に操れる立場にある警察庁が腐敗することがどれだけ恐ろしいことになるのかは、実感として持っている。

警察庁の警察官僚らが、警察の組織防衛のため、あるいは、仲間である警察官僚を庇うために、県警本部長と、警察官採用で刑事部長にまで昇り詰めた警察官による犯罪揉み消しの事実の隠蔽に加担した、それがどれだけ恐ろしい結果を招くのか、理解しているのだろうか?

警察庁や警察官僚、都道府県警からの報復を恐れて、マスコミが彼らの不正や不正の隠蔽を追及しない、報道しないとなれば、警察庁の警察官僚と、都道府県警幹部らは、不正のし放題になる。

警察官僚や都道府県警幹部としての権限を悪用した権力犯罪も多発することになるし、中には、絶大な権力を握る者も出てくるだろう。

さらに厄介なのが、警察幹部は癒着防止のため、1年~2年で人事異動によって別のポストに去っていく。

誰か一人が権力を独占して長くその地位に留まるということは起きない。

なにが起きるのかと言えば、特定個人が罪を犯すのでなく、警察官僚、都道府県警察幹部というグループが、与えられたポストで権限を悪用した権力犯罪を多発させ、それら不正が隠蔽されるという構造になる。

つまり機関そのものが不正や犯罪の温床(象徴)になるという事だ。

旧KGBと聞けば、怖い機関、人々を弾圧した血生臭い抑圧装置というイメージを抱く人が多いだろうが、警察庁や都道府県警のイメージが、そのようなものに変質していくことを意味している。

想像してみて欲しい。

警察庁が警察組織をフル稼働させて、政治家、財界人、報道機関幹部、その他、実力を持っているありとあらゆる人間の個人情報を収集させて、ファイリングして、いつでも使える弱み、ネタとして握っておく。

その情報が集まっているポストの責任者、警察庁長官らが、何か問題が起きた時に、その件にかかわっている人物の個人情報ファイルを参照し、弱みが登録されていたら、その情報を使って恫喝し、警察庁に都合のいい動きをさせる、あるいは、指示通りの動きをさせる。

警察庁が旧KGBのような恐ろしい組織に変貌を遂げて、国家を影から支配するような機関に変わり果てて、日本が実質、警察庁によって支配されているかのような、旧ソ連やロシアと大差ない国に変わり果ててしまう。

警察庁で不正があった時、それを報じ、警察官僚に罪を認めて責任を取らせて、自浄作用を発揮させて、普通の機関として運営される状況を保てないのであれば、今指摘したような悪夢は、現実のものとなる。

既にこの国はその悪夢に数歩踏み込んだ状況にある。

日本のテレビ局と新聞社は、果たして、存在する価値はあるのだろうか?

検察が常軌を逸した取り調べをしたとして、江口大和弁護士が国賠訴訟を起こしており、実際の取り調べの内容についても詳細が出ていて、そのあまりの酷さに世間が騒然となっている。

この問題でも、雑誌は別として、テレビも新聞もまともに機能していない。

検索してヒットする新聞記事は時事通信のこの記事くらいだ。

江口氏の件でもネット(SNS)が先行する形となっていて、情報源も、騒ぎも、すべてネットで先行して起きているイメージがあるが、江口氏の話を聞いていて思ったことは、和歌山毒物カレー事件、やはり検事はやったなという感が更に強まったことだ。

以下、ウィキペディア(Wikipedia)から情報を持ってくる。

健治への誘導尋問問題、司法取引疑惑

  • 林死刑囚の夫・林健治によれば、逮捕された際捜査員より「眞須美はオトせない!頼むから眞須美にヒ素を飲まされたと書いてくれ!書いてくれたらあんたを八王子の医療刑務所に入れるようにしてやる」と言われたという。これは現在では司法取引に該当するが、当時は違法である。

  • 上記の「司法取引」に関しては、2020年10月27日に公開されたYouTube動画でも林健治自身が詳しく語っている。健治の証言によると、逮捕から約1週間後、19時ごろに検察庁から小寺検事と事務官2名が健治の拘留されている警察署を訪れた。 健治が「確たる証拠証人もなく、ワシも口割ってないのに、なぜ逮捕し勾留しているのか」と質問したのに対し、小寺は「アホ、こんだけ世間を騒がしてマスコミが騒いで、パクッて今さら、間違えましたではすまんやろ」と返答したため、健治が「死刑事案なのに、想像でパクッてしまうんか?」と質したところ「いや、今からそのストーリーをワシが考えてやる」、「しかし、証拠がないから困っている」と言い、健治に対して、眞須美にヒ素を飲まされて殺されかかった被害者として初公判の場では「私、今でこそ眞須美が憎くて仕方ない。どうぞ、この女を死刑にしてやってくれ」と述べて泣けと言ったという。 さらに、小寺は健治の事件の公判も担当することから、「求刑も自分が出すので塩梅してやる。ワシに乗れ。ワシに乗ったらお前は身体が不自由だから、エエとこに放り込んでやる」などと言い、また八王子の医療刑務所のパンフレットを健治に見せたが、そこにはMRIなど最新鋭の医療機器が写っていたという。さらに、今、八王子には角川春樹が収監されているので、彼に本を書いてもらえと言った。小寺は「この事件でワシを出世させてくれ」「ワシもお前と同じで4人子供がいる。よい正月を迎えさせてくれ」と事務官2人とともに健治に土下座までしたという。 さらに「お前がどうしても口を割らないのなら、眞須美にひとこと言わせてやる。"私は元日本生命の外交員です。あの日昼頃帰って、主人が何か紙コップに入った薬品のようなものを私に渡して、これカレーの中に入れたら隠し味になって美味しいんで持っていって入れてこいというので、何かわからずに入れました。ヒ素は主人から預かっていたもので、私は知りません。主人の言うままにやっただけです"-これひとこと、眞須美にしゃべられたら、一生お前の人生は裁判になってしまうぞ!」と恫喝したというが、これに健治が応じなかったため、小寺は手を上げたという。なお、健治も眞須美も検察の供述調書には1枚もサインをしなかった。

  • ノンフィクションライターの片岡健も2021年5月28日に公開されたYouTube動画で、上記の健治の主張を裏づけるような話をしている。片岡によると、健治以外の者たちの何人かは警察によって山奥の警察官官舎に3、4か月隔離されるなどしており、このことは、林の死刑判決でも認定されているという。

江口氏の話、実際の検察官の取り調べの話を聞いた後で、毒物カレー事件で検事がやった話を読めば、ああ、やるだろうな、という印象しか持たないだろう。

当たり前だが和歌山の事件は30年近く前のもので、当時の検察は、今よりさらに滅茶苦茶をやっていた可能性の方が高いのだから、余計と、さもありなんという話になる。

朝日新聞や毎日新聞、テレビ朝日やTBSは、警察批判をすると言われているが、結局この連中、自分がつるんでいる左翼や新左翼、旧社会党系勢力や共産党、創価学会や公明党が公安警察の監視対象(あるいはそれに準ずる立場)だというので、政治的に動機から、公安警察にだけ喧嘩を売っているだけで、自分たちとは関係ない、刑事警察、生活安全警察、警察庁本体の不正や不祥事、権力濫用問題などに関しては、興味も関心もないのだろう。

それどころか、権力を握れば、今度は自分達が権力者として警察を使う側になるので、警察とは仲良くしておきたいし、政敵や邪魔者を潰すのに警察を利用したいから、極力、警察は批判したくないというのが本音なんだろう。

これは昔の民主党政権を見ていて感じた感想だ。

マスコミは本当に、どこまでで腐ってやがる。

そして左派と呼ばれてる奴らは本当に役に立たない。

なにが反権力なんだか。

あの連中、反権力なんじゃなくて、権力が欲しいだけじゃないか。

それに必要なのは反権力じゃなくて、権力を正常に機能させるための見張り役と批判役であって、ただの反権力だったら、そんなものは要らない。

このまま行くとこの国、本当にヤバいことになるなと思う反面、どうでもいいと思う諦めの気持ちもある。

実際こんな馬鹿なことを続けていたら、そのうち、フーバーやプーチンみたいな奴が出てきて、抑圧体制や独裁国家になってしまうかもしれないし、国民が度重なる理不尽と不条理に我慢の限界に達して、民衆反乱が起きて体制崩壊するかもしれないし、クーデターが起きるかもしれない。

悲惨なことになるのは不可避だろうが、それを避けられる道もあるのに、そちらを取らずに放置して、その末にそのような結末を迎えるというのだから、自業自得という以外にない。

世の中は、なるようにしかならない。

マスコミが高学歴層の就職先となって、高給取りで安泰の地位に安穏として、マスコミが果たすべき職務を放棄しようが(そもそもマスコミに与えられた使命なんて、命を捨てる覚悟を持った鉄砲玉みたいな連中が記者をやっている構造じゃないと果たせないし、そういう点で、安定雇用と高給に目がくらんで就労した高学歴エリートなんかに務まる職ではない)、政治が右と左に分裂して、国民度外視してイデオロギー論争しようが(日本の場合が左派がイデオロギー論争して暴走しているだけで、現状では、右派はとりたてて何かしているような感じではないが)、政治がカルトと癒着して、被害者を無視して政治をしていようが、糞つまらないことをやって、社会が政治が機能不全状態に陥っているのに、それを放置した結果、国が爆発して消えてなくなるというのであれば、どうしようもない。

そろそろ国を正常化させるための国民運動やからが起きて、そこを起点に運営されるメディアが出てきたり、社会を抜本から見直すような動きが出ない限り、浄化と正常化は不可能で、国自体、消えてなくなる以外にないが、そんな動きが起きるかどうかは、はっきり言ってわからない。

警察ネタは受けが悪いが、この国がかなりヤバい状況にあることを知って欲しいので、敢えてこの記事を書いた。