宗教政党化が進む立憲民主党
とうとう買春者に罰則規定を設けると主張し始めた立憲民主党
現在、売春防止法は存在するが、実はこの法律、組織売春、即ち、管理売春を規制する為のもので、その為、買春者と買春者に対する罰則規定はない。
売春防止法の罰則に関連する部分を転載すると次のようになる。
転載文中のアラビア数字は項、漢数字は号である(※法律の条文は条・項・号という作りになっている)。
第二章 刑事処分
(勧誘等)
第五条 売春をする目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、六月以下の拘禁刑又は二万円以下の罰金に処する。
一 公衆の目に触れるような方法で、人を売春の相手方となるように勧誘すること。
二 売春の相手方となるように勧誘するため、道路その他公共の場所で、人の身辺に立ちふさがり、又はつきまとうこと。
三 公衆の目に触れるような方法で客待ちをし、又は広告その他これに類似する方法により人を売春の相手方となるように誘引すること。
(周旋等)
第六条 売春の周旋をした者は、二年以下の拘禁刑又は五万円以下の罰金に処する。
2 売春の周旋をする目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者の処罰も、前項と同様とする。
一 人を売春の相手方となるように勧誘すること。
二 売春の相手方となるように勧誘するため、道路その他公共の場所で、人の身辺に立ちふさがり、又はつきまとうこと。
三 広告その他これに類似する方法により人を売春の相手方となるように誘引すること。
(困惑等による売春)
第七条 人を欺き、若しくは困惑させてこれに売春をさせ、又は親族関係による影響力を利用して人に売春をさせた者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
2 人を脅迫し、又は人に暴行を加えてこれに売春をさせた者は、三年以下の拘禁刑又は三年以下の拘禁刑及び十万円以下の罰金に処する。
3 前二項の未遂罪は、罰する。
(対償の収受等)
第八条 前条第一項又は第二項の罪を犯した者が、その売春の対償の全部若しくは一部を収受し、又はこれを要求し、若しくは約束したときは、五年以下の拘禁刑及び二十万円以下の罰金に処する。
2 売春をした者に対し、親族関係による影響力を利用して、売春の対償の全部又は一部の提供を要求した者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
(前貸等)
第九条 売春をさせる目的で、前貸その他の方法により人に金品その他の財産上の利益を供与した者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
(売春をさせる契約)
第十条 人に売春をさせることを内容とする契約をした者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
2 前項の未遂罪は、罰する。
(場所の提供)
第十一条 情を知つて、売春を行う場所を提供した者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
2 売春を行う場所を提供することを業とした者は、七年以下の拘禁刑及び三十万円以下の罰金に処する。
(売春をさせる業)
第十二条 人を自己の占有し、若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させ、これに売春をさせることを業とした者は、十年以下の拘禁刑及び三十万円以下の罰金に処する。
(資金等の提供)
第十三条 情を知つて、第十一条第二項の業に要する資金、土地又は建物を提供した者は、五年以下の拘禁刑及び二十万円以下の罰金に処する。
2 情を知つて、前条の業に要する資金、土地又は建物を提供した者は、七年以下の拘禁刑及び三十万円以下の罰金に処する。
(両罰)
第十四条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、第九条から前条までの罪を犯したときは、その行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、各本条の罰金刑を科する。
(併科)
第十五条 第六条、第七条第一項、第八条第二項、第九条、第十条又は第十一条第一項の罪を犯した者に対しては、拘禁刑及び罰金を併科することができる。
第七条第一項に係る同条第三項の罪を犯した者に対しても、同様とする。
(刑の執行猶予の特例)
第十六条 第五条の罪を犯した者に対し、その罪のみについて拘禁刑の言渡しをするときは、刑法(明治四十年法律第四十五号)第二十五条第二項ただし書の規定を適用しない。
同法第五十四条第一項の規定により第五条の罪の刑によつて拘禁刑の言渡しをするときも、同様とする。
売春した女性に関しても、売春そのものには罰則規定がない為、起訴されて刑務所に行くということはない。
日本で1990年代には援助交際が流行り、ここ数年ではパパ活が流行っているのも、個人間で行われる売買春に関しては、罰則規定がないからだ。
ところが立憲民主党が買春者を処罰する規定を作ると言い始めた。


ポストを削除して逃走したり、嘘を吐いて言い逃れされる可能性もないとは言えない為、ポストのスクショを貼っておきます。
何故、海外では売買春が違法なのか
日本では吉原と花魁は有名で、吉原は正式名称は吉原遊郭といい、江戸幕府公認の遊郭=色町のことであり、花魁は売春を生業とする最高級の娼婦のことです。
こんなことはわざわざ言葉にして説明する必要もないかと思います。
日本は歴史的に、売買春を合法としてきた国でしたが、敗戦後、GHQによる公娼制度廃止令が出され、その後も赤線という形でしばらくは続いたのですが、1958年に売春防止法が施工されたことによって、完全に公娼制度が廃止されに至りました。
しかしソープランドで売買春が行われていることは周知の事実であり、警察側も完全に禁止することは不可能だということで目こぼしをしている状態で、大阪の飛田新地のように、自由恋愛の建前で、事実上の売春が行われていることが黙認されている地域もあります。
はっきり言ってしまうと、多くの日本人は、売買春を悪(悪いこと)だと認識していませんし、犯罪だとも考えていないということです。
では、何故、海外では売買春は違法なのでしょうか。
実はこれ、宗教なんです。
インターネットで検索すれば幾らでも見つかるのですが、このサイトの記述が最もストレートでしょう。
質問
聖書には売春についてなんと書いてあるの?
答え
売春はしばしば「一番古い職業」と呼ばれています。実際、聖書の時代も含め、売春はいつの時代も女性の収入源となってきました。聖書には売春は不道徳的であると書いてあります。箴言23:27-28には「遊女は深い穴、見知らぬ女は狭い井戸だから。彼女は強盗のように待ち伏せて、人々の間に裏切り者を多くする。」と書いてあります。
神が売春を禁じておられるのは、その行為が男性にも、女性にも有害だからです。「他国の女(この言葉は遊女とも訳されている)のくちびるは蜂の巣の蜜をしたたらせ、その口は油よりもなめらかだ。しかし、その終わりは苦よもぎのように苦く、もろ刃の剣のように鋭い。その足は死に下り、その歩みはよみに通じている。」(箴言5:3-5)
売春は結婚、家族や人生を台無しにするだけでなく、霊とたましいに危害を加え、それは肉体的、そして霊的死につながります。神は私たちが聖潔であり、御自身の栄光のために体を用いる事を望んでおられます(ローマ6:13)。Iコリント6:13には「からだは不品行のためにあるのではなく、主のためであり、主はからだのためです。」と書いてあります。
売春は罪ですが、娼婦や男娼は神の赦しの届かない所にいるわけではありません。聖書には神が遊女ラハブをそのご計画のために用いて、彼女の従順のゆえに彼女と彼女の家族を祝福割れました(ヨシュア2:1; 6:17-25)。新約聖書で、イエスの赦しを受け、罪からきよめられる前に、性的罪を犯したと知られていた女性はパリサイ人の家を訪問していたイエスに仕えました。この女性はキリストが誰であるのかを認め、高級な香水をイエスの足に注ぎ、悔い改めの涙とその髪の毛でその御足を拭いました。パリサイ人が「不道徳的な女」の行動を受け入れたイエスをさばいた際、イエスは彼をたしなめ、彼女の礼拝を受け入れました。それは彼女の信仰のゆえにイエスがその全ての罪を赦し、彼女は神の国に受け入れられたからです(ルカ7:36-50)。
御自身についての真実を受け入れない人々に向けてイエスは「まことに、あなたがたに告げます。取税人や遊女たちのほうが、あなたがたより先に神の国にはいっているのです。というのは、あなたがたは、ヨハネが義の道を持って来たのに、彼を信じなかった。しかし、取税人や遊女たちは彼を信じたからです。しかもあなたがたは、それを見ながら、あとになって悔いることもせず、彼を信じなかったのです。」(マタイ21:31-32)と言われました。
他の人々と同じように、娼婦たちも救いを、永遠の命を神から与えられ、全ての不義からきよめられ、新しい命を受けることができるのです。罪深い生活を悔い改め、恵みとあわれみに溢れる生ける神に向くならば、彼らも救われます「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(IIコリント5:17)。
言うまでもない話ですが、日本はキリスト教国ではありませんし、キリスト教圏にも属していません。
神道と仏教の影響の強い国ですが、実際には、仏教の戒律なんてまるで守られていない国でした。
例えば、天台宗の総本山であり、中世において政治的、社会的、経済的に絶大な影響力を誇った比叡山延暦寺では、境内で僧侶が妻帯して居を構え、魚を焼いて食べ、酒を飲み、門前町の坂本に下りては遊女を買い、淫蕩に耽ったとも言われています。
延暦寺ですらこの調子なんですから、普通の寺の僧侶がどんな生活を送っていたのかなど、言うに及ばずです。
日本人は性に大らかだった為、禁欲だったり、性を規制しようとするような戒律を持った宗教は合わなかったのだということもできるでしょう。
だから日本人が売買春を犯罪だと思っていないのも、援助交際やパパ活などと言ってごく普通に売買春をしているのも、当たり前の話なのです。
そしてこれは今に始まった事じゃないです。
例えば鬼平犯科帳の舞台となっている長谷川平蔵が生きた時代、今、NHKの大河ドラマで蔦谷重三郎が主人公の『べらぼう』が放送されていて、その中に火盗改になる以前の平蔵が出てきていますが、彼が火盗改だった頃、物価が高騰して江戸の庶民は生活苦に喘ぎ、人妻や結婚前の女性などの素人が非公認の場所で隠れて売春をすることが横行しました。
『鬼平犯科帳』の主人公、長谷川平蔵宣以が火付盗賊改の役を命じられたのは、天明7(1787)年年9月19日で、このときの世情は、天明の大飢饉の影響を受けて、米の値段が高騰するなど、一揆やうちこわしが全国で起こっていました。
また、老中田沼意次が失脚し、松平定信が老中首座につくなど、物情騒然という状況下にありました。
長谷川平蔵宣以が、無宿無頼がうごめく江戸の犯罪をみごとに取り仕切ったのは、小普請組に属していたとき、下層階級の人たちと付き合っていたことが、無頼の徒の実情に通じる結果となったもので、北町の名奉行・遠山左衛門尉景元(さえもんのじょうかげもと)とよく似た体験の持ち主といわれています。
長谷川平蔵宣以は、寛政7(1795)年5月16日に火附盗賊改を辞職し、辞職直後の同年5月19日に死去しました。
例えば「地獄」と呼ばれる売春をする女性。字面からして怖しいが、これは「堅気の稼業をしている男の女房や娘が、こっそり売春するというもの」だそうだ。現代人の感覚で言えば、ごく普通の主婦が旦那に内緒でソープ嬢としてお金をもらっているようなものだろうか。世の既婚男性にとっては、本当の地獄以上に怖ろしいものかもしれない。
「地獄」は業者の紹介を得て、小料理屋の二階や知人の家、もしくは自宅で秘密裡に売春をした。「地獄」の中には庶民の女性だけではなく、武士の妻や後家、娘もいたとか。一般の女性が身売りをする要因の多くは、金銭的に困窮しているためだが、そもそも、江戸時代における「売春」は、現代人が考えるほど「悪」ではなかった。
当時の社会では売春に対する抵抗感や罪悪感が乏しく、「男の女郎(遊女)買いは、ある程度は仕方がない」というのが男女の共通感覚であり、娯楽の少ない江戸時代において、「女郎買い」は最高の楽しみだった。よって独身男性に限らず、既婚の男性も隠すことなく「買春」をしたそうだ。
さらに、遊女だった女性を、社会は差別することなく、年季が明ければ一般の女性に戻ることもできたし、「うちの嫁は吉原の元花魁だったんだ」と自慢げに話す男さえいた。現代では、売春をしていた女性に眉を顰める人も多いだろう。また、自分の妻が風俗嬢であったことを、高らかに公言することもないはず。
遊女や元遊女が蔑視されなかったのは、売春に対する価値観の相違もあるが、江戸時代の遊女は「お金のために」売られてきた人身売買の結果だったことも大きい。つまり、本人の意志で遊女になったわけではなく、貧しい家族のために、そういった境遇になってしまったのだ。
ちなみに鬼平犯科帳の中では、素人娘が女衒の紹介で売春する話も普通に出てきます(鬼平が女衒に灸を据える為にわざと乗り、女性を紹介させるといった話を始め、幾つかのケースが出てきます)。
こういった歴史的背景を知っていれば、援助交際やパパ活が、風紀の乱れによって生じてきたその時代に特有の紊乱などでなく、日本で繰り返されてきたよくある出来事でしかないことがわかります。
援助交際やパパ活を見て怪しからんと顰め面している人を見ると、ああ、この人は歴史を知らないんだなあ、日本の女性は昔からこういう事をしてきていて、別に変質してそういうことをしているわけではないのになあ、などと、冷めた感情を抱いてしまいます。
ちょっと話が逸れ気味になりましたが、売買春が犯罪なのは、宗教に過ぎないのだということを、まずは押さえて下さい。
日本で生まれ育った日本人なのに、売買春を犯罪だと感じていたり、極端に忌避している人がいるとすれば、寧ろ、その人の方が特殊なんです。
何故アメリカは売買春が犯罪なのか
特定の議員を名指しで批判するのは、個人攻撃しているみたいであまり好ましくないのですが、だとしても、吉田はるみ立憲民主党衆院議員の発言は、流石に無知過ぎるのではないかと思います。
しかもこの方、イギリスの大学院を卒業されています。
それなのに売買春はアメリカならアウトと平気で言ってしまうとか、どういう感覚をされているのかなと疑問に思います。
アメリカはピューリタン(清教徒)が建国した極めて特殊な宗教国家だということを御存知ないのでしょうか。
現代の英語において「ピューリタン」は、しばしば「禁欲主義」を意味し、快楽主義(hedonism)の対義語として用いられることがある[9]。
禁欲主義的な規制
ピューリタンは、国家は正当な宗教を保護・促進すべきであり、また宗教は政治や社会生活に影響を与えるべきだと考えていた[107][108]。
イングランド共和国が成立して彼らが権力を握ると特定の祝日は禁止された。具体的には1647年に議会によって聖誕祭(クリスマス)、復活祭(イースター)、聖霊降臨祭(ペンテコステ)の禁止令が出された[109]。
ピューリタンはクリスマスの祭りをカトリックが作り出したものだと見なし、「教皇の罠」などと呼んで強く批難した[110]。 あるいは、主イエスの生誕日に関わる祝祭での騒乱を不敬と見なし、聖誕祭に反対した(この日、イングランドの監獄は泥酔者や乱闘者で溢れていた)[111]。
ただ、こうした禁令が布かれていた間も、公然の秘密として主イエスの誕生を祝う祭祀は続けられ、隠れながら聖歌(クリスマス・キャロル)を歌った[112]。
1660年の王政復古でピューリタンが失脚し、彼らの制定した法が廃止されると、イングランドでは再びクリスマスが自由に祝われるようになった[112]。
清教徒神政政治が敷かれたマサチューセッツ湾植民地の首都ボストンでは1659年からクリスマス禁止令が出された[113]。 ニューイングランド王領の成立によって自治権が破棄されると、イングランド本国から任命されたエドマンド・アンドロス総督によって禁止令は撤回され、さらにピューリタンが制定した土曜夜の祝祭禁止令も廃止した[113]。
しかしながら、ボストン地域で再びクリスマスが祝われるようになったのは19世紀半ばになってからであった[114]。
マサチューセッツのピューリタンたちは、宗教的・知的な同質性をコミュニティ全体に強制しようとした。市民的および宗教的制限が最も厳格に施行され、焼印刑、柱に固定しての鞭打ち刑、足枷刑、絞首刑を含む、様々な追放刑が設けられた[115]。 悪口や冒涜は違法行為とされ、1636年には神への冒涜行為は死刑とされた[116]。
ピューリタンは安息日である日曜日にスポーツやレクリエーションを行うことに反対した[108]。 こうした厳格さを相殺するためにジェームズ1世は、1618年に『遊戯教書』を布告し、毎週日曜の午後、礼拝後にフットボールを行うことを許可した[117]。
ピューリタン政権時代、フットボールは禁止されたスポーツの1つであり、もし日曜日に遊んでいるのが見つかれば少年でも起訴される恐れがあった[118]。 他方で、フットボールは反ピューリタン勢力の象徴ともなった。1647年12月にクリスマス禁止令が出されると、反対する群衆はフットボールを掲げた[118]。
その他のレジャーや娯楽もまた道徳的理由から完全に禁止された。例えば、ピューリタンは熊いじめや闘鶏のような流血を伴う娯楽(ブラッド・スポーツ)に広く反対した。同じ理由でボクシングにも反対した[62]。 ピューリタン統治時代のイングランドでは、これらスポーツは違法だった[119]。
トランプゲームは一人遊びする分には容認されていたが、複数人や賭博として行う場合には本国・植民地問わず禁止されていた。
また、男女が過剰に触れ合うダンスも淫行につながるとして禁止された(マザーはこれを「乱交ダンス」と呼び批難した)[107][120]。代わりに密接な接触を伴わないフォークダンスが推奨された[121]。
男女が腕を組んだり、手をつなぐブランル・ダンスは、禁止令が解かれた王政復古後には再びイングランドで人気となった[122]。 ニューイングランドで最初のダンス学校が開設されたのは17世紀末期のことであった[108]。
ピューリタンは劇場が扇情化し、それが堕落や売春に繋がっていると考え、批難した。ロンドンの劇場は、当時の売春の中心地であったテムズ川の南側に位置していた。
ピューリタン政府は1640年から1650年にかけてイングランドの劇場を閉鎖し、彼らが支配する地域では新規に劇場を開くこともできなかった(この時にウィリアム・シェイクスピアが活動したことで知られるグローブ座も取り壊されている)[123][124]。
1643年1月、ロンドンの役者たちは自分たちを廃業させ、いくつかの劇場から追放されたことに対して「俳優たちの抗議あるいは告発(The Acters remonstrance or complaint)」と題する小冊子を発行し、禁令に抗議した[125]。
1660年の王政復古後は禁止された多くの芸術活動が復活したが、中でも劇場は爆発的に増加した。ロンドンに現存する中で最古の劇場であるドルリー・レーン劇場(英語版)は、この時の1663年に開場した場所であった[126][127]。
ピューリタンは飲酒について節度を守れるならば反対はしなかった[128]。 しかし、酒場(alehouses)はイングランド、アメリカ問わず、ピューリタンが統治する土地では厳しく規制された[108]。 1634年のマサチューセッツの法律では、個人同士で互いの健康を祝って乾杯する行為も、「忌まわしい」習慣として禁止した[129]。 ピューリタンの反乾杯派(anti-toasters)の中でも最も過激であったウィリアム・プリンは、自著『健康の病』(1628年)でこのテーマを扱い、糾弾している[129]。
1649年、マサチューセッツのスプリングフィールドを創設したイングランド人入植者ウィリアム・ピンチョン(英語版)は、『The Meritorious Price of Our Redemption』を書き、清教徒的カルヴァン主義を批判した。この著作は1650年にロンドンで出版された後、ボストンに逆輸入された。すぐにボストン・コモンにて焚書され、植民地コミュニティはピンチョンを脅迫し、彼はイングランドへの帰国を余儀なくされた[130]。 ピューリタンや彼らの居住地域における検閲的な性格は、19世紀後半に 「ボストンでは禁止」 (Banned in Boston)というフレーズを生み出し、20世紀半ばまで用いられていた[131]。
性関係と同性愛
性的行為を楽しむことは、婚姻関係の範囲内であれば、神からの贈り物として許容されていた[132]。 むしろ、コリントの信徒への手紙一7章などの聖書からの引用で、配偶者が性的婚姻義務を果たさない場合には懲罰することさえあった。女性も男性と同じくこのような婚姻の責務を果たすことが期待されていた[133]。 このことは男女問わず、離婚理由にすることもできた。最もリベラルな離婚法が制定されていたマサチューセッツ植民地では、離婚申請の6件に1件が男性の性的不能を理由とするものであった[134]。
一方で飲酒下での性交や婚外交渉については公的に処罰された[107]。
加えて、婚前交渉を行った場合も罰金刑を課され、さらに公共の場で辱められた[107]。
同性愛行為の場合(ほぼ男性、稀に女性)は、特に罪深いとされ処刑された者もいた[107]。
慣習上、強姦罪や姦通罪に死刑が適用されることはほぼなかったが、同性愛はそれらより大悪と認識されていた[135]。
レビ記20章13節を含む旧約聖書の一節は、同性愛に対する嫌悪とそれを社会から一掃することの根拠と考えられていた。ニューヘイブン植民地の法では「男が女と寝るのと同じように、他の男と寝るのであれば、両者を忌まわしき行為を犯したものとみなし、必ず極刑にする」と規定されており[136]、プリマス植民地の法律では1636年に同性愛と異常性交(獣姦や肛門性交)に関する死刑を含む一連の法律が制定された[137]。
トマス・コバートやサミュアル・ダンフォース、コットン・マザーといった著名な作家たちも同性愛を批難する作品を書いた[135]。 マザーは「悪魔の不浄の罪への誘惑に打ち勝ちなさい(Overcome the Devil when he tempts you to the youthful sin of Uncleanness)」という一節は、「おそらく男色(Sodom)の若者たち」を指していると述べている[138]。
ピューリタンというのは要するに原理主義者の一種で、極端な禁欲主義を唱え、そこから外れる者は厳罰に処せばいい、処刑(殺処分)も辞さずという、極めて過激で急進的な狂信者なんです。
そんな連中がアメリカを建国したから、悪法として名高い禁酒法ができたのです。
『性行為は夫婦が子作りの為だけにやるものだ。それ以外の快楽を目的とした性行為は断じて許さない。婚前交渉などもってのほか!。禁欲をせず、性欲を解消する為に売買春をする事など言語道断だから罰してしまえ!』
これがピューリタンの考え方で、だから売買春が犯罪になっているのです。
吉田はるみ衆院議員はこんな馬鹿げたカルト的主張を支持されているのだろうか?
ピューリタンはイングランド王国発祥の原理主義的急進過激派なので、イギリスに留学されていた吉田議員がここで列挙した程度の事実を知らないとは到底思えず、このような過激な思想を支持されていて、それで売買春に罰則規定を設けて厳罰に処せと言われている可能性の方が高いのかな、という気はしています。
当然ですがこんな異常な主張が日本国民に受け入れられる可能性はゼロでしょう。
アメリカ人ですらこんな考え方に同意する人がどれだけいるのかわかりませんしね。
売買春の合法化が世界の流れ
アメリカは、こと宗教絡みの問題に関しては、原理主義的なピューリタンらが建国に携わったということで、キリスト教圏の中でもかなり異質な国とされ、同じキリスト教国の国民からも理解できないことが多々あるようです。
吉田議員と冒頭で名を挙げた藤原のりまさ立憲民主党衆院議員は売買春に罰則規定を設けて売買春した男女を犯罪者として刑務所に収監せよとおっしゃられているわけですが、国際的な潮流は真逆で、売買春を合法化すべきだという方向に流れています。
国際人権NGOアムネスティが今夏、打ち出した「売春を犯罪としないよう求める」という新方針が、国際社会に大きな波紋を投げかけた。
アムネスティは、「(売春をして働く)セックスワーカーは、世界の中で最も社会から取り残された存在のひとつであり、常に差別や暴力などの人権侵害に直面している」と指摘。「(同意にもとづく)セックスワークの非犯罪化」が、セックスワーカーの人権を擁護し、直面する人権侵害の危険を減少させる最良の方法である」と結論付けた。
弁護士ドットコムニュース 2015年10月05日 14時30分
引用した記事の日付をご覧いただければわかる通りで、10年前の記事です。
言い換えれば、10年も前の段階で、この方針が決められているのです。
そしてその方向で国際社会は動いてきました。
この立憲民主党という政党、時代遅れのピューリタンみたいなことを言い出して、一体、何がしたいのでしょうか?
興味深いのは、アムネスティの方針と合致する活動を展開していた要友紀子氏を候補として擁立することもしていたという事実だ。
要 友紀子(かなめ ゆきこ、1976年6月11日[1] - )は、日本の人権活動家、セックス・ポジティブ・フェミニスト。セックスワーカーの権利を求める活動を行っており、セックスワーカー当事者と支援者によって構成される団体「SWASH」(Sex Work And Sexual Health)の代表を2024年1月まで務めていた[2][3][4]。
(中略)
その他
2022年年6月には第26回参議院議員通常選挙に立憲民主党の参議院比例区の候補者として出馬したが[25]、投開票の結果、立憲民主党の候補者で14位の得票で落選[26]。
更に面白い話がある。
業界関係者や当事者の話を聞きもせず、フェミニストら主義者の意見ばかりを取り入れてAV新法を作ったことで非難された塩村あやか参院議員が、要友紀子氏の候補擁立を猛烈に批判していたというのだ。
山井・塩村議員が猛反発
立民関係者が語る。
「昨年、風俗業者に持続化給付金が支給されない問題が持ち上がった時、要氏が党に陳情に訪れたことがきっかけでコネクションができた。本人が公募に応募し、正規のルートで選ばれたようです。党内では『ちゃんと彼女の言動を調べて選んだのか』と不満が噴出しています」
批判の急先鋒となっているのが、出演者が1年間無条件で契約解除ができると定めたAV新法の立案に中心的に関わってきた山井和則・衆議院議員と塩村文夏・参議院議員だという。
「『なぜ業界を規制する法案を作ったばかりなのに、業界寄りの人間を招き入れるのだ』と怒っています。一見、彼女の主張は、セックスワーカーの権利に寄った聞こえのいいものではあるのですが、過去の言動をよく調べると、業界全体を庇護しているとも受け取れかねない主張を展開しているのです」(同)
「売春肯定本」の著書もある女性候補の“過激な主張”
デイリー新潮 2022年06月21日
国際社会の流れに竿を指して、売買春に罰則規定を設け、違法行為として厳罰に処せと主張する党幹部、党所属議員、フェミニストら主義者の意見を取り入れ、AV女優らの意見をガン無視してAV新法を作った参院議員が、国際社会の潮流に沿った活動をする人物の候補擁立に猛烈に反対した事実、こんな偶然、あるんですかね……。
宗教政党化する立憲民主党
戦前から公娼制度の廃止活動を行ってきた日本キリスト教婦人矯風会という団体がある。
1870年代のアメリカ合衆国で、禁酒運動をキャリー・ネイションらが大々的に展開していたプロテスタント系ピューリタンの禁酒運動婦人団体「女性キリスト教禁酒連合(Women's Christian Temperance Union)」の日本支部として、矢嶋楫子らが組織した[2][3]。2000年、女性キリスト教禁酒連合の会員資格取り消しの通告がなされ、以降関係を断っている。
活動初期は禁酒禁煙運動、公娼制度の廃止運動(廃娼運動)、婦人参政権獲得運動に力を置いていた。1900年頃からの廃娼運動では、救世軍中央婦人救済部と共に婦人ホーム、職業紹介、教育、人事相談、医療といった婦人の救済を目的とした活動を行った[4]。関東大震災後は特に力を入れて活動を行った結果、売春婦は減っていったが、代わりに「裏と表と二重の職業を持っている婦人」が増えていった[5]。
1926年(大正15年)9月16日、国際連盟の下に廃娼運動の国民委員会が発足すると矯風会も加入[6]。また、メンバーの数人が委員に指名された。同年10月1日には廓清会などとともに、日本青年会館で廃娼全国同志大会を開催した[7]。
また、シベリアからのからゆきさん問題や、大日本帝国陸軍兵士の性病蔓延を改善するために、既にアメリカ軍では実績のあった禁酒と純潔生活を導入したいと考え、純潔運動を行った。当時の日本では、酒と女は軍隊につきものという考えが一般的であったため、これらの常識に対する挑戦とも言えた。1939年に純潔報国懇談会が設けられた際には、廃娼運動の完成を求めた[8]。
現在は慰安婦問題、靖国神社問題、戦後補償問題、天皇制問題、外国人住民基本法案制定運動、ジェンダーフリー、ポルノグラフィ規制運動に取り組んでいる[9][10][11]。運営施設として女性向けドメスティックバイオレンスシェルターの女性の家HELPと矯風会ステップハウスがある。機関誌は『婦人新報』(隔月発行)[12]。関連団体として、ECPAT/ストップ子ども買春の会、「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センターなどがある[9]。
太字にしたのでお気づきだと思いますが、この団体、プロテスタント系ピューリタンの禁酒運動婦人団体の日本支部として発足しています。
だからなんでしょうが、同団体は統一教会と共に性が絡む問題、性が絡んだ法規制推進問題では必ずといっていい頻度で名前が出てくる団体であると同時に、日本共産党との関連が非常に深い団体でもあります。
著名な会員
荻野吟子(明治時代の医師)
守屋東(大東学園高等学校理事長)
宮本潤子(女性保護施設役員)
東海林路得子(女性保護施設役員)
小笠原貞子(1960年代 - 1990年代の日本共産党参議院議員)
大関和(理事、看護師)
吉川真理
多田さや子
土屋初枝
早川かい
ささきふさ
2010年代の旧民主党時代から始まった共産党との選挙共闘でパイプができ、そこを介する形で共産党と関わり合いのあったキリスト教系の宗教勢力との関わり合いができた。
更に2020年に社民党が分裂して一部が立憲民主党に合流した際、旧民主党が中道路線を採っていた為、相手にされずに社民党の支援団体となっていた左派勢力やフェミニストらが大挙して流入してきた。
結果、立憲民主党は、性に対して異様に不寛容で、性が関連した法規制の徹底強化を求め、禁欲主義による社会実現を求めるピューリタン的なキリスト教徒と、男性を憎悪し、蔑視する傾向が強い偏狭なフェミニストらに支配された、宗教政党に変貌を遂げてしまった、と。
日本の労働組合のナショナルセンターである連合が支持母体となっている最大野党が、ピューリタン的な禁欲主義系の原理主義者と、偏狭なフェミニストに乗っ取られ、キリスト教系の宗教政党化しただなんて笑い話にもなりませんが、その悪夢のようなことが本当に起きてしまったわけです。
性に関する話は、宗教団体は基本的に、禁欲的とまでは言いませんが、不道徳なことを嫌う傾向がある為、どこも規制することに反対しません。
あまり興味や関心がないといった方が正確かも知れませんが。
だから新宗連は、立憲民主党が性規制を強化したり、売買春に罰則規定を設けようとしても取り立てて反対しないでしょうから、通るんですよね。
自由主義(リベラル)政党で売買春を犯罪として罰しろとか、性規制を強化して禁欲主義的な社会に変えろだなんて主張は、普通、しませんし、旧民主党だったら絶対に取らない姿勢なので、強い違和感がありますが、立憲民主党がピューリタンに由来を持つキリスト教系勢力と、性規制をガンガンやれと主張している左翼系フェミニスト、極左系フェミニストに党を支配されている(乗っ取りですけど)と考えれば、全くおかしな事ではありません。
反セクト法制定に後ろ向きになっていたのは、バックにこういった原理主義的で急進的な宗教勢力がついていたことも、無関係ではないのでしょう。
立憲民主党は、可能な限り、早くに解党に追い込まないと危険ですね。
加筆
以下、記事を書く前に触れるつもりでいて、書きこぼしてしまった内容です。
吉田議員の発言で引っ掛かりを覚えるのが、アメリカならどっちもダメです、という部分です。
どんな国にも光の部分と影の部分があります。
アメリカに関して言えば、宗教が絡んだ問題は、影の部分に当たります。
例えば、アメリカの政治系のニュースを聞いていると、頻繁に『人工妊娠中絶』というキーワードが出てきます。
アメリカで人工妊娠中絶の賛成派と反対派がいて、政治的な焦点の一つとなっていることは有名ですが、中絶クリニックが襲撃され、中絶を行った医師に対する暗殺テロが横行しており、しかもそういったテロを、宗教上の動機に基づくものとして「殺されて当然の行いをしたのだ」と、正当化し、肯定する意見が一部で罷り通っている現実があるのです。
1994年の事件
2009年の事件
2015年の事件
2001年の脅迫事件
きりがないのでこれ以上は挙げませんが、アメリカはピューリタン(清教徒)が建国に関わった宗教国家、ある種の原理主義的な国家としての側面も持っている為、こうした深刻な歪みを社会に抱えているのです。
その他、キリスト教ファンダメンダリスト(キリスト教原理主義とも訳される)の人達が、重機で必死に地層を掘り起こして、聖書に書かれた記述の正しさを証明するのだと意気込んでいたり、進化論を否定し、代替としてインテリジェント・デザイン説を提唱し、公教育で教え込もうとしたり、おかしなことをやっているのです。
近年アメリカ合衆国のいくつかの州において、創造論が明確に学校教育に持ち込まれようとしている。1980年代には裁判で創造論の理科教育への持ち込みを禁ずる判決が出された。そのために、「神による創造を科学的に解明する」運動が創造科学として湧き上がった。
しかし創造科学も創造論と同様に科学ではなく宗教であるという連邦裁判所の判決が下された。
米世論調査企業ギャラップ(Gallup)が2010年2月11日に発表した調査結果によると、進化論を信じていると答えた米国人は40%であり、過去10年間に行われた調査においても、44-47%の人が、神が過去1万年ほどの間に、人間を現在のような形で創造したと信じていると答えている。
その後、創造科学運動は、宇宙や生命を設計し創造した存在を認めるインテリジェント・デザイン説(ID説)を公教育に取り入れようとする動きがある。
インテリジェント・デザインでは、極めて精妙な生物の細胞や器官のしくみを例に挙げて、「複雑な細胞からなる生体組織が進化によってひとりでにできあがったとは考えられない。従って創造に際しては『高度な知性』によるデザインが必要であった」といった主張がなされている。
また創造科学と同様に創造論に科学的根拠を持たせようと試みているが、運動の中心は「くさび戦術」と呼ばれるものである。これはインテリジェント・デザインの科学的妥当性を立証するのではなく、進化論の不十分な点、まだ説明できない生物の現象を強調する。
ジョージ・W・ブッシュは「平等のために進化論のみならずインテリジェント・デザインも学校の理科の時間に教えるべきだ」と述べたが、翌日報道官が撤回した。
2005年11月、カンザス州教育委員会は多数決の結果ID説の立場を採り、進化論を「問題の多い理論」として教える科学教育基準を採決した。この決定にあたり、ID説を支持する創造科学者たちを批判するために作られたパロディ「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教団」が登場し、ネット世論を大いに沸かせた。インテリジェント・デザインはペンシルベニア州ドーバー学区における裁判で、宗教であり科学ではないと指摘された。
これらの問題はアメリカが克服すべき課題であり、同時に、ピューリタンら原理主義的なキリスト教徒達が建国した宗教国家故の宿命である、とも言えるのではないかと考えています。
当然ですが、この点を超克しなければならないと考えているアメリカ人も大勢いるわけです。
科学を宗教の立場から否定し、宗教の教義、教典の方が正しいのだと提唱し、そういった勢力が社会的に多数派を形成することなど、日本では到底考えられないことです。
この点においては、明らかに、日本がアメリカに勝っています。
アメリカがこうだから日本もそうしろというのは明らかにおかしな話ですし、このような発想は、アメリカが全てにおいて先進的で正しく、日本が後進的で間違っているという、非常に偏った考え方に起因するものです。
吉田議員にせよ、藤原議員にせよ、この辺のところをきちんと理解した上での発言だったのかなと、疑問に感じざるを得ません。
また、理解した上での発言であったとすれば、その背景には何らかの宗教的な動機があることになります。
このお二人がどのような方なのか存じませんが、キリスト教徒であるとか、あるいは、統一教会のようなキリスト教系のカルトの影響を受けた方なのかな、という話になり、結構大きな問題になります。
立憲民主党をはじめ、旧民主党には統一教会との繋がりがある議員が結構いますし、特に吉田議員は統一教会と深い繋がりのあることで知られる野田佳彦代表のグループに属していることから、その疑いは十分に現実味のあるものです。
日本は欧米と異なり、非キリスト教圏の国です。
宗教が異なる以上、文化と価値観が大きく異なり、実際、明治以降の欧化政策に関しては、自国の国情や国民気質に合った取捨選択の重要性が認識され、合わないものは取りやめてきたという史実もあります。
例えば売春に関してはこういった話もあるわけです。
日本には、江戸時代の遊廓に端を発する公娼制度が存在していたが、1872年(明治5年)に、明治政府が太政官布告第295号の芸娼妓解放令により公娼制度を廃止しようと試みた。しかし、実効性に乏しかったこともあり、1900年(明治33年)に至り公娼制度を認める前提で一定の規制を行っていた(娼妓取締規則)。1908年(明治41年)には非公認の売淫を取り締まることにした。また日本キリスト教婦人矯風会が、売春禁止を求めて運動を起こした。
同性愛に関しても同様のことが起きて、明治政府が欧化政策の一環として同性愛を禁止しようとして明治5年に鶏姦罪という刑罰を設けましたが、たったの10年で廃止され、大正から昭和初期頃には男色文化が完全に復活して、江戸時代と変わらない様相を呈したそうです。
欧米のようにキリスト教で禁止され禁忌となっているわけではない以上、売買春や同性愛が社会から禁忌とされることはない、ということです。
妄信的に欧米は全て正しいと考えるのでなく、一つ一つの物事を、本当にそれは正しいのかどうか、きちんと吟味して、日本にとって必要な法律なのか、規制なのか、熟慮の上で取り組む姿勢を持つべきです。
そうした基本的なことのできていない立憲民主党は論外と言わざるを得ません。
