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香椎なつ氏の動画に片山安孝元兵庫県副知事が出演 斎藤元彦兵庫県知事の通称文書問題

こういう記事をお読みになられる方であれば既にご存知だとは思いますが、香椎なつ氏の動画に、片山安孝前兵庫県副知事が出演されて、お話をされていました。

凄いですよね……。

話を聞いて思った事は、やっぱりな、というものでした。

ただ、知らなかった点もあったので、驚きもありました。

詳しい事は動画を見て頂いた方が早いのですが、やっぱり、一連の問題の本質って、改革派と、それに反対する勢力との抗争なんですよね。

鈴木礼治、という人物を御存知でしょうか。

1983年2月15日から1999年2月14日まで、実に16年間も愛知県知事を務めた人物です。

約3年前に亡くなって、ニュースにもなっているみたいですので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

経歴は下記のとおりです。

1928年12月4日、三重県三重郡富田町(現・四日市市)生まれ
旧制桑名中学、旧制八高を経て名古屋大学経済学部卒業
自治省入省
1964年、愛知県庁出向、課長就任。
1974年7月31日、寺井久愛知県副知事辞任、8月1日、仲谷義明県教育長の副知事にスライド就任、それを受けて教育長就任
1975年2月、仲谷義明が愛知県知事初当選
1978年、教育長から県総務部長にスライド就任
1979年、副知事にスライド就任
1983年、愛知県知事選に初当選

見ての通り、鈴木氏は自治省の役人です。

そして前任の県知事仲谷義明氏の経歴は以下の通りです。

1925年10月27日、名古屋市西区桜木町3丁目生まれ
名古屋市立新道尋常小学校、愛知県立明倫中学校卒業
1945年3月、第四高等学校文科甲類卒業
同年4月、東京帝国大学法学部政治学科入学
約3か月後陸軍入営
1948年9月、大学卒業
同年10月、自治省入省
岐阜県庶務課長、知事公室次長などを歴任
1960年、愛知県庁
水道部長、労働部長などを歴任。
1969年4月16日、県教育長就任
1975年2月9日、愛知県知事選に初当選

中谷氏も自治省出身です。

更にその前任の桑原幹根愛知県知事の経歴は下記のとおりです。

1895年8月29日、山梨県南都留郡明見村生まれ
山梨県第一中学校都留分校(現・県立都留高校)卒業
旧制第一高等学校卒業
東京帝國大学法学部卒業
内務省入省
1935年、福島県書記官・経済部長
同年、内閣東北振興事務局書記官就任
1936年、内閣東北局長就任
1941年8月、東北興業株式会社副総裁選任
1945年4月、東北興業総裁就任
1946年6月30日、総裁辞職
1946年7月9日、官選愛知県知事就任。
1947年3月5日、愛知県知事選挙立候補の為に知事辞職
同年同月、東北興業副総裁時代に関係していた会社の戦争関与が問われ、公職適否審査委員会から追放決定通知。急遽、官選最後の知事で元内務官僚の青柳秀夫に出馬を要請し、青柳は4月5日に行われた選挙で初当選
1948年7月、東海証券社長就任、同時に名古屋証券業協会会長就任
同年10月、ホテル丸栄の初代社長就任。
1950年10月3日、追放解除
1951年5月11日、愛知県知事に初当選

桑原氏も自治省の源流である内務省の官僚です。

また経歴にある通り、戦後初の民選愛知県知事である青柳秀夫氏も内務省出身です。

民選知事が初就任した1947年4月5日から鈴木氏が退任した1999年2月14日まで、実に約52年間も内務省・自治省出身の県知事が続いたんです。

その為、特に1990年代に入ってから、非常に問題になって、それで弁護士出身の神田真秋氏が候補として擁立されて、ようやく、非自治省系の県知事が誕生した、という流れを辿っています。

戦前まで知事は内務官僚が任命される官選ポストで役人でした。

だから民選となった後も、内務省・自治省系の知事が続く問題は多くの自治体で見られたもので、別に愛知県だけの問題ではありませんでした。

ただ、兵庫県の場合は、革新系の候補が当選した時期があった為、旧社会党系や旧共産党系の勢力が強かったと考えられ、革新自治体に見られる放漫財政の問題も抱えていたと考えれる事から、自治省系の官僚政治と革新自治体的な放漫財政の二つの問題点が絡み合った、かなり厄介な状況にあったのだろうなという事が推測されます。

実際、兵庫県、放漫財政で検索すると、記事がヒットします。

兵庫県には2001年から20年にわたって県政を長らく支配していた(齋藤氏と同じ総務系官僚出身の)前知事・井戸敏三氏がおり、齋藤元彦氏はその井戸長期政権からの決別と刷新の期待を受け、井戸氏が自身の後継者として推薦した対立候補を大差で破って当選した。

20年にもおよぶ井戸氏の県政の評価は賛否それぞれあるだろうが、少なくとも齋藤氏が、井戸時代にはだれも手を付けなかった「タブー」の領域に踏み込もうとしていたことは事実だ。その目玉は、県がバブル時代の末期から保有していた(そして阪神淡路大震災後に急激に不良債権化した)土地開発事業や不動産事業の見直しであり、これは井戸時代にもしばしばやり玉に挙がってはいたものの、清算されることはなかった。

井戸時代には、県の財政はどんどん悪化していった。むろんそのすべてを井戸氏の責任に帰するのは妥当ではない。というのも彼が就任した2001年は折しも「小泉改革」の旋風が起こっていた時期で、地方自治体にも大幅な予算カットという形でその余波が届いていたからだ。しかしながら、そういう事情があったことは差し引くにしても、井戸時代の兵庫県は概して「放漫財政」だったと言わざるを得ない。当人も朝日新聞のインタビューのなかで「(財政の)体力を超えて投資しすぎた面があった」と回想している。

齋藤元彦再選「SNSで若者がデマに騙された」は本当か?
新聞・ワイドショーが報じない「井戸県政の宿痾」という大問題

現代ビジネス 2024.11.22 御田寺 圭

兵庫県の行政問題を考える上で避けられない重大なターニングポイントは、やはり阪神淡路大震災だ。思うに大震災は、兵庫県にふたつの意味で禍根を残した。

ひとつは直接的な意味での「財政悪化」だ。阪神エリアの市街地に大きな被害をもたらし、社会経済に深刻な痛手を与えた震災からの復興のため、県は2兆円弱の負債を抱えることを余儀なくされた。そしてもうひとつは「震災復興のためだから」という建前のもと、その後の放漫財政が正当化されたことで、間接的な意味でも「財政悪化」を招いてしまったことだ。

とくに神戸市では「震災復興」の名のもとに、どんぶり勘定で湯水のように税金をつぎ込んで商業施設や住宅地が造成され、それらはことごとく赤字を垂れ流してきた。神戸は人口150万を数える巨大都市であり、その財政規模も他の多くの自治体とはその桁が違う。ピーク時の2002年度には神戸市の市債残高、つまり借金は3兆2000億円を超えた

上記同

宿痾の清算
齋藤元彦は、井戸時代にも続いてきたこのような採算性を度外視した――悪くいえば多額の公金注入ありきの放漫経営を前提とする――政治・行政との訣別を県民から期待されて県知事に就任した。そして実際に齋藤氏が就任直後から着手したのは、まさにこうした兵庫県に遺された長年の宿痾(しゅくあ)の清算であり、県民からもその手腕は一定の支持を得ていた。

井戸時代には財政的問題から後回しにされていた中学・高等学校の校舎修繕などに力を入れていたのも、大きく支持を広げたポイントのひとつだっただろう。今回の選挙で齋藤氏が10代〜20代の若年層から圧倒的支持を集めたのは偶然ではない。「立花孝志やXの政治系インフルエンサーが煽ったから、10代20代が妄信して齋藤を支持するようになった」「若者がYouTubeやTiktokだけを見て『ネットde真実』に目覚めて齋藤になだれ込んだ」――というのは実情とはかけ離れている。「パワハラ」というタームにきわめて敏感なZ世代の大部分が齋藤氏を支持したというのは、彼の「パワハラ問題」を帳消しにするだけの恩恵が実際に彼らの生活に注がれていたことを示唆している。

とはいえ当たり前だが、議会にも行政にも長年主流派であり続けた「井戸派」はまだ根強く存在しており、齋藤氏の県政を快く思っていなかった。齋藤氏の改革はいわゆる「身を切る」タイプのそれに属していたため、一部の人びとからすれば面白くなかったのも当然だろう。

ただし、ここで強調しておきたいのだが、「議会や行政やOBにいた『井戸派(反齋藤派)』がメディアと結託して、今回の失職につながる陰謀をめぐらせた」のかというと、必ずしもそうとも言い切れないということだ。

上記同

1990年代に自治省系県知事の存在が問題視された事を記憶している人であれば、兵庫で何が起きたのかはわかるはず。にもかかわらず、それを知っている筈の年齢の癖に、30代以下がその時代の話を知らず、無知な事に付け込んで、すっとぼけて誤魔化してる奴らがいる。

嘘吐きだなあ、と思いますよ。

30代以下は(政治意識が子供時代から高かった層は別として)知らないと思いますが、昔の共産党は、「無駄な公共事業」、「無駄な道路工事」というフレーズを選挙で連呼して、公共事業を滅茶苦茶ぶっ叩いてました。

これは彼らがケインズ経済学を全否定していたことに起因するもので、東欧の東側社会主義経済圏が消滅し、旧ソ連も崩壊した現在は口にする事はなくなりましたが、昔の共産党が共産主義者以外からの支持されたり、投票して貰えていたのは、実はこの「行政の無駄遣いを批判している」からだったと言われているわけです。

維新の会をはじめとする一部の政党、政治勢力、政治家達の唱えている行政のスリム化というのは、新自由主義的であることは事実ですが、共産党の「無駄遣い」という発想をそのまま行政機関にスライドさせているだけで、無駄遣いは止めろと公共事業を否定するとか、政府債務を増やすなと目くじらを立てて批判するのも、昔の共産党とやっている事は大して変わらないと言われています。

少なくとも多くの有権者の目線ではそうです。

共産党から維新の会をはじめとする新しい政党に支持が移った理由って、凄くわかりやすくって、税金の無駄遣いを止めますと、冷戦期の共産党と同じ事を主張してるからってだけなんですね。

有権者(県民と言った方がいいかな)の感覚からすれば、今話した通りで、県が無駄遣いする事なんて許せないわけで、放漫財政で滅茶苦茶やってるのはわかっているわけだから、無駄を削れって話になりますし、余計な無駄遣いしてるんならやめろって話になっている。

斎藤知事がやろうとしてる改革は、まさにそれだと。

兵庫はさっきも書いたように、自治省系の知事が長期間続き、かつては革新知事がいた事もあったので、改革に対する抵抗が半端なかったと。

片山前副知事が話していた、立憲民主党系と共産党系が動いていた、という話は、やっぱりなと思ったが(例の外郭団体の定年を井戸県政時代になし崩し的に引き上げられていた70歳から65歳に引き下げるという改革に対する反発)、斎藤知事は自民党系で、自民党が立憲民主党や共産党と手を組んだのは残念だったという趣旨の発言を聞いて、「ん?」と思った。

また片山氏の話を聞いていると、自民党は必ずしも、反斎藤というわけではない、という事も伝わってきました。

何故、「ん?」と思ったのかですが、理由はこれですよ。

これは元県民局長の遺した文書の一部です。

自民党の奥谷謙一兵庫県議(神戸市北区選出)が追及をガンガンやっていたので、反斎藤派が稲村和美氏を次の県知事にすると決めたと2023年の時点で述べたという話まで出ていたものだから、てっきり、自民党は斎藤知事を切り捨てる側が多数派なのかと思っていたら、必ずしもそうじゃないみたいですね。

結局、自民党内で、斎藤知事が自分達の思い通りに動かないというので、怒りと恨みを募らせたか、あるいは、改革が進む事で自分達の既得権益が切り崩される事に恐怖と不安を覚えたか、そういった議員らが出て、反斎藤派となり、立憲民主党や共産党と手を組んだという流れだとしたら、自民党内の内紛でもあった、という事になりますよね。

自民党内が割れている可能性は情報等からわかってはいたものの、片山氏の口からそれに関連する情報が出た事で、この点は少し新鮮でした。


別に改革に反対するなら改革に反対するで、それはそれでいいんです。

デモでも何でもしたらいいし、任期切れに伴う県知事選挙で、きちんと候補を立てて、正々堂々と戦えばいい。

しかし、そうした事はしなかった。

余りにもやり方が汚い。

人事に不満を募らせた元県民局長が送りつけた怪文書を、無理や公益通報だった事にして、マスコミまで動員して、知事を引きずり下ろそうとした。

はっきり言えば、まともに選挙をやっても改革派の候補だったり、斎藤知事には勝てないと考えていたから、それでこういう事をやったんだと思う。

民主主義の否定以外の何ものでもない。

パワハラは公益通報の対象外だし、元県民局長の怪文書の内容では、少なくとも、3月のものは、明らかに公益通報にはならない。

にもかかわらず法律を捻じ曲げて公益通報だった事にしてみたり、マスコミが度を越した偏向報道を繰り返したり、一連の問題は、確実に、日本の社会に深刻な禍根を残す事になるでしょう。

下手したら国自体が壊れるかも知れない。

流れが変わりつつあり、今後、どうなっていくのかわかりませんが、反斎藤派の人達には、猛省を促したい。

追記)

既に故人で反論できない人が相手なので、本当は書かない方がいいのかも知れないけど、元県民局長が、片山元副知事をはじめとする斎藤知事の改革派の側近が私大卒や地方国立大卒だったという事で、学歴を見て軽んじていた、という話を聞いた時、ああ、やっぱりな、と思いました。

京都大学を出て県庁に入庁する。

この事自体は別に特殊な事ではなく、京都大学は、東京大学とは違って、一部の自治体では職員として採用されている人がいます。

しかし、京大は、日本国内では東大と双璧を成す雄です。

俺のような一般人には縁のない世界ですが、東大卒者や京大卒者は、早稲田や慶応のような私学のトップ校の出身者すら、平気で低学歴だと罵る人がいるという話を聞きますし、感覚が全然違うんですよね。

勿論、東大卒や京大卒が全員、そういう人間だなんていうつもりは毛頭ありませんが、世間的には、よく聞く話でしかありません。

正直なところ、県民局長というポストですら、俺から見たら十分な出世を遂げた人であり、世間的にもかなりの高位の人物という事になるわけですが、京都大学まで出ている元県民局長からしたら、県庁の部長にならない限り、納得ができなかったのでしょう。

俺のような優秀な人材は、なれて当たり前だと。

実際、どんなに高学歴でも、仕事ができなければ出世はできませんから、県民局長まで昇っているという事は、仕事自体は出来たのだと思います。

しかし、知事が井戸前知事の後継でなく、井戸県政を批判的に見ている斎藤元彦氏が知事になったという事で、出世コースから外れてしまった。

井戸後継が当選していたら県庁の部長になれたはずだ、自分より学歴に劣る人間が知事側近になっているのも許せない、高学歴の有能な人間が県行政を担った方が素晴らしいに決まっている、だから知事の醜聞を集めて失脚させてやる――これが元県民局長の考えだった事は容易にわかる。

何から突っ込んでいいのかわからないけど、まず、仕事ができるかとできないかは学歴関係ないですし、能力が高いから側近に採用されたわけだし、考え方が傲慢で、どうかしてるとしか思えないんですよね。

出世コースから外れて悔しいという気持ちは理解できますし、その事自体は同情できますが、それ以外の部分が、何でこんな事するのかなと、理解できないんですよ。

本当に、後味の悪い出来事になりそうですね。