自転車の青切符で、みんな何に不安だったのか
とうとう始まりましたね!!
自転車の青切符!!
突然。
なんだか制度が決まりましたって時にブワーってニュースになって、
「うわーー!!ヤバいぞ!!自転車で罰金発生するぞ!!」って大騒ぎ(ってほどでもないか)。
その後みんな忘れて少し時が流れて、
実際開始しますよっていうちょっと前からまたブワーってニュースになって、
「うわーー!!なんだっけ!?何したら罰金なんだっけ!?」って再確認しては不満が出たりいやでも必要じゃないか?みたいな意見も出たり。
で、実際始まって、「あれ??意外とそんなに自分に害ないな」ってなったら今どうでしょう。
3週間もすれば、スン.....ってなってる。
これ、私もなんですよね。
自分に何か不利がありそうならやっぱり嫌だから、何がダメで何が許されるのかや
その制度のダメなところを探してみんなで粗探しみたいになってしまったり。
でも実際こんなに話題になってた時でも、
意外とみんな把握してる内容は曖昧で。
「そんな事できない!!」って騒いでたものは
蓋を開けてみればそもそも求められて無いって言うか。
例えば、対象は16歳以上なのに、
「子供には罰金払ってでも歩道を走れと伝える」と言うSNSがバズってたり、
違反したら即罰金の様に勘違いして、
自転車通勤だったものを
罰金が怖いからと徒歩通勤に変えた人もいた。
ニュースでは時間制限もあるから、
全て全てを放送できるわけじゃ無いし。
結局は自分で、自分の生活に合う部分を重点的に調べる必要がある。
調べればすぐ出る様にもなってる。
それでも調べず、批判多め。
なんだかだんだん現場で対応する警察の方が不憫になってきて。
制度自体は
被害者が出た経験から新たな被害を出さない様に、考えぬかれた物なんだと思う。
その制度を強く願った人もきっといる。
だから、あとは受け止める側の問題でもある。
職場や友達同士でこの話が出た時。
噂レベルで話してしまう。
これは別に仕方ないと思う。世間話でそこまで調べきってするのもなんだかなぁって感じではあるし。
でもどこかに、“決めつけ”じゃなくて“本当かな?”を置いておくと、余計な事に不安を煽られたり怒りを感じなくていいかもしれない。
それともう一つ。
SNS。
本当の様に流れてしまう。
これをサラッと流してしまう人も一定数いるのは事実。
そしてその”誇張された情報“を元にまた、
職場での噂話が加速する。
その怖さを見る事って、結構大切な気がして。
じゃあなんで“誇張された情報”や“勘違いの情報”がこんなに簡単に信じられてしまうのか?
この自転車の問題だと、
自転車を使う人口はかなり多い。
だからみんなが自分ごと。
今までルールをそこまで気にしなくても使えていた便利ツールが、急に使い方に堅苦しさが出てきてしまう。
これはルールが不要だと言っているわけじゃありません。そして制度としての自転車のルールは以前からあった。
ただ、きちんと理解して守られていなかっただけ。
そして今回、その必要性を理解させ、より遵守してもらえる様罰則という形ができた。
だから逆に言えば、今まできちっとルールを守ってきた人達は気にする事もない話。
でも、テレビで流れたり、誇張された情報が曖昧な部分に触れる。
そこから不安に繋がり、その不安は伝播する。
そして人は不安が強ければ、
早く不安を解決したいと願う。
そこに、強い言葉や、詳細を省いた太文字部分だけの情報が流れてくると、
それを丸っと受け取ってしまう。
しかもやっぱり人は自分を正当化したい。
これは私もで、いつも反省する部分。
じゃあこんな時はどうするの!?
仕事や習い事に間に合わない!!
こんな事もダメなの?!
自分に関係のない部分はスルッと受け入れられるのに、自分に大いに関係する部分はどうしても言い訳が出て受け入れられない。
今回これが大きかった気がする。
それほど自転車を生活の必需品にしている人が多いという事。
そして、こんな否定をまたSNSに流すと、さも正論かの様に賛同が生まれ、拡散される。
そうやって、負の連鎖が出来上がってしまう。
そして現場でこれを直接受け止めるのが取り締まりをする警察。
それが仕事。
安全の為、危険な行為は取り締まる。
それでも、そもそも理不尽だと憤慨している市民に対峙するのは並大抵の事では無いと思う。
さらに言えば、やっぱり日本の国土も狭い事や、道路自体の問題、地域によればバスなどの他手段が少ない事、制度はできても環境が追いついていない感覚もあるから、
それを全て現場に任されてしまう警察は大変だなぁと思うのです。
結局
私たちは、本当に制度そのものに対して混乱しているのかな?
それとも、”よく分からないけど、自分に対して不利益になりそうだから“混乱したのか?
そして
そういう混乱が丸投げされるのはいつも現場で直接対応する人達。
きっと制度にも意味があるし、
制度がある以上、それを測る人だって必要。
だからこそ、
その中で生活する私たちも、
“なんとなくの不安”のまま反応するのではなく、一度立ち止まって、考えることはできるはず。
📘暮らし目線の社会ノート
ー小さな違和感の置き場所ー
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