見出し画像

吉田松陰先生と松浦武四郎―志士とはどういう人物?

吉田松陰先生は遺墨を読んでいると、先生のいう志は社会―国家への忠義としての志なのだなと思う。では、そもそも志士とはどういう人物を指すのだろうか。

志士は、文字通り志を持つ者であるが、ではどんな志だったら志士と見なされるのだろうか。

それを紐解くのに一通の手紙がある。それは松陰先生から坂本鼎斎に宛てた手紙である。
松陰先生はこの手紙で、後に北海道の名付け親となる松浦武四郎を紹介している。その中に松浦について、「志士ではない、市井の人」だと評価しています。つまり、北海道(蝦夷地)についてとても詳しいがあくまでも一般人であると。

松浦はアイヌの人たちの扱われ方の非道さに耐えかねず、蝦夷地の調査を行いながらアイヌの権利―保護のために、活動していました。それは国家のためでもある。
ただ、松陰先生からは志士ではないと評価された。

ここに、志士と市井の人との違いが表れている。松浦は志士ではなかった。なぜか。

調べが全く足りていないので、ここでは私見となってしまうが、松浦には兵として戦う覚悟と学問が足りていなかったのではないだろうか。松浦はアイヌの保護を主張していたため松前藩から目をつけられ、暗殺未遂もありました。とはいえ、外敵と戦うまでの覚悟はなかったのではないだろうか。

そして、学問。松浦にも教養はあったろうが、松陰先生ほど読書に明け暮れてはいなかった。

現在巷では松陰先生を取り上げるに、「立志」とか「狂いたまえ(こんな言葉遣いはしてないけど)」とか「夢なき者は…(これはガセ・クリシェ)」ばかりで溢れているが、しかし本当に「志士」としての道を示したものはあるのだろうか。松浦武四郎ですら志士ではないのだ。志士になるには中々難儀かもしれない。だが、不可能ではない。

志士の志(心指し)は、国家に向いている。

私の祖母は松浦武四郎の流れで、私自身ご先祖様として崇めている。そんな私は、ご先祖にも到底及ばない市井の人である。

いいなと思ったら応援しよう!