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鎌倉市にフランス型リユース施設を

たくさんの問題があり、計画が白紙になる
鎌倉にある野村総研跡地に、当てはまらないかなー
なんて想像しながら、書いてみました。

先日、仲間内のアカデミアで「分別と分別」について話し合う機会がありました。
これから生ごみの個別回収が始まる中で、どうすれば市民の負担を減らし、環境にも財政にも良い形がつくれるのか。
答えは簡単には出ませんでしたが、議論を終えたあと、

ひとつ強く思ったことがあります。

分別(ぶんべつ)の前に、分別(ふんべつ)が必要なのではないか、ということを先生は仰りたかったのだと思いますが、この時まだ私にははっきりとした発想がなくて、もう少し考えを進めていました。

いま私たちが議論している分別は、すでに「ゴミになったもの」をどう分けるか、という話です。
けれど本来は、
「これは本当にゴミなのか」
「社会の中で、もう一度役割を持てないのか」
を見極める段階があってもいいはずです。

フランスには、Ressourcerie(ルッスゥセルリー)やRecyclerie(リサイクルリー)と呼ばれる施設があります。そこは中古品店でも、ボランティア拠点でもありません。
捨てる前に、社会を一周させる場所です。
不要になった家具や道具、衣類、端材、剪定した木、薪、
時には土や堆肥まで。

「いらない人」が置き、「必要な人」が持っていく。
価値の判断を行政や業者ではなく、市民同士の間に戻す仕組みです。
この仕組みの本質は、環境意識の高さではありません。
焼却量を減らし、処理コストを下げるための、自治体の廃棄物政策です。

鎌倉市には現在、焼却炉がありません。葉山町や逗子などに処理を委託し、そのための費用を支払っています。
これは決して悪いことではありませんが、同時に、
• 焼却前に減らせる量は、本当に減らし切れているのか
• ゴミにする前に、止める場所は用意されているのか
という問いも、持つべき段階に来ているのではないでしょうか。

もし鎌倉市に、フランス型のリユース施設があったらどうなるでしょう。• 焼却量が減る
• 輸送コストが減る
• 税金の支出が抑えられる
• 市民は「捨てる」より前に立ち止まる
• 分別が義務ではなく、参加になる
これは理想論ではなく、財政的にも合理的な選択です。

さらに鎌倉は、物を大切に使う文化、庭や緑とともに暮らす文化、
そして「少し不便でも、それを価値と感じる人」が多い街です。
生ごみの個別回収が始まる今こそ、
「出たゴミをどう処理するか」だけでなく、
「ゴミになる前に、社会を一周させる場所」を制度として組み込む。
その転換点に立っているように思いました。

分別を厳しくする前に、捨てなくて済む選択肢を増やす。
鎌倉市にフランス型リユース施設を。
これは環境施策であると同時に、これから人口が減っていく日本における、持続可能な都市運営モデルにならないかなと感じていて、
さらにもし梶原の野村総研跡地で、
アーティストのためのシェアアトリエ運営も一緒にできたら、
その捨てる前の物から、新しい”なにか”が生まれるのでは?
と、ワクワクしてしまいました。
または、防災や自然と関わるリクリエーションや、実際の避難場所になったりできないのかな?など、前の跡地利用が白紙になった経緯など、まだ完全には読み込めていないのだけど、あの場所を良い活用法にならないかと考えていたら、もちろん野村総研跡地でやれたらいいけど、全国でも広がっていったら面白いかもと、想像しただけでワクワクときめいてしまったアイデアでした。

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