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妹だったら良かったのに −振られた日に兄ができた

私には兄がいる。それも数年前にできた。

結構年が離れてるが、童顔で実際より若く見られることが多いらしい。年齢を聞いたときはびっくりした。性格は天然気味。

時々話が急に斜め上に飛ぶけど、本人には自覚も悪気もない。お節介で嘘がつけなくて裏表のない人。

しかも超マイペースである。

自分の世界を大事にしてて、一見すると人に興味がなさそうに見える。でも一度気を許した人に対しては情に厚く、義理を通そうとする。

離れて暮らす私をずっと気にかけてくれてることも知っている。


私たちは、お互い話し合って兄妹という形を選んだ。




兄とは私が行きつけのお店で知り合った。

そのお店は私にとって少し入るのに勇気が必要で、初めてお店に行ったときはひどく緊張していたことを覚えている。

その日のお店は兄が一人で回していて、数人の常連っぽいお客さまと時折何かを話していた。

恐る恐る注文を済ませ、出てきたものを味わった。今までの観念が変わるくらい美味しかった。

私も兄と何か話した気がする。帰り際のお会計で、どうしてこのお店に来たのか、どんな食べ物が好きなのかを聞かれて答えたような。

記憶に残らないくらい当たり障りのない会話。初めて会った時の記憶はそれくらい。ただの店員と一人の客。

しばらくの間、ずっとそうだった。



その後もちょくちょくお店に足を運んだ。

初めてお店に行った時の美味しかったという感動が忘れられなかったからだ。兄がいる日もあれば他の人の日もあった。


何度かお店に行くうちに、なんとなく兄の人柄がわかってきた。

人見知りと言うほどではないが、あまり自分からは話さないで客が話すのをじっと待つことが多い。

かと思えば、好きなものに対しては饒舌になる。こだわりが強いみたいだ。


私も何度か話す機会があった。
その頃の私は仕事やプライベートが忙しくてひどく疲れていた。兄に悩みを相談することもあった。

いつも話を聞いてもらうばかりでは悪いなと思ってこちらから質問することもしばしば。

私はいつの間にか兄に興味を持つようになった。




なんの自慢にもならないが、私は興味を持つとすぐその人を好きになる。


例外なく兄のことを異性として意識するようになるまで、そう多くの時間はかからなかった。


ひょんなことから兄に対する好意が他の店員さんにバレてしまったことがある。

「応援するよ」とその人は言った。

その人の協力を得て兄の連絡先をゲットした。初めて会ってから半年ほど経った冬のことだった。


連絡先を手に入れた勢いで、私は兄を食事に誘った。

兄は簡単に了承したので拍子抜けした覚えがある。もしかしたら、こういうことに慣れているのかもしれない。

どこか純朴そうに見えていた兄とのギャップに少し面食らった。でもあばたもえくぼというか、恋する乙女にとってギャップは恋の燃料にしかならない。




期待で初デートの前日はなかなか寝付けなかった。何度も悩んで決めた持っている中で一番かわいく見える服を着て行った。

今日は寒いから待たせないように早めに行こう、そう思いながら少し早足で私は待ち合わせ場所に向かう。


待ち合わせ場所に兄は先に来ていた。


初めてプライベートで会った兄は、なぜか真冬なのにコートを着ておらず、ひどく驚いた。今思い返してもなぜ?と思う。一月とか二月とか冬真っ只中なのだ。

あまりにも衝撃的すぎて出会い頭に本人に聞いたら、「ニットの袖がコートを通らなくて」と苦笑いされた。そんなことあるだろうか。

しかも着ているニットを褒めたところ、元カノからのプレゼントだということがわかった。

どこか自慢げに「かわいいでしょ」と笑う兄に呆れつつも、「そうですね」なんて返すんだから、私もしょうもない。

やっぱりこの人、変だ。でも、この人のこういう所が好きなんだよなあ。

そう思いつつ、ニット一枚は見ているこっちも寒い。思わず、「マフラー貸しましょうか?」と言ったくらいには風邪をひかないか気が気でなかった。

ただ一瞬、チャンスかもしれないとも思った。


二度目はないかもしれない。

使えるものならなんだって使ってしまえ。


帰り道。少し緊張しながら「寒くて手が冷たい」と呟いてみた。我ながらあざといなと思って、すぐに恥ずかしくなって別の話題を探した。

でもお酒を飲んでいた兄はすぐに、「じゃあ手でも繋ごうか」と言って私の手をつかんだ。コートも着ていないのにその手は温かかった。


初めて触った手の温かさに嬉しさ反面、やっぱり慣れてるなと思い落胆した。



初デートの後、時々お店が終わった後の兄と待ち合わせて一緒に帰るようになった。


手はどちらともなく自然と繋ぐようになっていた。

ある日、気持ちが抑えきれなくなった私は玉砕覚悟で帰り道に告白した。いや、今振り返れば、あれは告白未満だった。

期待よりも断られる怖さの方が大きくて、言葉を濁すことしかできなかったのだ。

今日言おう、今日言おうと思ったものの勇気が出なかった私は話の流れで、「そんなこと言われたら、もっと好きになってしまう」というような好意を匂わせる発言をした。


すると、すぐに歩いていた兄の足が止まったのだ。

「それって告白?」

聞かれたけどはぐらかそうとしてそのまま前に進もうとした。兄は一歩も動かず、そっと繋いだ手を引っ張ってきた。

観念して頷くと、その場で答えが返ってきた。

「お互いのことをまだよく知らないから、考えさせてほしい」



ところで、告白の返事はいつまで待てばいいのだろうか。

告白した後は、後悔よりも「もしかしたら」という期待と不安でずっと胸が苦しかった。


即お断りをいただかずにすんだなら、チャンスがあるのか、それともないのか。

ヤキモキしてそれでも時々連絡を取りながら待っていた告白の返事は、数週間後に突然返ってきた。

昼食の約束をした当日席に着いた途端、兄の表情を見て予感がした。今だという確信があった。


「ごめん、そういうふうには見られない」


店内にも関わらず私は少し泣いた。薄々わかっていたことだけど、改めて言われるとやっぱり悲しい。


泣きやもうとする私を気まずそうに兄は見ていた。どんな言葉も、今は残酷になることを知っていたのだろうか。


しばらくしてから、兄がポツリと呟いた。


「妹だったら良かったのに」

止まりかかっていた涙がまた出てきた。今度は欲しかった言葉をもらえた嬉しさで。



実は返事を待っている間に、私は本当に兄と恋人になりたいのか考えるようになっていた。

恋人はいつか別れてしまったら、それでおしまい。
この人とはいつまで関係を続けたいんだろう。

悩んでいるうちに、兄のことを異性としてもだが、一人の人間として好きになっていることに気づいた。

恋人じゃなくて、離れていてもお互いの幸せを願えるような家族になりたい。

本心に気づいたところでもう遅い。

そもそも結婚願望がないと公言する兄と家族になるのは難しいことだ。当時は結婚が家族になることだという固定観念に囚われていたから。

今更、「ごめんなさい、私の好きはもっと大きくて家族になりたいの」と言うわけにもいかない。

自分でだって抱えきれない感情を伝えるのも怖かった。自分で自分の気持ちをまだうまく言語化できなさそうなのに。

とにかく、言ってしまった告白も覆すことはできない。私は告白したことを悔やんでいた。




「ごめん、傷つけたよね」


再び泣き出した私を見て、兄は慌てたように言ってきた。口にした後で自分の言葉がどんなに残酷か気づいたらしい。

今振り返っても思う。

あれは人がどう思うか考える前に思っていることを言う、兄らしい言葉だった。嘘偽りなく、私が「妹」であればいいと思ったのだろう。

「妹だったらいいのに」なんて、普通だったら立ち直れなくなる。

でも違う、私の場合はそうじゃないんだ。

泣きながらこの涙は嬉し涙であること、兄さえよければ私を「妹」にしてくれないかと言った。


兄は本当にちょっとだけ考える素振りを見せて、すぐに了承した。

こうして振られたその日に私には「兄」ができた。



振られた後は、お互いについてもっとよく知るためにファミレスに行って数時間話し込んだ。兄妹になってから私たちはお互いに敬語をやめてタメ口で話すようになっていた。

余談だが兄は一人っ子である。それもあってか、その日の帰り際に「妹ができたのか」と感慨深そうに言っていた。

笑いながら、「よく考えると俺達って変わってるよね」とも。兄妹になってからどこか安心したように見えた。


対して私には姉弟がいる。私は兄が「兄妹になる」ということを本当に分かっているのか不安だった。

そして「兄になってほしい」と言っておきながら、恋心がまだしっかりと残っていることに罪悪感と苦しさを感じていた。


それから一ヶ月後、兄はお店を辞めた。

告白の返事をもらった時に聞いてはいたものの、素直に寂しいと感じていた。

新しい勤め先は、私の住んでいる街から随分遠い所だったからだ。


もう会わないからその場しのぎで答えたのかも。


ずっとその疑念が消えなかった。


予想に反して、新しい街で働き始めた兄とは何度か会う機会があった。兄はケロッとしていて、会う度に「いい人ができるといいね」などと言ってきた。


未練があったので最初はムッとしたが、時間が経つにつれて私の兄に対する恋心は消えていった。

ただ私が兄のことを想うように、兄が私を本当に家族として、妹として想っているのかという疑念はいつまで経っても消えなかった。



ある日、久しぶりに兄から食事に誘われた。兄から誘われるのはかなり珍しい。

どちらかといえば、私が兄を誘っては仕事が忙しかったり、タイミングが合わずに流れたりすることの方が多かった。

それとなくメッセージを送って理由を聞いてみたが、「最近会ってないから食事でもと思って」とだけ返ってきた。

いまいち納得できないが、食事に行けるのは嬉しい。食べたお寿司も美味しかった。


ただ、やはり兄に対して疑うような気持ちを持っていた。


二軒目は、兄が行きつけだという少しお洒落なバーに行った。暗い店内でカウンターに並んで腰掛ける。

お酒に酔った兄は酩酊するほどではないが、それでもいつもより饒舌になり、私が気にしていることを言ってきた。

いつもだったら、「その話題はやめてほしいな」とやんわり返す。だが、その日の私は兄の悪気なく、けれど土足で人の心に踏み入るような所が我慢ならなかった。


「本当に気にしてるからやめてくれない?」


冷たく言い放った私に、少し驚いた様子の兄。なんとなく胸がすいて今まで兄に思っていたことを全部言ってしまった。

・なぜそんなにズケズケと言うのか?

・自分が言われたら嫌な気持ちにならないのか?

・少し違う意見を言っただけで、否定から入るのは      やめてほしい。


断っておくが、兄は基本的には優しいのだ。ただ、自分の心に従いすぎるところがある。

言ってスッキリした反面、もうこれで兄妹関係も終わりかもなと思った。兄に対する疑念も相まって、勝手に一人で疲れていた私は兄が言い返してくるのを待った。


「そっか、ごめん。家族と同じように話してたわ」


予想外の答えである。いわく、兄の家では家族同士が遠慮なくお互いに言いたいことを言い合うのだそう。

一方で私の家では家族とはいえ、お互い他人。気を遣って接するようにしてきた。

そのことを伝えると兄は「ああ、だから何か変だなと思ってたんだよ」と呑気に笑った。

兄の笑う姿を見て、「この人は本当に私を『妹』だと思ってたんだな」と思った。兄には敵わないとも。

この人は他の星からやってきた宇宙人みたいだ。たぶん一生理解できないけど、それでもお互いなりに分かる言葉を探して我々は歩み寄っていくんだろう。


この日以来、私は兄に遠慮しないようになった。


疑念があった頃は連絡も会う約束の時くらいだったが、今は少し頻度が増えた。悩みをメッセージアプリで聞いてもらうこともある。

兄からの返信はスタンプ一個で終わることもあるが、必ず返ってくる。たぶんこれが兄の優しさなのだ。



端から見ると私たちの関係は変だと思う。

実際、事情を知っている例のお店の店員さんからは、「恋人ができたら、兄妹だって絶対に紹介しないほうがいいですよ」と言われた。言わんとすることは分かる。

いつかそういう事情でこの関係はまた別の名前になるかもしれない。そもそも今だって端から見ると、私たちはただの仲の良い赤の他人である。

でも今はせめて私にとっての兄であってほしい。頼りにさせてほしい。


兄よ、いつもありがとう。


地元を離れた私にとって、近くに何でも話せる兄がいるのは心強い。

実際兄と私の地元は近く、もともと親近感がある。
兄には言ってないが、頼れる兄がいるから踏ん張れたことだって何度かある。


疑念を持ちこの関係に悩んでいた頃に、どんな悩みにも乗ってくれる、いわゆる「人生の先輩」から言われたことがある。


発表しなければ永遠である、と。


なるほど。粋も甘いも知る大人は違うなと思った。この言葉は今も胸に残って私を支えている。


たとえいつか遠く離れたとしても、あなたの幸せを祈っています。兄でいてくれてありがとう。



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