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夜の声薬局 第四話 触れたいのに、ためらう夜

夜の声薬局は、
今日は「ためらい」が残った夜に、
現れた。


その人は、
椅子に腰を下ろすと、
何度も足元へ視線を落とす。

呼ばれている気がするのに、
近づくのが怖い。
そんな夜。


その人の足元には、
小さな気配があった。

触れてほしいようで、
でも、触れられると少しこわばるような。
そんな距離で、
その気配はじっとしていた。


その人は、
かつてはその気配を、
何の迷いもなく抱き上げていた。

怖がりで、
外ではいつも不安そうで、
それでも、
その人の腕に抱かれると
安心感に包まれていた


一緒に湯船に浸かると、
その小さな身体は力を抜いて、
眠ってしまうこともあった。

守っているつもりで、
守られてもいた、
そんな幸せな時間。


けれど、
ある時から、
触れるたびに、
その人の中に
ためらいが生まれるようになった。


初めて、
歯が触れた夜。

痛みより先に、
涙が出た。


噛まれたのは、
自分なのに。

その人は、
部屋の隅で小さくなっている姿を見て、
思う。

ああ、
私が何か、
嫌なことをしてしまったんだ。


ごめんね、と
その人は言う。

噛まれた理由を、
全部、
自分の中に集めて。


あとになって、
それを聞いた誰かが、
こう言った。

そこまで、
自分の責任だと思っちゃうんだね…と。


それからも、
甘えるように近づいてきて、
背中を向けて、
触ってほしいと伝えてくる夜があった。

けれど、
その手が動いた瞬間、
歯を向けられることもあった。


可愛い。
愛している。

それでも、
怖い。

その人は、
その二つを
同時に抱えたまま、
立ち尽くす。

絵:クオ.ジェントル


私は、
「怖いんですか?」とは
聞かなかった。

ただ、
その人の手が、
足元の愛しい気配に近づくと
途中でためらってしまうのを
見ていた。


しばらくして、
処方箋を机に置いた

その人は、
すぐには手を伸ばさなかった。

けれど、
立ち上がる前に、
一度だけ、
その紙を見つめた。


その夜、
その人が
どんな選択をしたのかは、
わからない。


ただ、
処方箋には
こう書かれていた。



触れないことを選んだ夜も、
見捨てた夜ではありません。



―――――――――
家に帰り、
灯りを落とす。

ソファに横になり、
小さな寝息を聞く。

時折混じる、
くすっと笑ってしまうような
可愛いイビキ。

その音があるだけで、
今日の迷いは、
少しだけ、
やわらいでいく。

触れなかった夜も、
こうして同じ部屋にいる。

それだけで、
十分な夜もある。

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