夜の声薬局 第五夜 笑顔をしまった夜
夜の声薬局は、
今日は「笑顔をしまった夜」に、
小さな公園に現れた。
彼女は、
ベンチの端に腰を下ろし、
疲れたな、
と、心の中で呟く。
いつも愚痴ばかりを言う人がいる。
急に不機嫌になって、
その矛先がこちらに向くこともあった。
いつの間にか、それを受け止める役になり、
聞いていると、
胸の奥が、少しずつ重くなる。
それでも、
空気をやわらげるために。
誰も傷つかないように。
場を静かに保つために。
笑顔で誤魔化してきた。
今日は、
なんだか、無性に耳を塞ぎたくなった。
それでも、
ただ頷き、
ただ聞いていただけ
無理に、笑顔でいることをやめた。

ベンチの前を、
自転車が一台、通り過ぎる。
遠くで、誰かの笑い声がする。
彼女は立ち上がる。
もう帰ろう。
今日は、ここまででいい。
そう思ったとき、
夜の風が、
コートの裾をそっと揺らした。
もう少しだけ、
外の空気を感じていたくなった。
彼女は、
思い切り
滑り台に寝転んだ
ひんやりとした金属の感触が、
背中に伝わる。
視線を上げると、
思ったよりも大きな月があった。
子どもの頃、
同じように寝転んで、
空を見上げた日を思い出す。
あの頃は、
理由なんてなくて、
ただ、風が気持ちよかった。
深く息を吸う。
胸の奥に溜まっていた重さが、
夜の中に、少しずつほどけていく。
ここでは、
無理に笑顔でいなくてもいい。
「大丈夫そう」に
振る舞う必要もない。
ただ寝転んで、
月を見ているだけでいい。
それだけのことが、
今夜は
必要だった。
夜の声薬局は、
笑顔をしまった人のためにも、
静かに、そこにある。
