頑張るのをやめたら、いちばん楽しかった。
頑張るのをやめたら、
何も残らないと思っていた。
時間をかけた分だけ、うまくなる。
お金をかけた分だけ、前に進める。
続けた分だけ、
いつか自分に返ってくる。
そう信じていた。
ゴルフを始めたのは、半年前。
それまで、
クラブを握ったこともなかった。
社内でも、社外でも、
ゴルフが共通の話題になることは多い。
年を取ってから始めれば、
長く楽しめる趣味にもなる。
そう考えていたけれど、
いつかやるなら、今でいい。
人と話すきっかけにもなる。
どうせ始めるなら、
最初から全力でやってみたかった。
毎日2時間、練習場へ通った。
プロのレッスンも受けた。
最初の頃は、楽しかった。
昨日より遠くへ飛ぶ。
うまく当たる回数が増える。
練習した分だけ、
自分が変わっていく感じがした。
でも、コースへ出ると違った。
練習場で打てた球が、打てない。
前回より良くなるどころか、
スコアが悪くなる日も増えていく。
半年続けても、
スコアはほとんど変わらなかった。
周りの人は、
「ゴルフって、そんなものだよ。」
と笑っていた。
わたしは、笑えなかった。
練習に使った時間。
レッスンに払ったお金。
それだけ積み重ねたのだから、
結果が出なければおかしい。
知らないうちに、
そんな思いが生まれていた。
もともとは、
人と話すきっかけが欲しかった。
長く楽しめる趣味になればいい。
それくらいだったはずだ。
実際、ゴルフを始めたことで、
普段あまり話さない社内の人とも話せるようになった。
社外の人とも、
ゴルフの話題で会話が広がった。
始めた目的は、
すでに果たせていたのかもしれない。
いつの間にか、
「上達しなければ」という思いに追われていた。
楽しいかどうかより、
かけた時間とお金に見合う結果が欲しい。
ミスをするたびに心が騒つく。
コースへ出ても、
次の一打が怖くなる。
好きになるために始めたものが、
少しずつ、自分を苦しめるものに変わっていった。
ここまで続けたのだから、
もう少し頑張った方がいい。
やめたら、
使ってきた時間もお金も無駄になる気がした。
その一方で、
明日も2時間練習する自分を想像すると、気持ちが重くなる。
楽しいから、続けたいわけではない。
ここまでかけたものを、
無駄にしたくないだけだった。
そのために、
これ以上の時間とお金を使い続けるか?
何のために続けているのか、
わからなくなった。
もう、やめよう。
毎日続けていた練習を、
ぴたりとやめた。
レッスンにも行かなくなった。
次にクラブを握ったのは、
三か月後の社内コンペだった。
一番ホールのティーグラウンドで、
三か月ぶりにドライバーを握る。
打てなくて当然。
そう思うと、
肩の力が抜けた。
ミスをしても引きずらない。
仲間と話し、
目の前の景色を眺めながら歩く。
その日のゴルフは、
これまででいちばん楽しかった。
成果を求めるうちに、
好きだったものまで、
「頑張らなければいけないもの」
に変えていた。
うまくできなくても、
楽しんでいい。
始めた頃は、
それでよかったはずだ。
ラウンドを終え、
クラブをキャディバッグに戻した。
練習を再開しようとは思わない。
毎日2時間、
打ち込んでいた頃にも戻りたくない。
それでも、
次に誘われたら参加したいと思えた。
やめたものを、
同じ形で始め直す必要はなかった。
距離を置いたまま、
好きだった部分だけ拾い直してもいい。
帰りの車で、
途中でやめたことがいくつか浮かんだ。
家に着く頃には、
窓の外が暗くなっていた。
日焼けした首と腕には、
まだ昼間の熱が残っている。
リビングに入ると、
エアコンの冷たい風が肌に触れた。
火照った体に、
その風が気持ちいい。
机に座り、ノートを開く。
白いページの上に、
「一度やめたこと」
と書いた。
ゴルフの練習。
筋トレ。
ウォーキング。
思い出すたびに、
一つずつ書き足していく。
少し前なら、
続かなかったものの一覧に見えたかもしれない。
今夜は、
もう一度選べるものが並んでいるように見えた。
ペンを持ち直し、
その中の一つに小さな丸をつける。
毎日2時間じゃなくていい。
小さな丸を眺めて、
その日はノートを閉じた。
