短い「ありがとう」から、会話が続いた。
朝、パソコンに向かっていると、机の横から声がした。
「少し、報告してもいいですか」
振り返ると、部下が資料を手に立っていた。
隣の椅子を引き、話を聞いた。
数日前にお願いしていた、あるトラブルの原因調査についての報告だった。
部下は資料の一部を指しながら、どこを確認し、そこから何に気づいたのかを順番に話してくれた。
話を聞くうちに、部下が考えてきたことが少しずつ見えてきた。
その一方で、こちらが知りたかったところまで、まだ調べられていないことにも気づいた。
「これは確認しましたか」
「なぜ、こちらを調べていないのですか」
そんな言葉が、すぐに頭へ浮かんだ。
以前のわたしなら、そのまま口にしていた。
足りないところを早く伝えたほうが、仕事は前へ進む。そう思っていたからだ。
けれど、その朝は、言葉を出す前にもう一度、資料へ目を落とした。
分かっていることと、まだ確認できていないことが分けてある。
ほかの部署へ影響するかもしれない部分にも、短い言葉が添えてある。
知りたかった答えには、まだ届いていなかった。
それでも、何も考えずに持ってきた資料ではなかった。
「ほかの部署への影響も気にしていたんですね。報告してくれて、ありがとうございます」
そう伝えてから、足りないところを一緒に確認した。
何かが劇的に変わったわけではない。
報告は報告のまま、仕事はいつものように続いていった。
それでも、そのやり取りが、あとから心に残った。
同じ確認をするにしても、最初の一言が、
「なぜ、調べていないのですか」
なのか、
「ほかの部署への影響も気にしていたんですね」
なのかで、そのあとの会話は変わるのかもしれない。
すぐに足りないところを指摘されたら、
「また間違えた」
「余計なことは言わないほうがいい」
と、心の扉を閉じたくなることがある。
自分の考えをいったん受け止めてもらえたと感じると、
「実は、もう一つ気になっています」
と、その続きを話しやすくなることもある。
以前のわたしは、できていないところを見つけるのが、管理職の仕事だと思っていた。
できていないところを探すのは、簡単だった。
完成形を知っている側から見れば、足りないものはすぐに見つかる。
けれど、その人がすでに考えてきたことを見つけるには、いったん自分の答えを横へ置く必要があった。
正しい答えを早く渡すことが、部下のためだとも思っていた。
けれど、自分で考えてほしいと願いながら、その人が出した小さな考えを、わたし自身が消していたのかもしれない。
完成した答えだけを見ていると、その手前にあったものは見えにくくなる
なぜ、そこが気になったのか。
何を心配したのか。
どこまで考えて、ここへ持ってきたのか。
その人が見ていたものを、なかったことにせず受け取る。
あとになって、これも「意識承認」の一つなのだと知った。
わたしも、いつも穏やかに返せるわけではない。
忙しい日は、足りないところばかりが目に入る。
気の利いた言葉が見つからない日もある。
そんなときは、無理に褒める言葉を探さなくてもいいのだと思う。
相手が見ていたものを一つ見つけ、そのまま返す。
「そこが気になったんですね」
「その影響まで見ていたんですね」
短い一言で十分だ。
机の上に置かれた資料には、答えだけではなく、その人が迷った跡や、考えた跡も残っている。
報告を受け取るというのは、紙に書かれた答えだけを受け取ることではないのだと思う。
この記事を書きながら、毎日、部下や子どもと向き合っている方のことを考えました。
「次はこうしたい」と思っていても、その場になると焦ったり、余裕がなくなったりします。
仕事や家事を抱えながら、すぐには変化の見えない関わりへ力を使うのは、思っている以上にエネルギーが要ります。
わたしも今でも難しいと感じています。
それでも、
一度の短い言葉が積み重なると、相手がこちらの想像を越える姿を見せてくれることがあります。
わたしの部下も、そうでした。
その成長を目の前にしたとき、
関わり方は変えられるのだと、わたしのほうが救われた気がしました。
すぐに変化が見えない日にも、誰かとの関わりを考え続けている。
そのこと自体が、すでにたくさんの力を使っているのだと思います。
部下や子どもと向き合い続けている皆さん。
今日も、本当にお疲れさまです。
より実践的に知りたい方へ
個人ブログでは、期待した答えが返ってこなかったときの言葉の返し方や、場面別に整理した実践記事を用意しています。
目の前の部下との会話で迷ったときに、必要なところから読んでもらえたらうれしいです。
▶︎「部下の考えを受け取る『意識承認』の実践方法」

