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『ツミデミック』 … 感想

 『ツミデミック』一穂ミチ

わたしは人によって考え方が違う、という事実からどんなに素晴らしい小説に対しても「人に読んでほしい」とはあまり思わない。けれどこの作品に関しては、心から「絶対にたくさんの人に読んでもらいたい」と感じた。なので、誰に見られるかもわからなくても、わたしなりにお話をひとつ。

まずこの作品は、未知の感染症が3年前に生み出した「パンデミック」とその禍(わざわい)に巻き込まれ「犯罪」を犯した人たちを描いた短編集であり、現実とのリンクが「本当にこんなことがあったんじゃないか」と思わせる作品だ。

今はもう日常になった人が多いかもしれないけど、この3年でいろいろなことが変わった。
マスクをしないといけなくなったし、人と会うのが怖くなったし、仕事がなくなった人もいる。逆におかげで仕事が増えた人もいて、本当にたくさんの人の「人生」に大きな影響を与えた出来事だった。それを、この作品は風化させず、つよく、つよく訴えかけてくる。
それはパンデミックをテーマにしてるからだけじゃなくて、それぞれのお話の始まりが、日常を切り取ったような自然なかたちなのもあると思う。だから余計、「もしかしたらこんな人もいるのかもしれない」という想像の手助けにもなる。

まず1話目、『違う羽の鳥』は客引きのバイトをしている大学生の男が、ネオンの輝く街中で化粧の濃い女に声をかけられるところから始まる。いわゆる逆ナンというやつで、彼は喜んで着いていくが、彼女の名前を聞いた瞬間不穏の種が文章に紛れ込んでくる。
その不穏はなんなのかが描かれていくうちに、わたしたちは彼と同じく、彼女に想いを馳せる。
2話目は、『ロマンス☆』。ポップな題名のこの作品には、平凡な主婦が描かれていた。夫がいて、子供がいて、感染症によって仕事が上手くいかない夫に仕事を探せと訴えられるが、なかなか見つからないため夫婦間での喧嘩が増えている、たぶん日本のどこにでもいる主婦。そして彼女は、罪を犯す。個人的には6篇の中でいちばん呆気に取られた作品。
3話目、『燐光』。どこにいるかも、なんでそこにいるかもわからない主人公が、自分が何者であるか、自分に何が起こったかを物語が進むにつれ、理解し、思い出していく。どうやら15年前に死んだらしい自分は、なぜ急にこの地に意識が戻ったのか。衝撃的で、かなしい現実がそこにはあった。
でも、わたしはこの作品の最後がいちばん好きかもしれない。是非とも、読んだ後にタイトルである『燐光』の意味を今1度調べてほしい作品。
続く4話目は、『特別縁故者』。これもまた日常から始まるのだけど、主人公の、少し不愉快な言動が目立つ。仕事をせず、小さな息子の物音に怒り、追い出す父親。言うことはいちいちずるくて、くずで、嘘でもすてき、なんて言えないひと。しかし彼もまた、感染症の被害者で、望んだ自分の姿に焦がれるひとりだった。パンデミックによって切れた「縁」と、彼だからこそ繋がった「縁」。この本の中でいちばん好きな作品は、と聞かれたら、わたしは迷わずこの話をあげる。
『祝福の歌』。5話目は、主人公のへたくそな鼻歌から始まる。曲を認識できないほどの歌から、突然「17歳の娘が妊娠している」というヘビーな内容の夫婦喧嘩に繋がり、その温度差に驚かざるを得ない。しかし日常とはそんなもので、母親の認知症疑惑も、隣人のおかしな態度も、そんなものだ。そんないくつかの不安の要素が、重なり、もつれ、ほどけていく。ほどけたその先に待つ「歌」の美しさが、一穂ミチ作品のいいところだと思う。
そして最後を飾るは、『さざなみドライブ』。著者の他作品、『うたかたモザイク』を思わせる語呂に、思わず笑いがこぼれた。話自体も、一穂ミチのユーモアが見え隠れし、主人公は「キュウリ大嫌い」さんだ。他にも「マリーゴールド」さん、「毛糸モス」さん、「あずき金時」さん、「動物園の夜」さんが集まり、彼らの目的の地へと向かうための、ささやかなドライブが始まる。感染症が原因で気持ちを固めた彼らは、どこへ向かうのか。
ラストにかけて、著者の優しさや人を想うあたたかさが光る作品で、わたしはそのじんわりとしたあまさに、心が踊った。この鮮やかで、毒々しくて、やさしい小説にぴったりの最後だったと思う。

『スモールワールズ』『パラソルでパラシュート』『砂嵐に星屑』『うたかたモザイク』『光のとこにいてね』

一般として出たものは全て読んでいて、どれも本当に素晴らしい作品だった。けれどこの『ツミデミック』に関してはコロナが落ち着いてきて、恐らく多くの人がそれを日常として受けいれ、もしくは風化された、今この時にたくさんの人に読んでほしいと特に思った。
こんな人がいたかもしれない、いや、いたことを、考えて、想像して、忘れないために読んでほしい。
そして少しでも寄り添える優しさを、光を、胸に宿してほしい。
また、コロナのせいでなにかを閉ざされた誰かに、届いてほしい。

そう、願わずにはいられない作品でした。

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