結果へのプライドが努力する原動力
私は基本的に面倒くさがり屋だ。
休みの日はたっぷり寝たいし、家から一歩も出ないこともある。
目的を持たずにダラダラと過ごす日は何にも代えがたい。
だけど一方で休みの日にわざわざ技術書を開いて勉強したり、プログラミングする時期もある。
あと仕事で開発や調査を行っている中で、気がついたら夜遅くになっていることもある。
正直に言うと直近の半年くらいは休日に勉強することがほとんどなかった。
急ぎの仕事が多すぎて、眼の前に締め切りがある案件をさばき続ける日々。
平日はひたすら仕事をこなして土日はゆっくり休むという生活だった。
ただ、最近はまた休日に読書や勉強をするようになった。
通勤でもビジネス書を読むようになってきた。
なんで忙しさのヤマを超えたのにわざわざ努力しているんだろう。
振り返ってみると、私のモチベーションはどうやら結果を出すことへのプライドから来ているようだ。
最終的な結果を出すことへの拘り
私は失敗するのがとてもイヤだ。
特に周りから「うまくいかなかった」と言われるのが我慢ならない。
子どもの頃から負けず嫌いで、それなのにイジメられたりバカにされたりしていたせいか、人の目が気になるのだ。
だけど普段の仕事で「わからないから教えてくれ」とか「自分では進められないから助けて」と周りに言えるようになった。
というか、昔は人に聞くことすら苦手だったけど何とかした。
理由は単純で、人に聞いたら仕事が進むからだ。
人に聞かないまま報告会を迎えて「全然できていません」というほうが辛い。
それだったら「こいつ何も知らねぇな」と思われたとしても、正直に聞くほうがいい。
つまり最終的な結果を出すことへのプライドが高いのだ。
仕事を夜遅くまでやったり、休日にスキルアップをしている理由も同じ。
要するに今の担当業務で結果を出したいのだ。
そのおかげ(せい?)で未経験の業務でも何とか人並みにできるようになってきた。
「意地」で動き続けるとしんどく見える
だけどこのような「意地」で色々頑張ることには弊害がある。
それは「しんどく見える」こと。
結果を出さないと、という気持ちから来ているので楽しそうに仕事や勉強をしているようには見えない。
周りには夜遅くまで仕事を「させられている」ようにも見えるらしい。
ある友人は私のことを「生きるのがしんどそう」と言っていた。
言いえて妙だと思う。
私は正直に言うと「毎日が楽しい」と思ったことがない。
むしろ楽しさだけを求めて生きていると張り合いがなくて飽きてしまうと思う。
そうやって毎日しんどそうに見えながら仕事をこれからもしていくのだろう。
だけどそれを見ている周りのメンバーへの影響を考えないとならぬ。
もうちょっとだけ余裕を持って生きていきたい。
