32【憲法】もし逮捕されたら?憲法が保障する「人身の自由」と刑事手続のルール
私たちが持つ人権の中でも、最も根源的で重要なものの一つが「人身の自由」です。これは、国家権力によって不当に身体の自由を奪われない権利を指します。
日本の憲法は、この人身の自由を守るために、国家が人を逮捕したり、罰したりする際に従わなければならない、極めて詳細な「ルールブック」を定めています。今回は、そのルールブックの根幹をなす「適正手続(デュー・プロセス)」の保障と、具体的な刑事手続上の権利について解説します。
すべての基本!「適正な手続」がなければ罰せられない(憲法31条) ⚖️
第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
これが、人身の自由を保障する上で最も重要な「適正手続の保障」を定めた条文です。これは、単に「法律に手続きが書かれていれば良い」というだけではありません。
手続の法定:そもそも、手続きが法律で定められていること。
手続の適正:その法律で定められた手続き自体が、公正でなければならないこと。
実体の法定:どのような行為が犯罪となり、どのような刑罰が科されるかが、あらかじめ法律で定められていること(罪刑法定主義)。
実体の適正:その法律で定められた刑罰の内容自体が、残酷すぎるなど、不当なものではないこと。
この4つの要素が揃って、初めて適正な手続が保障されたと言えます。
ケーススタディ:第三者所有物没収事件
この「手続の適正」が問われたのが、第三者所有物没収事件です。
事件の概要:密輸事件で、犯人が使っていた船や積荷が没収されました。しかし、その積荷の中には、事件とは無関係の第三者Zさんの所有物も含まれていました。Zさんには何の説明もなく、弁解の機会も与えられずに所有物が没収されてしまいました。
最高裁判所の判断:最高裁は、このような没収を違憲と判断しました。 「第三者の所有物を没収する場合、その所有者に対し、告知、弁解、防御の機会を全く与えずに所有権を奪うことは、著しく不合理であり、憲法の容認しないところである」と判示。たとえ犯罪捜査のためであっても、無関係な第三者の権利を奪う際には、最低限の公正な手続き(事前の告知や反論の機会)が保障されなければならない、としたのです。
行政手続にも適用される?
この適正手続の保障は、刑事手続だけでなく、行政手続にも及ぶのでしょうか。 最高裁は、成田新法事件などで、「行政手続は刑事手続とは性質が異なる」としつつも、「刑事手続ではないという理由だけで、当然に保障の枠外にあると判断するのは相当ではない」と述べています。 ただし、常に刑事手続と同じレベルの厳格な手続きが要求されるわけではなく、事案の性質や緊急性などを総合的に考慮して、必要な手続きのレベルが判断される、という立場です。
逮捕から裁判まで。憲法が定める刑事手続の権利 📜
憲法32条から40条にかけては、刑事手続の各段階で、被疑者・被告人の権利を保障するための具体的なルールが定められています。
被疑者(捜査段階)の権利
令状主義:原則として、裁判官が発する令状がなければ、逮捕されたり(33条)、家宅捜索されたり(35条)することはない。
不法な拘束からの自由:理由もなく不当に身柄拘束されない(34条)。
被告人(裁判段階)の権利
裁判を受ける権利(32条)
公平・迅速・公開の裁判を受ける権利(37条)
自己に不利益な供述を強要されない権利(黙秘権)(38条)
遡及処罰の禁止・二重処罰の禁止(39条)
これらの詳細な規定は、国家権力の濫用を防ぎ、えん罪を生まないための、先人たちの知恵の結晶です。
ケーススタディ:15年放置された裁判はどうなる?(高田事件)
「迅速な裁判を受ける権利」が侵害された場合に、どのような救済がなされるかを示したのが、高田事件です。
事件の概要:ある刑事事件の裁判が、審理が中断されたまま15年間も放置されてしまいました。
最高裁判所の判断:最高裁は、このような著しい審理の遅延は「迅速な裁判を受ける被告人の権利が害されたと認められる異常な事態」であると認定。そして、このような場合には、もはや裁判手続きを続けることは許されず、裁判を打ち切る(免訴)という非常救済が認められるべきだ、と判断しました。
ケーススタディ:税務調査に令状は必要?(川崎民商事件)
刑事手続に関するこれらの権利は、税務調査のような行政手続にもそのまま適用されるのでしょうか。
最高裁は、税務調査における令状のない質問検査や、黙秘権が保障されるかについて、「刑事責任追及を目的とする手続ではない」として、刑事手続と同じ厳格な保障は及ばない、と判断しました。ただし、その保障の趣旨は行政手続にも及ぶとしており、権力の濫用を牽制しています。
