敏感さんの天気予報 ~自然には勝てないので~
台風が来る、という日に、実家の墓を掃除に行った。
雨が降り出す前に済ませてしまおう。そう決めて、朝早く家を出た。
空はまだ白く、風もそれほどではなかったけれど、体の奥のほうがどこか重い。朝からすでに、調子は良くなかった。

墓の掃除は、それほど時間のかかるものではない。箒でゴミをはき、墓石を拭いてきれいにする。いつもと変わらない手順のはずだった。
それなのに、終わったころには、ひどく疲れていた。
動いた分量に見合わない疲労感。頭も少し痛む。実家に戻って、しばらく横になった。
夕方、台風が上陸する前に家へ帰った。
そこから、動けなくなった。
着替えなくては、と思う。歯も磨かなくては、と思う。
頭では分かっているのに、体がまるで鉛を飲み込んだように重い。
起き上がる気力が湧いてこない。結局、数時間、ベッドの上で過ごした。
あれもしなくては、これもしなくては、という気持ちだけが、ぐるぐると渦を巻いていた。
自然には勝てない。
そのとき、ふとそう思った。
翌日、「頭痛ーる」というアプリで、昨日の気圧を振り返ってみた。
あの、動けなくなっていた時間帯は、ちょうど「警戒」の赤いマークがついていた。
ですよね~、と思った。
もう何年も前から、周りに気圧の影響を受ける人々がいた。
頭痛外来に通う友人、雨の前になると必ず体調を崩す知人。年齢はまちまちで、十代の子もいるらしい。
共通しているのは、みんなどこか感受性の豊かな人だということ。
医学的な裏付けがあるわけではない。あくまで私の周りだけの、小さな傾向にすぎないけれど、私にはそう感じられた。
私自身も、数年前から、その仲間入りをしてしまった。
生活が大きく変わったわけでもないのに、いつのまにか、そうなっていた。
もし同じように、雨の日や台風の日に動けなくなってしまう人がいたら、どうか自分を責めないでほしい。
それは怠けているのでも、気のせいでもない。
ただ、体がそのように出来ているだけなのだと思う。
そうでない人には、なかなか分かってもらえないことも多い。
「気のせいでしょう」「大げさじゃない?」そんな言葉に、余計に肩身の狭い思いをした人もいるかもしれない。
「敏感さはギフトだ」という言葉を、ときどき見かける。
正直なところ、動けなくなっている真っ最中には、そんなふうには到底思えない。ギフトと言い切ってしまうのは、少しきれいごとに聞こえることもある。
けれど、と思い直す。
体が先に「もう休んで」と教えてくれるのは、無理を重ねる前に気づけるということでもある。
危険を知らせるセンサーの精度が高いということは、裏を返せば、ヘルスケアの入り口を、人より先に持っているということかもしれない。
人間も、自然の一部だった
気圧の変化に反応する体は、都会でどれほど忙しく暮らしている人々でも、自然のリズムとどこかで繋がっている証なのだろうか。
台風が来ることを、天気予報より先に、体のほうが知らせてくる。
それは、案外、悪いことばかりではないのかもしれない。

「頭痛ーる」を眺めながら、今週の傾向と対策を考えてみる。
天気には勝てない。ならばせめて、少し先回りして、心の準備だけはしておこうと思う。
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