見出し画像

自称 特別指名手配マニア

誰にも知られたくない、自分だけの楽しみがある。

それは、駅の通路に貼られている、特別指名手配のポスターを見ることだ。
ヘンな人と思われたくないので、みんなには隠しているが……

むかし、特別指名手配の写真に似た男を、池袋で見かけたことがあった。
まさかな、と思った翌日、ニュースで、そいつが逮捕されたことを知った。

あれは本物だったのか……

そもそものきっかけは、池袋駅の通路にある、よく使うATMだった。
1台しかないので、いつも並ぶ。
待っている間、視線の先に、そのポスターがあった。

マジマジと見るのも、なんだか気まずい。
でも、やっぱり気になるから、つまみ食いのようにして見ていた。

そんな日々のパズルが完成し、あのポスターに写っている彼らを、完コピしてしまったのだ。

たまに夢に出てくることもある。
背中に汗をかいて、夜中起きたこともある。
なんで、あのポスターは、あんなに刺激的なのだろう。

怖い……


でも、あの一件から、自分は変わった。

特別指名手配が好きであることを認めない自分を責めた。
自分に嘘をついていたのだと、自ら総括した。

もう、正直になると決めた。
好きこそ物の上手なれ。
衝動を抑えきれなかった。


まず、通勤に使う駅のどこに指名手配が貼られているかを徹底的に調べた。
そして、土日を使って、神奈川にも足を運んだ。

ポスターの内容についても、くまなく調べた。

懸賞金の違いは何なのか。
写真が白黒なのはなぜか。
どんな犯罪なら掲載されるのか。
どのくらいの期間、逃げている人が多いのか。

ポスターのデザインが違うのも見逃せない。
このポスターほど、世の中でダサいデザインはないだろう。

いいんだ、それで。
犯罪者を載せるポスターがおしゃれでいいわけがない。

キャッチーな見出しをつけて、人目を惹く。
でかい赤文字デザインで、


おい! 佐藤!


笑っちゃいけないが、サトウはちょっと気分悪いだろうなとは思う。

そして、何より、写真を記憶しないといけない。

数回見た程度では、なかなか覚えられるものではない。そこで、俺はスマホのロック画面を指名手配写真にしたのだが、すぐに人に見られてしまった。

大失敗だった。

今はホーム画面の2枚目に一覧を置いている。
スワイプすれば、すぐに確認できるように。

そういえば、スマホの指名手配写真を、うっかり子どもにみられたことがあった。

不覚だった。

幸い、妻は出かけていて、バレなかった。
子どもには、「卒業アルバム」と言っておいた。


それから、新しい指名手配犯がでてきたときは一大事だ。
指名手配マニアの間では、さぞかし盛り上がっているのだろう。
誰にも話したことがない、この楽しさと苦しさ。
分かち合いたいものだ。

昔からの指名手配犯は、もう写真と同じ顔ではないだろう。
新入りは、顔がそこまで変わっていない可能性が高い。
みんなも狙っているに違いない。
熱き戦いになる。


もっとも、写真だけではダメだ。
実際の人間にあてはめてみる。
そんなシミュレーションもしている。

例えば…

強盗連続殺人のサトウは、会社の同僚イトウと背格好が一緒のはずだ。
名前が一文字しか違わないのも、よい。
もしイトウが指名手配だったらと想像してみる。
すまんな、イトウ。

不動産詐欺の殺人犯ヤマダは、よく行く飲み屋のマスターに似ている。
目元がよく似ているんだ。
でも、名前は全然似ていない。覚えづらい。
そこで、マスターには悪いが、電気屋のマスターになってもらっている。

あと、爆弾魔で世間を騒がせた、眼鏡女子のタナカサトミ。
妻には絶対言えないが、年齢や背格好が似ている。
たまに妻が眼鏡をかけたとき、目に焼き付けるようにしている。
さらに、義母を見ては、彼女が歳をとるとこんな感じかと想像する。
家庭内DVと通報されても仕方がない。

実は苗字はうちと字面や響きが似ているので、覚えやすいのだが、俺自身が複雑な気分になる。
そこで妻をサトミと下の名前で覚えている。
このあいだ、危うく、妻のことをサトミと呼びそうになってしまい、すごく焦った。

とにかく、いつもこんな感じで、何かにかこつけては、忘れないようにしている。

よくないことだと、わかっている。
でも、やめられないんだ。


そして、ここまで準備をしても、問題はどうやって見つけるかだ。

背の高さはおおよそわかるようになった。
コンビニの自動ドアに貼られている、身長測定の数字。
あんなものは俺には不要だ。

中肉中背とは?
若い人と中年では、中肉中背の意味が違う。
俺の中では、中年の場合は、中年中肉中背で、3中と略すようにしている。

そもそも、犯人が堂々と歩いているのか。
どこか人の目を気にした振る舞いがないか。
帽子やサングラスを被っていることもあるだろう。

いや、逆に普通の人に紛れ込んでもわからないようにしているのか。
でも、例えば、このポスターの前を歩くとしたら、緊張するのではないか。
だから、俺はこのポスターを見る人を目で追っている。
そういう前提で人を見ないといけない。

別に、顔が似ているわけではない。
背格好や年齢が似ているだけだ。
3D感覚を養うために。

あいつは放火犯に似ている、あいつは通り魔殺人犯に似ていると。

そんなザマだから、常に誰かを指名手配に仕立ててしまう想像力が身についてしまった。

今まで、容疑者にされた人間は数えきれないくらいいる。
でも、本物ではない。
その繰り返し、繰り返しだ。

こんなことを妄想している俺は、地獄に堕ちるんだろう。
どんだけ指名手配マニアなんだ、俺は。
こんなことをコソコソと、もう20年やっている。

疲れる。
でも、やめられない。



今日も、俺は行き交う人を目で追いながら、ATMの前に着いた。
遠目に映る指名手配のポスターに、何か貼られている。

まさか……

お金をおろすのは後回しにして、ポスターに駆け寄った。

あっ!

サトウの写真のところに、紙が貼られていた。


「ご協力ありがとうございました」


捕まったのか、サトウ……

ずっと一緒にいた家族を、誰かに連れていかれたような気分だった。


この20年にも及ぶ戦い。

敗北感と悔しさが込み上げる。
どうしてなんだ。
どうして、俺じゃなかったんだ。
さまざまな感情がぐちゃぐちゃに襲ってきた。

見慣れた景色。
どこかで、ずっと変わらないと思っていた。

もともと無理ゲーなのはわかっていた。
できるわけがないんだ。

俺ほど見てきた奴が、この世にいるはずがない。
だから、自分ならできる。
そう思いたかったのかもしれない。

この喪失感から、俺は立ち直れるだろうか。
もう終わりにしようと、自分に問いかける。
それでも、明日また、ここに足を運ばずにはいられない。

コンプリートするまでは終われない。
抜けられないマニアの習性、そんな気がした。



私はいつもの日課で、池袋駅へ向かった。
この特別指名手配のポスターは何度見たことだろう。
数千回、いや1万回は超えるだろうか。
名前や顔はもちろん、ポスターの一字一句まで、ソラで言える。
スマホの写真フォルダにも、お気に入り登録をしている。

一本の電話から、あれよあれよと、20年間行方不明だった男が逮捕された。
犯人グループのヤマダとタナカの近影も公開され、逮捕はもう時間の問題だろう。

マスコミでも、大きく取り上げられた、この呼びかけポスター。
私はその大きな赤文字を指でなぞった後、敬意をこめて、小さく一礼した。

その後、ポスターを剥がし、新しい特別指名手配のポスターに貼り替えた。

数歩後ろに下がって、スマホのカメラで、ポスターを撮影した。


懸賞金1000万円。

夢があるな。
懸賞金はもらえない。
それでも、やめられない。


新しいポスターには、今回の捜査で浮上した主犯格の名前が、大きな赤文字で書かれていた。


おい! 中田!
 
 
 


いいなと思ったら応援しよう!