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オレは四つん這いで進む。

さながら、水道管の中を前に進む感じだな。

それにしても、轟音うるさすぎる。

オレは規格外のドブネズミになった気分だ。


薄暗がりの先は見えない。

後ろも見えない。
オレの首って、こんなに回らないっけ。
整体に通っていれば、よかった。

天井には頭をぶつける。
腕を伸ばすと、肘があたる。

石と土の感触がある。
手のひらには、小石の跡がいっぱい。
痛い。

子どもにとっては、ワンダーランドかもしれない。
オレにとっては、悪趣味な健康ランドにしか思えない。

とにかく、前に進むしかない。
後ろに戻る理由もない。
ここで一生を終えるのか……

しかし、蒸し暑い。
肌着が密着してピタッとしてきた。

背中が痒い。
腕を伸ばしてみるが、痒いところには届かない。
孫の手が欲しい。
今なら1万でもいくらでも払うから。


一、四つん這い
二、前に進む
三、うつ伏せ
四、休む

この繰り返し、しんどすぎる。

そうやって、進んでいたら、前方に影が。


人だ!


四つん這いでゆっくり歩いている。
体格からして、年配の女性だろうか。

声をかけよう。

轟音にかき消されないよう、声を張った。


「あの! すみません!」


年配の女性は振り返ろうとする。
でも、首は回らない。
だから、顔は見えない。
お尻は見えるけど。


「あら、後ろにいらっしゃるのね」

「はい」

「ごめんなさい、疲れちゃって…」
「なかなか前に進めないの」

「大丈夫です、オレもここで少し休みます」

「ありがとう」

「あの、はじめて、人に会いました……」

「あら、そうなの?」

「ワタシは何度も会ったことがあるわよ」
「お尻にね、うふふ」

緊張を和らげるように、少しおどけた後、こう続けた。

「でも、ついていけなくて、お尻はどんどん遠ざかっていったわ」

「なるほど……」

「どうしたらよいかはわからないけど……」
「前に進むしかないわよね」

「そうですね」

「やるしかないのよ」


それから、自己紹介をした。
彼女は幸子さんという女性だとわかった。

「こんな不幸なめにあって、幸子なんて。笑えるわよね」

オレにはそのおどけた顔はみられない。
でも、幸子さんのお尻がそう語っている。

雑談もしたが、盛り上がらない。
不安を共有したい、それだけだった。
靴の中の砂がイヤだ、という話はちょっとだけ盛り上がった。

ついに、幸子さんが動くようだ。
オレもついていく。


「膝が痛いのよ。進みが悪くて申し訳ないわね」

「いいえ、大丈夫ですよ」

「あなたもツラかったら言ってね」

「はい」


彼女も精一杯だろうに、気遣いが嬉しかった。
こんな状況でも、殺伐とせず、人間らしいやりとりをするのだなと思った。

ゆっくりゆっくりと進んでいく。
変わらない景色、変わらないお尻。
どのくらい時間が経っただろうか。

疲れたので、また休むことにした。


「おい!」


後から、男の声が聞こえた。

どうやら、オレのお尻を拝んでいるようだ。
ドスンドスンと、近づいてくるのがわかった。


「何止まっているんだよ! 先に進めよ」

イライラは伝わってきた。失礼な物言いだ。

「今、ちょっと休憩中なんですよ」

少し不機嫌そうに言ってやった。


「どいてくれよ」

「いや、どけるスペースなんかないでしょ」

「うつ伏せになってくれ、その上を進むから」

「えっ! 本気で言ってる?」

「だったら、進んでくれよ」


その後、同じようなやり取りが続いたが、ヤツはどうしても先に行きたいらしい。

幸子さんと相談し、オレと彼女はうつ伏せになることで、ヤツを通すことにした。


「じゃあ、いくぞ」
「窮屈かもしれないが、我慢しろよ」


オレの足の上に、ヤツの上半身が乗ってきた。


「ゔっ」


重い、重たすぎる。
人って、こんなに重たいっけ。
この感じだと、100キロは優にあるだろ。
これ以上の圧迫感は苦しすぎる。


「ちょっと待った!待った!」


そんなオレの叫びを無視して、ヤツは覆いかぶさってきた。


「ゔおぉぉぉ」
「無理!無理!無理!」


強く目を瞑って、現実逃避する。
早く終わってくれと、祈り続ける。


「うっ、うぉっ」


ヤツの身体がじわじわとのしかかる。
堪えきれず、バタバタ悶絶していると、


「動くなよ、余計に時間がかかるんだよ、ったく」


偉ぶりやがって。
こっちの事情も知らずに。


「と、とにかく、早く早く行ってくれ!」

「わかってるよ!」


どんどん身体が重なり、逃げ場を失う。
なんで、見ず知らずの男に密着されているのか。
なんで、こんなに圧迫されなきゃいけないんだ。


ツラすぎる……


オレの背中半分のところで、動きが止まった。
ヤツの吐く息が首元にあたる。


「ハァハァ、やばい……」
「動けなくなった」

「おいおい、嘘だろ」


オレは身体をこわばらせて、目一杯いきんだ。
それでも、長続きはしない。


事態は膠着した。


どんなに気持ちを伝えても、無駄だった。
身体が動かないんだから、どうしようもない。
お互い口数もどんどん少なくなっていった。

靴の中の砂も、
肌着のピタっとも、
ヤツのハァハァも、
どうでもよくなってきた。

圧力。
熱さ。
身動きが取れない時間が続いた。


もう限界だ…


意識が朦朧としてきた。
死ぬって、こういう感じなんだろうな。

前方を見たら、幸子さんのお尻が遠のいていくのがわかった。


ワタシにはどうすることもできない。
ごめんなさい。
でも、あなたは本当によく頑張ったわ。


お尻がそう語っているようだった。

ヤツがなんとか抜け出そうと、身体を動かす。
オレの身体が、また、めり込んでいく。


「よし、もうすぐ終わるぞ」
「お前、動けるか」

「動けるわけないだろう……」


悲痛な、か細い声は、轟音にかき消されていく。


「終わったぞ、おい、大丈夫か」


オレの人生。
デブネズミに押し潰される最期とは……


もう、疲れた。
瞼が重たい。
さよなら……



ブーーーーーーーーーー



電子音のようなブザー音が鳴り響いた。
このゲームは終わりという合図なのか。

もう、どうでもいい……



目を覚ますと、近すぎる天井があった。

なんだ、なんだ。
オレを引きずりおろしていくぞ。
勘弁してくれ。
まだ、続くのか……


白い空間を抜け出すと、巨漢の医者と老齢の看護師が迎えてくれた。

「終わりました。大丈夫ですか」

「本当によく頑張ったわね」



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