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退屈を買う男

『夜店から』

スマホで検索したら、たまたま見つけた映画。
タイトルがいい、ノスタルジックで。

せっかくの休み。
忙殺される日々、心癒されたい。
エンタメバリバリの疲れる作品は観たくない。

こういう時は、単館上映の作品がよい。
人情を、人生を、じっくり味わいたい。

本屋で表紙買いする感覚で、迷わず買った。
中身は知らない。

早速、予約した「シネマ リフレイン」に足を運んだ。


狭いエレベーターに揺られた先に広がる世界。
そこはまさしく昭和だった。

ひび割れたソファも、壊れた発券機も、文学的な気品がある。
ここは真の映画好きが集まる場所だ。

私は芥川賞よりも直木賞ってタイプ。
それなのに、ここにいる。

ミニシアターではない。
小シネマという舞台。

今日は私が主人公だ。


映画という大河。
みな同じ流れに身を任せる。
下手に竿を差せば、転覆しかねない。

まずは発券。

席が埋まっているのは十席もあったか。
席前が通路になっている後方の席を確保した。

次にトイレに向かう。

便器の数が少ない。
ちょっとだけ、待つことになった。
その間も悪くない。
個室は空いていたが、入らなかった。
人生、待たなきゃいけないことがある。

その次に、フードを買う。

ポップコーン、ホットドッグ、定番商品ばかり。
映画にちなんだ、お祭りコーラがあった。
人生、乗ってあげなきゃいけないことがある。
それを頼んだ。

そして、劇場に入る。

暗がりの中、自分の居場所を探す。
最初から正解を知っていると面白くないものだ。
ゆっくりと歩を進めた。


席に着くと、両隣が空いていた。
お祭りコーラを、左右どちらのドリンクホルダーに入れるか。
お祭りが右と言っているような気がした。
人生、迷ったときは、直感を信じる。

しばらくすると、私の左隣二席にカップルが座った。

私の左に座った女性。
ドリンクを、どんっと勢いよく、右のホルダーに置いた。
暗がりなら、配慮もしないのか。
彼氏に夢中で、何も見えていないのか。

もし、私が左にドリンクを置いていたら、このカップルは必然的に左ドリンクの連鎖になる。
主演のアドリブ次第で、君らのシーンは切り替わる。

その後、私の右隣に別の女性が座った。
大きなお洒落なサングラスをしている。
サングラスで鑑賞?

そして、これまた大きな帽子を被っている。
後ろの人の邪魔にならないのか。
じゃじゃ馬感が、私の心をざわつかせる。
でも、そういう演者も必要だ。


ひとりでスクリーンとの対話を楽しむ時間。
人がやって来ると、ちょっとしたノイズがドラマを作る。
彼女らに何も罪はない。
助演になってもらうだけだ。

ひと息着く。
コーラをそっと持ち上げ、口に運んだ。
ジンジャーね、申し分ない。

ドリンクどんのスマホが光っている。
彼氏は注意もしない。
上映前だから、別によいのだが、そういうキャラ立てでいくのね。

照明が落ちた。
あとは、ただただ流れに身を任せる。


予告編だ。

ヨーロッパの小国から買い付けてきた外国映画。
新進気鋭の日本人監督のマイナーな映画。
センスがよい人が選んだと思われる佳作が続く。

そして、映画泥棒。
滑稽な刷り込みも、余白として楽しめる。


いよいよ、本編が始まる。


『夜店から』


明朝フォントの題目とともに、どこかの小さな町のお祭りが映し出される

夜店がずっと並んでいる、神社へ続く道。
セリフが一切ない。
音楽とモノクロ映像だけが流れる。

祭りの賑わい。
それを楽しむ、この町の人たち。
同じような映像ばかりが続く。

早く、次の展開にならないかな。
そう思いながら、眺めていた。

序章がようやく終わると、今度はお祭りに来た人のインタビューが始まった。
家族、恋人、友達、子どもたち。
夜店の主人のインタビューも入る。

おのおのが祭りについて、語っている。
毎年楽しみにしている。
失くしてはいけない風景だとか。

なるほど。
これはドキュメンタリー映画なのか。


三十分は経っただろうか。
同じような夜店とインタビューの映像が続く。
祭りという非日常を通じて、人々の日常を映し出したいのだろう。
狙いはわかるが、退屈になってきた。

みんな、これ面白いのだろうか。
隣の様子をうかがう。

じゃじゃ馬サングラスは、そのらしさとはうらはらに、スクリーンに相対している。
意外にこういうの好きなんだなと、少し見直す。

ドリンクどんは寝ていた。
彼に連れられて来てみたものの、かな。
ずっと眠ったままでいて欲しいものだ。

この映画は人を選ぶ映画。
中身も確認せず、観に来たのは失敗だった。
人生、そういうこともある。

それにしても、お尻が痛くなってきた。
少しずらしたり、通路前なので、足を伸ばしたりしているが…
退屈すぎるから、痛みを体勢でしか逃せない。


もう、退出したい。


右に目をやると、じゃじゃ馬サングラスが足を大きく組んでいた。
左に目をやると、カップルの男も足を大きく組んでいた。
そうか、ここは足を組むのに最適なんだ。
だから、この列しか埋まっていないのか…
暗くてよく見えないが、その先の人も足を組んでいるかもしれない。

ここで立ち上がって、「失礼します」と通れば、作品への注意を逸らした上に、みんなの足をどかしてもらうことになる。
こんな映画を見に来るくらいだから、彼らは好きモノだろう。
ドリンクどん以外は。


人生、立ち上がるときは勇気がいるものだ。

そう思いながら、結局、出られないまま、時間が過ぎて行く。


1時間は経っただろうか。
いまだに、お祭りに来た人のインタビューを流し続けている。

終わりが見えない。

これは神社に到達するまでの道往く人を追うドキュメンタリー。
リアルだから、特別なことは起きない。
多くのひとが神社に向かって流れていく。
この大河は氾濫もしない。

神社祭なんだから、早くお参りに行ってくれ。
そうツッコミながら、ジンジャーコーラを飲む。


焼きそばの主人が何度も出てくる。
違う焼きそばの主人だ。
ハプニングなんかない、火傷もしない。

昔はこうだったといきがる、りんご飴の主人。
顔を真っ赤にして力説する場面を、何度見せられたことか。

ちょっとの違いで、執拗にリフレインしてくる。

夜店。
もう買わないと決めているのに。


限界だ。


早く出たい、この劇場から。

お尻が悲鳴をあげている。
おしっこもしたくなってきた。
生姜で血流がよくなりすぎたか。

私は主演気取りだった。
大河に身を委ねたつもりが、流れに逆らっていただけだった。


立ち上がるときが来た。


と思ったとき、神社が見えてきた。

ついに、エンドロールが流れる。

ここまできたら、降板はできない。
最後まで付き合うしかない。

最初の夜店から神社までの様子が、上空から映し出される。
早く終わって欲しい、もどかしい。

長いエンドロールが終わると、照明がついた。
私は足組隊の解散を待ってから、トイレに直行した。
一番乗りして、一番手前の便器で用を足した。

トイレを出ると、ロビーでは演者たちが談笑していた。
じゃじゃ馬サングラスはパンフレットに目をやって、誰かと話している。
みんなお疲れさまでした。とばかりの空気。

ドリンクどんも、それらしく振る舞っている。
お前はこっちの人間だろうに。


居心地の悪さに、早くここを出たかった。
まっすぐエレベーターに向かった。

エレベーターの旧い数字がまったく動かない。
横に目をやると、一枚のポスターが貼ってあった。


『神社から』


人生、待たなくたって、いいこともあるよな。
そう呟いて、私は階段に向かった。



誰も乗せていないエレベーターの扉が開く。
音楽が流れ始めた。
スクリーンには、なかなか閉まらない扉が映っている。
エンドロールが終わると、扉は静かに閉まった。
 
 
 


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