逃げちゃダメだ
あなたは名誉ある百号機パイロットに選ばれました。
おめでとうございます。
「えっ、俺が?」
PTAの搭乗要件をすべて満たしているからです。
「PTA?」
パイロット・トレーニング・エージェンシーのことです。
ロケット搭乗者の選出、訓練、サポートを行う機関です。
筋肉低下、脂肪増加、健康すぎない男性が理想です。
普通の人でも乗れるのが、民生用ロケットのパイロット適性です。
「適性とか、カッコいいこと言ってるけど、それってただの中年じゃん」
はい。
中年の中の中年、THE中年です。
あなたは偏差値49です。
「なんだよ、偏差値って」
「というか、50じゃないんかい」
このロケットでカラメル星まで飛んでもらいます。
今まで99回の失敗を経て、ようやく完成しました。
「え、1回も成功していないの?」
はい。
人生、勝負をかけるときはリスクを伴うものです。
運やタイミングが大事です。
ファーストペンギン、わかりますよね?
「そんな自信満々に言われても」
「爆発したら死ぬでしょう」
「絶対イヤだよ」
「THE中年で結構、俺はTHE老人を目指すよ」
安心してください。
飛行機と同じです。
墜落する時が、万に一つあるか。
それよりも、大変名誉なことですよ。
「名誉?」
はい。
あなたは記念すべき百号機の搭乗者として、一躍ヒーローになります。
多くのメディアが取り上げるでしょう。
「そもそも、素人の俺に操縦なんかできないでしょ?」
いいえ。
この画面をご覧ください。
ゲーム画面を模したものです。
高度なテクニックもいりません。
すべてオートマです。
選択だけしてもらえれば、OKです。
ゲームはお得意ですか。
「得意と言えば得意かなぁ」
「桃太郎電鉄ではいつも最下位だけど」
「……ここ笑うところね」
大丈夫です。
これはすごろくゲームじゃありません。
「でも、運が悪いんだよなぁ」
「要所要所で決断を間違うというか」
あなたはサラリーマンですよね。
将来をどうお考えですか?
「このまま定年まで今のところで働くかな」
「娘を大学まで行かせたいし」
「とはいえ、先行きは不安だな…」
「資産運用する余力もないし」
このロケットに乗れば、人生変わりますよ。
誰もがあなたを求める世界ですから。
「俺が断ったら?」
2番手候補に打診済みです。
画面に、娘の同級生ユキちゃんのパパが映った。
一度、話したことがある。
確かに背格好も歳も同じくらい、THE中年って感じだ。
にしても、ずいぶん身近な人が出てきたものだ。
彼はあなたのクローンのようなものです。
もし、あなたが断ったら、お鉢が回ってくると伝えたら、承諾されました。
娘の顔が浮かんだ。
ユキちゃんのパパがヒーローになる世界。
どうして断ったの?と、残念がる娘の顔。
カッコつかないよな…
いつもリスクを回避してきて、無難な選択で負けてきた。
課長昇進も断ったら、メイン業務から外されてしまったし。
逃げちゃダメだ。
「わかった、乗るよ」
PTAは祝祭一色になった。
一緒に乗る搭乗員からも「おめでとう」の声をかけられて、とてもいい気分になった。
俺はロケットに乗った。
妻と娘の顔を思い浮かべながら、発射ボタンを押した。
「パパ、いきます!」
ものすごい爆音が聞こえた後、身体が少し浮くような感覚があった。
しばらくすると、静寂の世界になった。
乗組員がいるが、顔も見えないし、話しかけてこない。
これは夢なんだろう。
もうちょっとまともな脚本にできなかったのか。
これが中年偏差値49のドリームシナリオなのか。
それでも続く、宇宙への旅。
早く夢から覚めてくれ。
緊急事態発生、緊急事態発生。
エンジンの故障を発見。
ただちに予備のエンジンに切り替えてください。
予備は左右2つあります。
一方はメインエンジンに引火する恐れがあります。
一刻を争います。
早くご決断を。
「夢でも死にたくない」
「どっちなんだ」
「わかるわけないし」
急にユキちゃんパパの顔が浮かんだ。
「耐えられない」
「頼むから、代わってくれ……」
言われるがまま、ロケットに搭乗した。
名誉に目が眩んで、何も準備していなかった。
彼ならどうしたかな。
要領よさそうだし、コミュ力もある。
人の生き死にが、運で決まるなんて、おかしい。
早く、ご決断を。
爆発します。
直感で右だと思った。
「右だ右!」
右でセットします。
画面があみだくじに変わった。
最後の死まで、ゲーム演出なのか。
画面右上のFIREの数値がどんどん上がっていく。
バカげている。
まるで、桃鉄で最恐の貧乏神キングボンビーに取り憑かれたようだった。
正気を吸い取られ、借金だけが膨らんでいく。
周りに人がいない、誰も代わってくれない。
自分だけ楽しくない、サイコロは何も変えてくれない。
あみだくじの結果は出た。
画面右上が1億FIREの表示になっていた。
大爆発したところで、夢が覚めた。
なんちゅう夢だ、気分が悪い。
起きたら、16時過ぎだった。
今日は仕事を休んで、妻も娘も家にいなかった。
2度寝したら、こんな夢を見ることになるとは。
決戦のために、糖分を入れたくて、プリンを食べた。
そして、急いで身支度をした。
昨日、仕事帰りに買ったジャケットに袖を通した。
昨年仕立てたものでは、ピチピチだった。
娘の学校に向かう。
今日はPTAの会合がある。
娘も6年生か、あと1年。
PTAも今年で終わり。
今日の会合でPTA会長を決めることになっていた。
前回、なんとか役職を回避できたと安堵していた。
ところが、本命だった副会長が身体を壊したことで、このレースの行方は俄然不透明になる。
最終的にくじ引きになるような気がする。
いろいろ考えても仕方ない。
できるだけ指名されないように立ち回るしかない。
学校の校門を潜り抜ける。
放課後の教室、いつもの末席に身を置く。
前回感じた、張り詰めた緊張感はない。
役職が決まった有力者たちが醸し出す、どこか緩い空気。
今年は学校創立百周年で、PTA会長も例年より忙しくなる。
絶対やりたくない。
ユキちゃんパパがいた。
軽く目が合い、会釈した。
6年生の保護者で、最後まで残った、俺とユキちゃんパパ。
事実上、一騎打ちだ。
議長から、会長の選び方について、提案があった。
最終的に決まらなかったら、最後はあみだくじになると。
夢を思い出した。
よく覚えていないが、直感で右を選んで、爆発したこと。
ユキちゃんパパに代わって欲しいと懇願したこと。
2択になったら、左だ。
左を選ぶ。
案の定、立候補者は出なかった。
推薦も空気を読んで行われなかった。
6年生の保護者がよいだろうという結論だけがなされた。
議長は手際よくあみだくじを書き始めた。
ユキちゃんパパと目が合う。
無言でも伝わる、恨みっこなしですよ。
議長から差し出された2本のあみだくじ。
俺は先手を打って、咄嗟に左を選んだ。
夢の通りなら、彼は1億FIREで爆発するだろう。
こういうのは案外当たるものだ。
「あの、いいですか」
どちらが先にあみだを選ぶかを決めるジャンケンを申し出てくるだろう。
絶対に左は死守する。
「私、会長やります」
ハッとした。
「よろしいんですか」
議長が確認する。
「はい、百周年という大事な節目に、このような大役、私に務まるか不安だったのですが、精一杯やらせていただきます」
出席者から一斉に拍手が起きた。
決断への賞賛、尊敬の眼差しが教室を包む。
俺も気恥ずかしさを隠すように、小さく拍手をした。
テーブルにあった、あみだくじは正解を示していた。
左を選んだ先は、1億FIREだった。
