生首屋
「生首屋」
会員制の帽子屋だ。
店名の不気味さ。
渋谷のディープエリアにある。
普通なら、足を運ばないだろう。
気品ある、藍染の中折れ帽。
哀愁漂う、生成り色のベレー帽。
麦わら帽子の細麦ひとつとっても。
どれも画面越しでホンモノが伝わる。
上質とオリジナリティ溢れる一点ものばかり。
そして、なんと言っても、マネキンだ。
帽子ごとに、顔が違う。
美しい造形。
それごと、欲しいくらいだ。
金額も普通の帽子屋とは、二桁、三桁違う。
それでも欲しいと思わせる。
正直、僕には場違いかもしれない。
本来、一見さんお断りの店なのだが、サトウからの紹介と伝えたら、OKをもらった。
サトウは大学時代の友人で、帽子好きで繋がった仲だった。
いわゆる、いいとこの坊ちゃんなんだけど、審美眼があった。
都内の帽子専門店を一緒にハシゴしたこともあったっけな。
勝手に名前借りちゃったけど、まぁいいか。
お店は金曜夜だけ開店している。
センター街を突き抜けて、お店に向かった。
魅力的な飲食店が誘惑してきたが、我慢した。
帰り、どこかの店に立ち寄ることにしよう。
新しい帽子を被って。
メールでもらった指定場所は、ハンバーグ専門店「MOTTAINAI」だった。
「土曜は増量Day」のダサい看板が、場末のスナック風で妙に落ち着く。
おかしいな。
途方に暮れていたら、大きな帽子にサングラスをかけた女性が目の前に現れた。
「イトウさんですか」
「はい」
「生首屋のマルヤマです」
「どうぞこちらへ」
目の前にあった、ハンバーグ屋の建物の裏口に向かった。
ハンバーグのいい匂いがしてきた。
けど、僕はステーキのほうが好きなんだ。
ハンバーグって、混ぜ込んだ味で誤魔化せるでしょ。
ステーキは素材の味で勝負しているからさ。
地下への階段があった。
どうやら、この下らしい。
看板はない。
辺りは暗く、照明もなかった。
「こちらです」
マルヤマさんの後について、階段を下りていった。
頑丈な作りの鉄扉を開くと、ネットで見た異世界があった。
独創的な帽子とマネキンたち。
帽子棚の反対側には壁一面の大きな鏡。
白い内装と鏡のせいか、妙に広く感じた。
やばい。
声に出さない興奮で、身体がウズウズする。
平静を装うも、口角は上がりっぱなしだ。
帽子よりも、マネキンに目を奪われた。
近づいてみると、まさに生首だった。
そう錯覚させるほど、精巧にできていて、今にも喋りそうだ。
ホームページにはハリウッドの特殊技術を使っていると書いてあった。
リアルなのに、耳だけないのが不思議だった。
男性、女性、年配から若い子まで。
たくさん並んでいる顔は全て違う顔だった。
ネットで見たマネキンとは違うようだった。
入れ替えがあったのかもしれない。
それでも、この帽子にはこの顔しか似合わない。
そう思わせる組み合わせになっていた。
僕もこんな帽子に似合う人と言われたい。
上の段はとても買えるような金額ではなかった。
いちばん下の段だけ、1体分空いていた。
僕が気になっていた、黒の帽子は見当たらなかった。
黒に少しブラウンも入った光沢感に惹かれていたのだが。
早く実物を見たい。
マルヤマさんに尋ねてみた。
「ご友人のサトウさんもお気に召していましたわ」
「お待ちください」
そう言って、バックヤードに消えた後、しばらくすると、黒の帽子を被った生首を持って、店内に戻ってきた。
「お待たせしました」
「こちらでよろしいですか」
「うわっ、サトウだ」
「そうです、サトウさんにモデルになってもらったんですよ」
「よくできているでしょう」
「え、えぇ」
不思議な感覚だった。
目の前にサトウがいるようだった。
もちろん、喋ることはない。
「被ってみますか」
マルヤマさんがサトウから帽子を外し、僕に渡してくれた。
サトウから帽子を奪ってしまったようで、申し訳ない気持ちになった。
被ってみた。
壁一面の鏡の前に立って見る。
いい感じだ。
「お目が高いですね」
「そちらは髪の毛で編み込んだニット帽です」
「ヒトの髪の毛なんですか」
「安心してください」
「然るべきところで処理されたものですので」
「ウィッグの帽子版みたいなものですね」
鏡には、陳列棚の帽子と生首たちも映っていた。
そして、帽子を失くして、どこか哀しげなサトウも。
「よくお似合いですわ」
「よかったら、写真を撮らせてもらえませんか」
「モデルになってもらえるなら、その帽子はお譲りします」
値札を見ると、30万円だった。
ある程度は覚悟していたが、いざ値札をみると、惜しくなる。
「モデルになったら、本当にこの帽子をいただけるのですか」
「はい」
「写真を撮って、その後、型を取らせてもらいますね」
「型?」
「これを被ってもらいます」
競泳用の白いキャップだった。
「え、これですか」
「そうです、髪の毛を全部キャップの中に入れて被ってください」
「撮影するので、床にある白い枠線の中に立ってもらえると助かります」
「わかりました」
鏡には、水泳キャップを被っている男が映っていた。
プールに行くわけでもないのに。
マルヤマさんが僕の首を触ってきた。
「思ったよりは悪くないですね」
「次の入荷が遅れてしまったので、十分に役立つかと」
生存本能なのか、彼女の手の冷たさから逃げた。
と同時に、逃げちゃいけないとも思った。
「この店の名前が、生首屋なのは……」
ドンドンドンドン。
「誰かいますか。警察です」
えっ!と思った瞬間、首筋にチクっとした痛みを感じ、身体の力がすっと抜けていった。
目が覚めると、目の前の警官が水泳キャップを被っていた。
警察の制服に水泳キャップ、なんだかおかしい。
僕は黒い帽子を被っていた。
名誉あるコレクションに選ばれたようだ。
サトウには悪いことしたな、この帽子は僕のものだ。
警官が僕のほうを指差して、この帽子を欲しがっている。
マルヤマさん、やめてくれ。
僕より彼のほうが似合うというのかい。
確かに精悍な顔はしているけども……
マルヤマさんは警官の首筋に注射針を刺した。
そして、倒れた彼をゆっくり床に下ろした。
しばらくすると、奥の扉から、白いエプロンの男が現れた。
マルヤマさんが僕のほうを指差して、白エプロンと何か話している。
白エプロンは少し驚いた様子を見せた後、奥の扉に消えていった。
マルヤマさんは警官の服を剥がし始めた。
首上と拳銃だけは丁重に扱っていたが、それ以外はぞんざいだった。
白エプロンの男が、台車を押しながら戻ってきた。
台車にはブルーシートが載せてあった。
二人は裸にした警官を、白い枠線の真ん中あたりに置いた。
マルヤマさんが壁のスイッチを押すと、床が割れて、警官が落ちた。
床から、水飛沫が上がった。
しばらくすると、床の下から水槽がせり上がってきた。
二人はカッパに着替え、水槽から警官を引き上げた。
白エプロンの男が警官を蹴って、位置を決めた後、ブルーシートで巻き始めた。
マルヤマさんが警官の首筋と頬を愛でた後、上質そうなタオルで、首から上を巻いた。
ぐるぐる巻きにされた警官は、台車の上に載せられて、奥の扉に消えていった。
マルヤマさんは、椅子に座って一服した後、陳列棚のひとりひとりの首筋を触って、声をかけはじめた。
最後に、僕のところにもやって来た。
何を言っているかはわからなかったが、申し訳なさそうな眼差しだった。
その後、奥の扉に消えていった。
僕は運が悪かったようだ。
もっと長い間、この帽子を被っていられると思っていたのに。
同じ趣味のやつが、こんなにすぐに訪れるなんて。
サトウは僕が来るまで、どれだけの時間、この景色を楽しんだのだろう。
壁一面の鏡に映った生首たちが、憐れむような表情で僕を見ていた。
見惚れるほどの素晴らしいラインナップだ。
いちばん下の段でも、僕だけが浮いている。
こんなに素晴らしい帽子を被ろうなんて。
まったくもって、おこがましい。
身の程知らずとは、こういうことなんだな。
マルヤマさんが、警官の生首を持って戻ってきた。
もうすぐ、僕は床に転がっているサトウと一緒に厨房行きだろう。
お腹が空くはずもないのに、お腹が空いたな。
ステーキ食べたい。
