F4 ヨッシャマンVS催眠術
恋人と出会った頃、私は「催眠術」という怪しい沼にどっぷり漬かっていた。発酵するほどに。
初デートで催眠術の魅力について語ってしまい、ひどく引かれたのを憶えている。
別れ話の後で、
「今度出会う人には、最初から催眠術の話はしちゃダメだからね」と注意を受けたほどである。
それほどまで怪しいと思われてしまう催眠術になぜ惹かれたのかと言えば、まさにその怪しさゆえだ。
私の中では、怪しさと神秘は同義である。
発端は、
「自己催眠こそが最高のセラピーではなかろうか」という閃きだった。
そう思って勉強を始めたのだが、催眠術にはもう1つ「他者催眠」がある。人にもかけてみたいと思うのが人情だ。
実験しない手はないだろう、と私は思った。
変人が集うサークルがある。
セラピスト、ヒーラー、占い師、アーティスト、エステティシャンなどといった、主に「癒し」という名の元に活動する振りをしているはぐれ者達が集結する。
気まぐれに年に数回、会合がある。
私が「囲炉裏を作ってみた!」と召集をかけた事があって、わが家のサンルームで全員が薫製になるといった事件があった。
それ以来、「囲炉裏の会」と呼ばれている。
その囲炉裏の会で、新年会をやろうということになった。
これはチャンスだと思った。
催眠術の実験を始めよう。
当日、予約をしていた居酒屋に続々とモルモット達がやってくる中、私はまず席取りから罠の準備をする。
メンバーの中で、もっとも催眠術にかかりやすそうなやつの正面に座る。自然に。
催眠術というのは、魔法でもなんでもない。条件さえ揃えば誰でもかける事はできる。
が、「かかりやすい人」とそうでない人がいる。
もっともかかりやすいのは、とにかく素直な人だ。
「えー?催眠術?ちょっと怖いけど面白そー」
この手は人はほぼ間違いなくかかる。
夢が詰め込めるくらい頭空っぽの方がいい。
色んな人で試した結果、まったくかからない人もいる。
理屈っぽいやつは難しい。何でも頭だけで考える分析タイプ。
極度に心配性の人もダメだった。催眠術に対しての恐怖が強すぎるとかからない。
これはどちらも、催眠術をかける上で絶対に外せない条件である「リラックスと集中」が揃わないからだ。
熟練の術師でもさじを投げるのが、
「精神を病んでいる人」だ。
私も試したことがあるけれど、驚くほど集中力がない。
自分を保つのが精一杯で、催眠術にかかっている「余裕」がないのだろうと感じた。
さて、私のデビュー戦に戻ろう。
囲炉裏の会の宴が始まり、わいわいと話が弾む中、私は着々と外堀を埋めていく。
和やかな雰囲気作り。
特に、目の前のターゲットがリラックスできるように……。
そして、あまりお酒が入りすぎないタイミングでさりげなく、
「そう言えば、この半年くらいかけて催眠術を会得したよ」
嘘である。
最近、本を何冊か読んだだけだ。
しかし、これが大切なのだ。
「催眠術をかけられる人」と思わせることも一つの暗示なのである。
少しずつ、暗示を重ねていく。
怖くないよ。
面白いよ。
罠にかかったウサギの様子を観察しながら、彼女が興味津々に前のめるタイミングで、
「ちょっとやってみようか?」と仕掛ける。
私としては、これはあくまで実験なのだけれど、飲みの席ではかなり盛り上がる。
ためしに、みたいな軽いノリにみせかけて実の所準備万端。張り巡らせた糸にかかった憐れな虫。
まず、お祈りするみたいに両手を組んで、両方の人差し指を立ててもらう。
私はその人差し指をつかんで軽く開く。
「指と指の間をじっと見て」と指示をだす。
手を離し、
「僕が3つ数えると、指が近付いてくっつくよ。3……2……1……ほら、どんどんくっついていく……」
これは、初心者が使う常套手段である。
催眠術でもなんでもなくて、誰でも出来る。
嘘だと思うなら今ご自身でやってみるといい。指の間を見ているだけで指が近付いていくから。
しかし、これで「催眠術にかかった」という暗示が入る。
あとはちょっとしたテクニックを使えば、簡単に催眠術にかかる。本人がかかったと思っているのだから。
「今度はその指が離れなくなるよ。どんなに力を入れても離れない」
「次は指が5本全部はなれなくなるよ。固まって動かない」
手首、肘、肩と順番に固めていくと腕がまったく動かなくなる。
もちろん、ただ声をかけるだけではなくて細かい手法を色々と使うのだけれど。
「ほんとに動かないの?」
ギャラリーも固唾を飲んでいる。
「ほんとに動かないんだよー」
拘束されるモルモット。
すげーすげー!と場が一体になる。あー、気持ちいい。そして、実はこのパフォーマンス自体が今日私がかけたかった一番の暗示になるのだ。
「ヨッシャマンは催眠術師だ!」
みんながそう思う。
ちなみに、私の催眠術をかける技術は大したことはない。最高到達点は相手に幻覚を見せることなのだが、そこまでたどり着けなかった。(飽きた)
しかし、「かかりやすさ」では当代第一であると思われる。
なぜかと言うと、先ほど私がかけたようなものは「禁止催眠」といって何かを出来なくする催眠である。
腕が動かせないとか、立てないとか、そういうやつだ。
この禁止催眠は他者用であって、自分自身にはかけられないとされている。
ところが、私は自分で自分に禁止催眠をかけられるのだ。天才というしかない。
目を開けられない、と自分に暗示をかけ、
「目が~、目が~」
とムスカごっこをしたものである。
すっかり私の術中にはまった実験体たちに向かって、私は感じのよい笑顔で言う。
「今度、催眠の会をやろうか」
異論などあるはずがない。
こうして被験者を手にいれた。
長くなってしまったので、つづきはまた今度。
