“責任感”に疲れた日こそ、先に「ありがとう」を
ニュースや職場で
物事を評する際に耳にする
「責任感の不足」
意味はわかってる。
役割や義務を果たそうとする意識
それ自体は美徳です。
でも正直
聞くたびに、うーむって感じる。
なぜなら、僕の経験ではこの言葉
称賛よりも“不足の指摘”に
使われる場面のほうが
圧倒的に多いからです。
やって当たり前。
やらなければ「責任感がない」
そこには
本人の努力や背景、積み重ねが
置き去りにされがちな違和感がある。
今日から増やしたいのは
「責任感あるね、ありがとう」
の一言です。
最近、思ったこと
「責任感が足りない」
というフレーズについて。
意味はわかるけれど
その一言に「んー?」ってなる
感覚があるんですよね。
評価より不足の指摘として
使われることが多いからだと思う。
責任感って
辞書的な意味と別に、
僕の認識として
言葉を発する人から見て
"やりたくないこと
面倒なこと
手が届きにくいことを
黙って整えてくれる姿勢"
だと感じてます。
誰も見ていないところで
次の人が気持ちよく動けるよう
場を整える
その連続が、安心をつくる。
だからこそ
やって当たり前や、
できなかった時、
良い結果じゃなかった時
そんな時に便利に、簡単に
"責任感が足りない"
そうやって片付けず
"こうして欲しかった"
と、ちゃんと言葉で伝えたい。
そう、この責任感って言葉は
感謝とセットで使いたい。
「責任感あるね!」のあとに
「助かった、ありがとう」
評価より“承認”として届くし
相手の次の一歩が軽くなる。
もし社会全体が
「責任感が足りない」を
口にする頻度と同じくらい
「責任感あるね!」と
言うようになったら
どうでしょう?
言葉はライトです。
不足を探すペンライトにもなるし
支えを照らすスポットライトにもなる。
僕らが向ける先を変えれば
属している小さな社会からでも
空気は変わる。
そんなわけで
今日からできる
小さな行動を3つ
1. 具体→影響→感謝で伝える
抽象的な「助かりました」より
三段構成が効きます。
例)
「朝イチで議事録まとめてくれて(具体)
午後の打ち合わせが5分で済んだ(影響)
本当に助かった、ありがとう(感謝)
称賛が“情報”になると、再現されます。
2. 見えない仕事に名前をつける
“会議室リセット”
“初動対応”
“ゴミ箱空にする”
名もない仕事を
言語化して共有すると
尊重が生まれる。
3. 称賛は即時、改善は合意
良かった行動はその場で先出し。
改善は合意した場で
“行動を良くする話”にする。
「責任感が足りない」より
「ここだけ不安だね。次どう直す?」
が建設的。
責任感は、重たい義務じゃない。
誰かを支える手のあたたかさです。
不足を照らすライトではなく
支えてくれている手を照らすライトへ。
その向きを選ぶだけで
チームの空気は少しやさしくなる。
まずは一通
「責任感あるね、いつもありがとう」
からはじめていきましょう!
p.s.
仕事メインな書き方したけど
家事、育児、スポーツ
趣味の集まりとかも一緒でっせ
やってもらって当たり前って
態度は元気が出ないからね。
皆で褒めあってパワーアップしよ?
いいなと思ったら応援しよう!
チップが飛んで来たらとりあえず全部溜めこみます!
そのうちnote記事に書けるモノに使います!!