「経験すれば慣れる」は本当か ― 曖昧さ耐性が伸びるタイミング
論文の紹介
タイトル
Do family physicians develop ambiguity tolerance as they gain experience? A multicenter cross-sectional study
(家庭医は経験を積むことで曖昧さ耐性を獲得するのか?多施設横断研究)
著者・雑誌・発行年
Hirohisa Fujikawa, Takuya Aoki, Takayuki Ando, Junji Haruta
Journal of General and Family Medicine, 2025
論文の概要
本研究は、日本の家庭医を対象に、卒後年数(PGY)と曖昧さ耐性の関連を検討した多施設横断研究です。
曖昧さ耐性とは、「不確実・不完全な情報の中で意思決定できる能力」であり、
・診療の質
・患者との関係性
・医師のメンタルヘルス
に深く関係する重要な能力とされています。
本研究では全国14プログラムから173名の家庭医を対象に、
・曖昧さ耐性(J-TAMSAD):0〜100点(高いほど「不確実性に強い」)
・バーンアウト(BAT-J):1〜5点(高いほど疲弊・消耗が強い)
・ワークエンゲージメント(UWES):0〜6点(高いほど仕事への活力・没頭・意欲が高い)
を評価し、PGYとの関連を解析しています。
主な結果
▶曖昧さ耐性の変化
PGY3–6と比較して、
・PGY7–10:+6.68
・PGY11–20:+6.20
・PGY≥21:+5.99
PGY7以上で有意に高い
つまり、曖昧さ耐性は主に研修修了前後で大きく向上することが示唆されました。
▶バーンアウト
・PGY≥7では約−0.50〜−0.58低下
若手(PGY3–6)が最もリスクが高い
▶ワークエンゲージメント
・PGY7–10:+0.67
・PGY11–20:+0.57
・PGY≥21:有意差なし
中堅層で最も高く、ベテランでは頭打ち

全体像として重要なポイント
本研究で重要なのは以下の点です。
・曖昧さ耐性は研修中に発達する可能性が高い
・PGY3–6は最も脆弱な時期(高バーンアウト・低エンゲージメント)
・研修修了後は耐性がプラトーに達する可能性
・曖昧さ耐性はバーンアウト・エンゲージメントと密接に関連
印象的なのは、「成長する能力」ではあるが、成長のタイミングがかなり限定的であるという点です。
結論
本研究は、家庭医の曖昧さ耐性は主に研修期間中に向上し、その後は大きく変化しないことを示しました。
同時に、
・若手医師はバーンアウトリスクが高い
・エンゲージメントも低い
という「研修期の脆弱性」も明らかにしています。
つまり、研修環境の設計が医師の長期的能力とウェルビーイングを規定する可能性が示唆されました。
面白かった点
印象的だったのは、曖昧さ耐性が経験とともに無限に伸びるわけではなく、研修期に集中して伸びるという点です。
リハビリテーションの現場でも、若手スタッフが「この介入でよいのか」「どこまで改善を見込めるのか」「患者さんや家族にどう説明するか」と迷う場面は少なくありません。
その意味で本研究は、医師を対象とした研究でありながら、曖昧さ耐性に向き合う力は専門職としての成長初期に大きく形成されるという点で、リハビリ職にも通じる内容だと感じました。
特に、経験年数を重ねれば自然に安定するというより、初期キャリアでどのような経験をし、それをどう振り返るかが重要である点は、現場での経験の答え合わせのような印象を持ちました。
マネジメントへの示唆
本研究から得られる示唆は、曖昧さ耐性の差が経験年数そのものではなく、「どのような経験をどう扱っているか」によって生まれている可能性がある点です。
特にPGY3–6は「低耐性・高バーンアウト・低エンゲージメント」という状態にあり、この時期に適切な介入がなければ、その後の成長や定着にも影響する可能性があります。
したがって重要なのは、単なる経験の量ではなく、経験→内省→意味づけのプロセスを制度として組み込むことです。ここで有効なのが、Kolbの経験学習モデル(経験→内省→概念化→実践)です。
このモデルを臨床教育に実装する具体例としては、
・定期的なケースリフレクション(週1回)
・指導者との1on1フィードバック面談
・「不確実だった症例」を共有するカンファレンス設計
などが挙げられます。
これらは教育施策であると同時に、心理的安全性を担保しバーンアウトを軽減するマネジメント施策でもあります。
つまり、曖昧さ耐性の育成は単なる能力開発ではなく、人材定着・組織パフォーマンス向上に直結する戦略的テーマであり、教育とマネジメントを分断せずに設計することが重要だと感じました。
