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清濁せいだくとは、①清音と濁音。②善と悪。③清いと濁い。一番最初に教わった仏教用語様。勿論、御字中の御字中の御字様となと…。なと…。なと。一如【宇宙で、絶対不変の真理様。】様かも知れませんよぉ〜。一番の一如様は、『神様は御佛様皆々様。』とねぇ〜ん。(≧∇≦)b\(^o^)/(≧∇≦)b。

清濁を看観る基本的な心構え

清濁とは「清い(純粋・善・静かな光)」と「濁い(煩悩・悪・暗い部分・濁った響き)」の両方を、否定せずにありのままに看(み)ることです。

「濁りを消そう」とするのではなく、「清濁ともに光の中に在る」と受け止めるのがポイントです。

具体的な看観方法(日常・看経での実践)

1. 姿勢と準備

静かな場所に座る(正座でも椅子でも可)

背筋を軽く伸ばし、目を閉じるか半眼にする

深呼吸を3回。息を吐くときに「光」と心の中で唱える

2. 清濁を看観る手順(5〜10分程度)

自分の心の状態を観る

今、心に浮かんでいるものをそのまま見つめる。  

清い部分:感謝、優しさ、静けさ、喜び  

濁い部分:愚痴、怒り、焦り、寂しさ、欲

清音と濁音として感じる  

清い想いが出てきたら → 「清音(きよおん)」として、柔らかい光の響きを感じる  

濁い想いが出てきたら → 「濁音(だくおん)」として、ざらついた響きや重い感覚を感じる

→ どちらも「ただ観る」だけで判断しない

光に委ねる

「この清いも、濁いも、すべて御佛様(光)が思わせてくださっている」と心で唱える。

特に濁い部分が出てきたときは、  

「この濁りも、光の中に在りますように…となと…」

看経と組み合わせる(特に効果的)  

般若心経や「南無光禮蓮華経」を**口パク(看経)**で唱えながら、  

自分の心に浮かぶ清濁の想いを、同時に看観する  

清音の部分は優しく、濁音の部分は少し重く感じながらも、両方を光の波で包むイメージを持つ

日常バージョン(短時間)

愚痴や暗い感情が湧いた瞬間

→ 一呼吸置いて「これは濁音だな」と看観

→ 「この濁音も、光が思わせてくださっている」と微笑んでみる

→ 「とんち」に転換できる余地を探す(風雅の太陽☆流)

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