よそ見美人の隠しごと|ショートショート #片想い文芸部
よそ見をしている彼女の横顔を見た瞬間、俺の心は完全に奪われた。
出逢いは、仕事帰りに急な夕立に遭い、びしょ濡れになりながら駆け込んだ近くのカフェでのことだ。
店内に入ると、たまたま一席だけ空いていてそこに座ると、対角線上の席にいた彼女は外の夕立をじっと眺めていた。
その横顔が透明感のある涼やかな表情で、俺は運ばれてきたアイスコーヒーなど目もくれず、彼女の横顔に見惚れていた。
すると、彼女のところに店員がやってきて、
「レアチーズケーキお持ちしました。以上でご注文はお揃いでしょうか」
と話しかけているのだが、彼女は聞いていないのか、ずっと外の景色を眺めていたままだった。
彼女の横顔が見たくて、毎日仕事帰りにそのカフェに通うようになった。
そしていつも彼女を見かけるようになった。
どうやらこのカフェに立ち寄るのが日課らしい。
相変わらず店員が運んできたアイスコーヒーやレアチーズケーキには目もくれず、外を眺めたり、何かメモしたり、天を仰いだり、何だか自分の世界に浸りきって「外界のことなど眼中にありませんよ」的な仕草に、俺はあることを思いついた。
その日は仕事を早退していつものカフェに入店すると、彼女はまだ来ていないようだった。
そわそわしながら店内で待つこと一時間。
三杯目のアイスコーヒーを飲みながら彼女が好きであろうレアチーズケーキを頬張っていると、彼女が入店してきて、俺が座っている右斜め前の席に案内された。
ーー千載一遇のチャンス!
よそ見をする癖がある彼女は、真正面の席よりも、やや斜めの角度の席にいた方が目に入りやすいに違いない。
俺は早速店員を呼んで追加注文した。
店員がレアチーズケーキを運んできて、それを彼女の前に差し出した。
店内の音楽のボリュームが大きくて声までは聞こえないが、口の動きから「あそこに座っていらっしゃるお客さまから…」と、申し訳なさそうな表情で伝えているのが分かる。
俺のドキドキは最高潮に達していた。
ーーバーカウンターでよくあるシチュエーション。「あちらの方から~」作戦!これで振り向かせる!
だが、それを聞いたであろう彼女は、俺どころか店員にも見向きもせず、ふーんという態度で窓の外の景色に目をやったままだった。
ーーもしかして相当高飛車な女?
当てが外れるとともに、俺が勝手にイメージしていた彼女の清純な女性像が儚くも崩れ去った瞬間だった。
その日を境にこのカフェに通わなくなったが、一ヶ月が経った残暑が厳しい日。
仕事帰りに見舞われた夕立から逃げようと、たまたま通りかかったあのカフェに逃げ込んだ。
久しぶりに店内に入ると、無意識にアイスコーヒーとレアチーズケーキを頼んでしまった。
一月空いていたが、習慣化って恐ろしい。
毎回、彼女がいる時に同じものを注文していたから格別に美味しく感じていたアイスコーヒーとレアチーズケーキは、今ではきっとただのそれらに成り下がっているだろう。
注文後にスマホをいじっていると、俺の席の前に誰かがやってきて声をかけてきた。
「あの…今お時間ありますでしょうか?ちょっとお話がしたくて」
俺がスマホから目を離して見上げると、アッと声が出そうになった。
彼女だった。
相変わらず目を反らしながら心ここにあらずのような仕草だが、以前と変わらない透き通るような清純さが漂う横顔に何だか懐かしさを感じる。
「ええ…大丈夫です。どうぞおかけになってください」
彼女はお辞儀をすると、注文はせずに俯き加減になりながら話しだした。
「この間はその、ありがとうございました。突然レアチーズケーキを贈られてとてもびっくりしてしまって。お礼も言えず。あのその」
彼女は俯きながら耳のあたりがどんどん赤みを帯びてきた。
「ワタシ、人と目を合わせながら話すのが苦手なんです。さらに男の人が苦手で…でも、さすがにお礼も何も言わないのは人としてどうかと思いますし、御厚意に対して何もしないのはその、失礼ですから」
一つ一つ言葉を選び、顔から首筋まで真っ赤に染まりながら一生懸命に話す彼女。
すると、今度は持っていたトートバッグから一冊の本を取り出した。
どうやら卒業アルバムのようだ。
「人と目を合わせるのが苦手になったのは、この顔のせいなんです。自信をつけたくてその、実は、ワタシ、整形しているんです!何でこんな話をしたくなったのか分かりませんが、何だか以前からお見かけしていたあなたなら話してもいいかなと。これは誰にも言っていない隠し事で」
「整形…」
「この卒アルは整形前の顔なんです」
そういうなり、彼女は自身が写っているクラスの顔写真を開こうとする。
ーー元の顔は一体どんななのか?自信がないくらいだから相当手を入れているのか?
興味と失望が入り乱れたような心情に俺の鼓動が激しくなる。
「これです、これが本当のワタシです」
指で示したある女の子の写真を見て、俺の目はこれでもかというほど見開き、そしてすぐに細めた。
ーーむ、むむ?
そこに写っていたのは、
目の前の彼女と何ら大差ない美しい女の子の写真だった。
「これ、整形しているんですかあああ?」
あまりの拍子抜けに声が裏返った。
「はい…しています。ここです」
彼女が写真の一部を指した部分に、俺の目はさらに細くなる。
「この口元にある、ホクロ。これが気になったばかりに人の目を見られなくなってしまって…取ったら克服できるかと思いましたが長年の癖が身についてしまったせいか一向に直らず…」
そう言いながら、ずっと隣の席でスマホゲームをしている中年男性に視線を向けていた。
「あ、あは、あはは」
俺は気の抜けた愛想笑いを発した。
ーーこんな一ミリも満たないホクロで、こんなに自信無くすなんて…
そこで俺は気を取り直して、あることを提案した。
「あの、友達になりませんか?俺でよければ苦手意識克服のための練習台になりますから」
「えっ?」
その瞬間、彼女が初めて俺と目を合わせた。
「カラン」という氷が傾いた音とともに店員がアイスコーヒーとレアチーズケーキを運んできた。
いつの間にか夕立が去り、雨で濡れたビル群が夕焼けに照らされてキラキラと輝く中、通りにはいつも変わらない忙しない日常が戻っていた。

(2,496文字)
■今回のショートショートは以下のマガジンに収めています😌
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この記事は、ナルさん企画【片想い文芸部】参加記事です。
今回のお題は、【よそ見】でした。
昨日から山梨県へゆるゆるのキャンプをしに来ていますが、いつも電波が届く場所なのに昨日は圏外になってしまい、物語自体はほぼ完成していましたが投稿できませんでした🥲
今朝は辛うじて電波が入るので、家族が起きる前に急いで仕上げ、再度電波が入らないと困るので予約投稿にしました🙂
期限オーバーしてしまいましたが、せっかく書いたので遅ればせながら参加します🙄💦
ここまで読んでいただきありがとうございました🍀
