みのりのキュウリ|掌編小説 #しらたま編集部
「ちょっと、話が違うじゃないですか~!」
職場の部下で10歳年下の奥村実が頬を膨らませながら抗議してきた。
「あれ、この話ってしていなかったっけ?」
なんちゃら支店で緊急事態が発生したから明日出張することになったと告げただけで、実家へ行く、さらに彼女役をやってもらうなど一切告げていないが、俺は無理矢理とぼけて見せた。
数年前に父が他界してから、母は実家で一人暮らしをしており、一人っ子の俺に対して頻繁に電話やメッセージをしてくる。
話の内容は決まって「結婚話」。
いい加減飽きたから相手がいると嘘を言ってしまったのが発端だった。
「お盆明けにパワハラで訴えますからね!」
東京から電車を乗り継ぎ、実家へ着くと母がニコニコしながら出てきた。
「おやまあ、べっぴんさんじゃないの~!」
「どうもはじめまして、奥村実と申します」
彼女役になりきろうとする実の姿を見て、申し訳ない気持ちとともに、意外とカワイイなという気持ちが交じり合っていた。
居間に入ると、母が台所から小さな桶を持ってきた。
そこには沢山のきゅうりが入っていた。
「お隣の佐藤さんから数日前にもらってね…」
母はそれから言葉を詰まらせ、そして目からぽつりぽつりと雫が落ち始めた。
「でも数日前に急に倒れてそのまま…毎年きゅうりをくれたんだけど、これが最後にきゅうり…」
そのまま絶句する母。
俺の実家がある地域は過疎化が進んでおり、周りには空き家が目立ち始めていた。
隣の佐藤さんは昔からの付き合いだっただけに心へのダメージは計り知れないだろう。
すると、そんな母を見つめていた実が口を開いた。
「お母さま。このきゅうり、笑顔で美味しくいただきましょ。育ててくれた近所の方は泣いた顔を望んでいないでしょうから」
「…」
「私の実家でもきゅうり作っているんです。来年の夏は私から持って遊びに行きますね」
「実さん…ありがとう」
実の言葉に元気づけられた母は、もう先ほどの悲しい顔を忘れたかのように笑みを浮かべた。
結局、実とともに今日は実家に泊まることになった。
実とはやむなく同じ部屋で寝ることになり、気になって寝つけない。実もまだ寝ていないようだ。
「今日はありがとうな。母も喜んでくれたし」
「お母さんにあんな約束したから、毎年来るしかないですね」
「え…」
「あのきゅうり、愛情がこもっていて美味しかったな」
「奥村…」
「係長」
実が急に俺の方に寝返った。
「休日手当、しっかり申請しますからね!」
(1,000文字)
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この作品は、麦野渚さん企画【しらたま編集部】参加作品です。
今回のお題は、【夏の食べもの】でした。
ステキな企画をありがとうございます🎵
現在、公募作品執筆中のため投稿はお休みしていましたが、たまたまこの企画が目に止まったので、即興っぽくなりましたが参加しました😌
ここまで読んでいただきありがとうございました🍀
