見出し画像

シルバーコレクター|ショートショート

まただ

まただ、まただ、まただ

もうイヤ!!


ワタシは学校の廊下に張り出された期末テストの成績上位者リストを見て、今にも汚い言葉が口から吐き出しそうな思いに駆られ、そして飲み込んだ。


学年二位。

都内でも難関校に分類される私立の中高一貫校に入学したワタシは、中学生の時から一貫して学年トップクラスの成績を上げていた。

だが、最高位は二位。
しかも高校生になってからこの一年間は常に二位。

トップはいつも入れ替わるのに、ワタシは定位置であるかのように「二位」。


勉強だけではない。

陸上部所属で八百メートル走では中学生の頃から全国大会出場経験があるが、この話の流れからお察しの通り、最高位は二位。

今、学校の校舎にはどデカい横断幕にこう書かれている。

「祝 新山アスカさん、陸上競技八百メートル走インターハイ出場!(都大会二位)」

地区大会の成績は余計だろう。
ますます二位を意識してしまう。


さらに、恋愛まで。

以前、両想いだと思っていた男子に告白したのだが、

「ごめん、俺もアスカさんのこと好きだけど、二番目に好きなんだ」


友人たちから半ばネタのように言われる言葉は、

「シルバーコレクター」
「ニーコちゃん」
「二位の神様」


「うるさーい!!」

掲示板の前にいた生徒たちが一斉に振り向く。

ワタシの頭の中が、クスクス笑う友人たちの顔で溢れて思わず口に出してしまった。


むしゃくしゃした気持ちで帰宅して、スクールバッグをソファに投げつけると、後から母が帰ってきた。

「あら、もしかしてまた二位?」
「目が笑ってるよ!」
「ふふ、バレちゃった」

そう言うなり母が買い物袋から一枚のチラシを取り出した。

「そんなアスカに、はいこれ」
「「シルバーコレクター養成合宿」?なにこれ?」
「アスカの万年二位ぶりを近所の金さんに話したらこれを渡してくれたの」

金さん、金さん、金、金、金メダル。
何だか冷やかされたような気分になったが金さんに罪はない。

「インターハイ後だし、参加してみたら?何か掴めるかもよ」
「ふーん」

ーーちょうど部活も休みだろうし行けなくはないけどあまり気乗りしないな

チラシを見ながら深いため息を漏らした。



あれから一ヶ月半後。
長野県の志賀高原にある合宿所に到着した。

夏のインターハイは、昨年に続き決勝で二位。
もはや苗字の「にいやま」が二位の呪いじゃないかとさえ思える。

その合宿所の玄関にはデカデカと「シルバーコレクター養成合宿」という立て看板がどっかりと居座っていた。
字は誰かが揮毫したのだろうか、お世辞にも綺麗とは言えないが、とても力強い字で書かれていた。

合宿所の玄関ロビーに入ると、合宿参加者らしき人たちが数十人待っていた。ワタシのような学生もいれば、大学生や社会人、どう見ても年金生活をしていそうなお年寄りまでいた。

ーーこんな合宿に来る理由って、どんな理由なんだろう

そもそも合宿名自体がふざけている。

「シルバーコレクター養成合宿」って要するに二位を目指すための合宿のように思うのだが、そんな二位を目指す人なんているのだろうか。

「皆さん、聞いてくださーい!」

ほどなくして、今回の合宿の運営者らしきジャージ姿の男性がロビーに響き渡るような声を発し、周りの参加者が一斉に振り向いた。

「この合宿を主催している銀次郎です。この度はお申込みありがとうございます。今日から三日間、どうぞよろしくお願いします。まずはプログラムをお配りしますね」

銀次郎。
名前からして二位が好きそうだ。

銀次郎の傍にいたアシスタントらしき女性が、一人一人に合宿プログラムを配布しだした。その内容を読んで、すぐにワタシは眉間に皺を寄せた。

プログラムには、学校の時間割のように「体育」やら「国語」やら「音楽」やらが並んでいたが、最後の一文がこうだ。

「全てのことで二位を目指せ。起きる時から寝る時まで全て」

ーー起きる時から寝る時まで二位目指せ?

何故そこまで二位を目指さなきゃならないのか、これまで嫌というほど味わってきた屈辱に、この合宿の目的が見出せないでいた。


合宿初日の一限目は体育だった。

「ではこれからこの四百メートルトラックで持久走を行う。二位になった者は、私から二万円を差し上げる。以上」

銀次郎からの言葉に、周りが色めき立った。

ーーしかし、何なのこのトラック

トラックの左右には三メートルはあろうかという柵が備え付けられていた。一体何のために。


パアーン!

銀次郎が高々と上げたピストルの音が高原に響き渡ったのだが、誰もが走ろうとせず牛歩戦術を取る。それはそうだ、二位になるだけでお金が手に入るのだから。

ーーバカバカしい

ワタシは、構わずいつも通りさっさと走り出した。
他の者どもはそんなワタシを見て苦笑し、「あの女馬鹿じゃない?」と蔑む者もいた。

そんな状況は百も承知だったのか、銀次郎は一手を投じた。

「はい、これからそのあたりで捕まえた野犬を三匹解き放つ。かなり飢えていて食われるかもしれないから真面目に走るように」

すると、どこからともなく

「ウウ…」

という唸る声が聞こえたかと思うと、柵の一角が開き、口から涎を滴らせてながら猛スピードで参加者たちの方へ走ってくる犬が三匹やってきた。

「うわ~っ!!」

ノロノロと走っていた参加者が叫び声を上げながら逃げ始めた。
トラックに柵が備え付けられているから、逃げ場はない。

それまでマイペースに走っていたワタシの後を、猛然とダッシュしてきた集団がどんどん近づいてきた。生命の危機を感じると人はいつも以上の力が出るものだ。

そんな状況を見守っていた銀次郎は、合宿の本来の目的を叫んでいた。

「必死に走るのはいいが、二位はしっかり目指せよ!」


その後、「音楽」やら「算数」やら「道徳」やら、学校の授業のようなものをこなしていったのだが、それ以外にも寝起きや食事まで全てにおいて、

「二位を目指せ!」
「二位を意識しろ!」
「二位が栄光だ!」

二位、二位、二位…いい加減に聞き飽きていたワタシ。
いや、ワタシを含めた参加者全員が最終日を迎えた頃にはげんなりした顔をしていた。


結局何も得るものがなかったと思い、帰りのバスを待ちながらため息をついていると、

「何だか浮かない顔をしているな」

銀次郎だった。

そのままワタシが腰かけていたベンチの横に座り、目の前に広がるもこもこした山々をワタシと一緒に眺めていた。

「この合宿って何の意味があったんでしょうか」

ワタシは辺りの景色に目を向けながら率直な感想を伝えた。

何ら意味のなかった無為な時間。
これならひたすら練習していた方がまだ気が晴れたはず。

ワタシの物言いがきつかったのか、銀次郎からは何ら返答がない。

ーーちょっと言い過ぎたかな

この何とも言えない沈黙に耐え切れそうにないと思い、口を開いたその時、

「この合宿に意味なんてないよ」
「えっ」
「これはただの道楽だからさ」
「はあ!?」

ワタシは隠すこともせず、思い切り非難を込めた返事をした。

「合宿前の事前アンケートで君は「万年二位をどうにかしたい」ということを書いてあったね。では君に聞くけど、一位になったらその後は?」
「え?」
「一位を目指すのはいい。でも、必ず上には上がいる。君がどんなに足が速かったとしてもどんなに頭が良かったとしても、そのさらに上なんてごまんといる」
「…」
「だから君の周りだけで一位になったとしても、その先自分がどのようにしたいのか、明確にする必要はあるんだよ。ただ、一位を目指しているだけでは途中で心が折れる」

銀次郎からの言葉はワタシが常に拘っていた「一位」への執念に揺らぎをもたらした。

「昔、陸上部の顧問をやったことがあってね。教え子の中に君のような女子高生がいた。とにかく「一位が欲しい」という執念を持っていた。そこで何とか一位にしてやりたいと必死でその子を鍛え上げたんだ。すると、一年後のインターハイで当時の高校記録を塗り替える快挙を達成した」

そこまで話した後、銀次郎はしばらく沈黙した。
銀次郎の表情に暗い翳が差してきたように思った。

「その後、どうなったんですか?その女の子」

ワタシが沈黙に耐え切れずに問いかけると、

「陸上を辞めてしまった。あんな逸材、当分いないだろうと思っていた。でも、彼女は辞めてしまった」

さらに言葉を続ける。

「栄光を勝ち取ったその後に目標を見失い、酷いときには悲劇的な末路を辿った者は多い。彼女は最悪の事態は免れたが、相当思い詰めていたようだ。周囲の期待がプレッシャーになり彼女を潰した。そして、俺も彼女を潰した一人だ」
「銀治郎さん…」
「だから君も考えてみてほしい。自分が望むべき結果を手にしたとき、どのような気持ちになるのかを」

そして銀治郎は、ポケットから小瓶を取り出し、それをグイッと飲み干した。


ワタシが一部始終を見ていることに銀治郎が気づいたのはだいぶ経ってからだった。

「ああ、これ?ウイスキーだよ。こんな素晴らしい景色で真っ昼間から飲むウイスキーは最高だよ、な?」



夏休みが終わり、二学期がスタートした。

勉強量や練習量は変わっていない。
でも、合宿後から向き合い方が変わったように感じた。

そして中間テストの結果は、
一位だった。

「アスカ〜やったね!汚名返上、じゃなかった、名誉挽回だね!」

一緒に掲示板の貼り紙を見ていた友人たちから祝福の言葉をもらったが、心から喜びが湧いてこなかった。

ーートップになったのに、何だろうこの力が抜けた感覚は

一方で陸上部では秋の都大会に出場して、八百メートル走で見事優勝を果たす。

タイムは夏のインターハイ優勝者を上回るどころか、高校記録にあと一秒に迫る好記録だったが、その時も喜びが爆発することはなかった。



その翌日。
学校から帰宅すると、ちょうど母からLINEでメッセージが入った。

「最近のアスカを見ていると何だか釈然としない感じね。その感覚、よく分かるよ。でもお母さんと違ってアスカならきっと乗り越えられる。自分のことを信じて頑張って」

LINEのメッセージを読みながらダイニングテーブルに腰かけると、一枚の封筒が置いてあった。

封筒の中身を確認すると、そこには一枚の写真が入っていた。


少々色褪せているそれには、陸上競技場の電光掲示板の横で八百メートル走と思われるタイムに向けて両手で指差しながら微笑んでいる、ワタシにとてもよく似た少女が写っていた。










イラスト:Alpaka





今回の物語を書くにあたり、Alpakaさんにイラストをお願いしていました。

Alpakaさん、ステキなイラストをありがとうございました🎵




いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集