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君のコレクション|ショートショート

近所の湘南海岸を散歩していたら、波打ち際を歩いている女の子がいた。


小柄な身体に似つかわしくないほどしっかりとしたカメラをぶら下げているので、ただの散歩ではなく何かを撮るために海岸まで来たように見えた。


季節は2月。


まだまだ海風が冷たい季節に、何を撮ろうというのか


俺は遠目から見ていると、女の子は立ち止まり、レンズを空に向けた。



カシャッ



乾いたシャッター音が海風に乗りながら俺の耳元に届いた。



数日後。


海岸でまたあの子がいた。

首からはこの前と同じように一眼レフカメラがぶら下がっている。

以前のように遠目から様子を見ていたところ、女の子がカメラを持ち、何かにフォーカスし始めた。


レンズの先には、波打ち際を幸せそうに歩いているカップル。


女の子は、数秒間静止したあと、シャッターを切った。



カシャッ



!?



俺は一瞬、理解できなかった。

波打ち際を歩いていたカップルが、忽然と消えたのだ。


俺は一部始終を見ていたから分かる。

あの子がシャッターを切った瞬間に、カップルが消えたことを。


あのカップルはどこへ?


女の子はカメラの液晶画面に映し出された画像に満足したのか、可愛らしく微笑み、そのまま波打ち際を歩き始めた。


俺はあまりの出来事に呆然としながら女の子を見送ることしかできなかった。



さらに数日後。


世の中が『旅客機行方不明事件』で騒然としている中、俺は数日ぶりに海岸に来たら、またあの子が歩いていた。


先日の出来事があってから、何だか気味が悪くて散歩していなかったのだが、運悪く出くわしてしまった。


逃げたほうがいい


俺の第六感がそう告げていたので後ろを振り向こうとした次の瞬間、目の前の光景に身体が硬直して動けなくなった。


なんと、女の子が俺にレンズを向けたままじっとしているではないか。


心臓の鼓動が激しくなる。
冬だというのに身体からは嫌な汗が噴き出し、足がかすかに震え出す。


ちょっと待て!


俺は遠くで今にもシャッターを切ろうとする女の子に向かって、咄嗟に腕で「☓」のジェスチャーをした。


カメラを下ろさない、女の子。

必死に訴える、俺。


そんな状況がどれほど経っただろうか。

女の子は観念したのか、カメラを下ろしてこちらに向かってきた。
どうやらシャッターは切られなかったようだ。


女の子が目の前まで来て、開口一番に言い放つ。


「何で分かったんですか?」


その子の瞳はキラキラと輝いていて、見つめていると今にも吸い込まれそうになる。


「その、前に見ちゃったんだよ、君がシャッターを切った瞬間、カップルが消えたところを」


「ああ、あの時にいたんですね」


女の子は嫌なところを見られたと思ったのか、苦笑を浮かべた。


俺は単刀直入に聞いた。


「もしかしてそのカメラ、人の魂を吸い取るのか?」


昔の人はカメラを撮られるときに「魂が吸い取られる」と信じて、その当時の写真はどれも苦い顔をした写真が多かったようだ

ただの迷信だと思っていたのだが


「魂までは取りません。ワタシのコレクションになるだけです」


「コレクション?」


「はい、ワタシのカメラの中で画像となって生き続けているのです」


それを聞いた俺は、ある事件を思い出した。


「まさか、今ニュースになっている『旅客機行方不明事件』も」


「あれもワタシです」


女の子のあっけらかんとした態度に、怒りが沸々とこみ上げてきた。


「君、それがどういうことか分かっているのか!沢山の人たちを巻き込んでいるんだぞ?君がカメラに収めた人たちだけでなく、行方不明者を捜索しているもっともっと沢山の人たちが」


そこまで言い放ったところで、女の子の表情が曇り、瞳に涙が溢れてきた。


「今回は、見なかったことにしていただけませんか」


「そんなことできるわけないだろ」


「お願いです!見逃してください!ワタシ、このカメラがないと生きていけないんです。カメラで幸せそうな人を撮ってコレクションにすると、ワタシの中で生きていく希望が膨らむんです」

「沢山の人々を困らせていることは分かっているんです!こんなこと許されるはずはないって。でも、でも、ワタシも幸せになりたいんです!」


そこまで言い切ったとき、女の子の瞳に溢れていた涙が一気にこぼれ落ちた。


「生きる意味を見失ったとき、たまたま通りかかったお店でこのカメラが売られていて、心が引き寄せられるように手に取りました。被写体そのものがカメラに取り込まれることに始めは驚き怖くなりましたが、被写体の画像を見ると何だか生気が湧き上がってきて」


「それで止められなくなったんだな。君が生きる意味を失ったことについては同情したいが、やっていることには賛成できない」


「・・・」


「俺に一日考える時間をくれ」


「?」


「明日、同じ時間にこの場所に来る。それまでは絶対にシャッターは切るな。約束してくれるか?」


「・・・はい」


女の子の瞳から光が消え、心の闇が表出したような混濁した瞳に変わっていた。



次の日。


俺が海岸に顔を出したときには、既に女の子が砂浜で座って待っていた。

女の子の隣に座り、湘南の波の音を聞きながら話し始めた。


「・・・実は俺はこの世からいなくなろうとしていたんだ」


唐突に言われて女の子がハッと俺の顔を見た。


「仕事を失ってから家族はバラバラ。俺の両親は既に他界し、残されたのはこの茅ヶ崎にある実家だけ。これまで生きてきたけど傷つくことばかり。もう辛い思いはたくさんだ。だからいつあの世に行こうかずっと考えていた」

「そうしたら君に出会った。その不思議なカメラの話を聞いてから、俺のこの世で最期の写真を撮ってもらおうと思い立ったんだ」


「・・・」


「だからそのカメラで俺を撮ってほしいんだが、撮るのは俺が最後にすると約束してほしい。これ以上他の人を悲しませることは許さない」


女の子は俯いたままずっと無言だった。


俺は立ち上がり、子どもの頃から見慣れている江ノ島に背を向けて、女の子に満面の笑みを向けた。


「さあ、人生最期の写真だ。格好よく幸せそうに撮ってくれよな」


「・・・」


女の子もスッと立ち上がり、カメラレンズを俺に向けた。


「辛くなったときは俺の写真を見てくれ。俺はいつも君の側で見守っているから」


人生最期の笑みを浮かべる俺とは対照的に、女の子の顔は強ばっていた。

カメラを持っている手が震え、ピントが合わずなかなかシャッターが切れない。

そして、女の子との瞳からは溢れんばかりの涙がこぼれ落ちていた。


「おいおい、最期なんだから笑顔で撮ってくれよ」



これでこの世ともサヨナラだ


悔いがあるとしたら一つだけ


俺は出会った瞬間から君が好きだった
人生最後の一目惚れだ


俺の気持ちを伝えたところできっと戸惑うだけだろうし、
仮にこのまま生きていたとしても君を幸せにすることはできない


だからせめて君が生きるためのコレクションの一つとして
ずっと君の側にいたい




そう、俺は君のコレクションになりたい








女の子はシャッターを切った後、
ついさっきまでその場にいた男のことを考えていた。

絶え間なく涙が流れる。


あの人の分まで生きていこう


そう決心して、涙を拭いながら男を撮った画像を確認しようとした。





ええー!?






完璧なまでの「逆光」だった。

男の会心の笑みが、ただのまっくろくろすけになってしまっていた。
大量の涙で見えておらず、レンズ越しの状況を把握していなかったのだろう。


すると、目の前を強い風が吹いて女の子はその場で尻餅をついた。


何事かと思ったとき、あっと思った。
カメラが、ない。


ふと空を見上げると、ピ~ヒョロロ~と鳴きながら空高く舞い上がっていく鳶。

その足にはあのカメラ。



・・・


女の子は、カメラを持った鳶が江ノ島に向かって飛んでいくのを、いつまでもいつまでも見送っていた。



(3,092 文字)



■今回のショートショートは以下のマガジンに収めています😌

■小説・ショートショート専門マガジンに参加中です✨️


今回のサムネは、前回に続き、Alpakaさんからお借りしました🎵

いつもステキなイラストをありがとうございます😌



次回の「よしまるショートショート劇場」は、4月5日(土)よる9:00に投稿します✨️

ここまで読んでいただきありがとうございました🍀



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