閉店前、甘酸っぱさの転換点|短編小説
――今日も来てほしいな
いつも通り、火曜日のシフトに入ったワタシは、更衣室で制服に着替えながら、いつも通り心の中で願っていた。
――よし、今日もはりきっていこう
そして背中に回したエプロンの紐をキュッと締めた。
大手カフェチェーンのアルバイトとして採用されてから、一年が経過しようとしていたある日の夜。
季節は外の桜の花びらは既に跡形もなく消え、変わりに新しい芽吹きが生まれようとしていた。
これまで見たことがなかった濃紺のスーツ姿の男性客がレジにやってきた。
「いらっしゃいませ」
ちょうどその時間はレジ担当だったので、その男性の接客をした。
時間は夜の九時を回っており、夕方頃はほぼ満席だった店内も、一人また一人と帰っていき、半数以上の席が空っぽだった。
「えーと、ブレンドのMで」
「ブレンドのMですね。五百円になります」
新卒のようなあどけない顔立ちながら落ち着いた雰囲気の男性を見て、社会人として何年か経っているのかなと勝手に想像した。まだ二十代だろう。
「あちらのカウンターからお出ししますね」
そう言ってワタシはこの男性客にレシートを渡した。
その後、男性客はドリンクを受け取ると、空いていた窓際に座って、読書を始めた。
それからというもの、この男性客は決まった曜日、決まった時間に来店するようになった。
そして飲み物も決まって「ブレンドのM」。
大学生のワタシは、テスト期間や長期休暇期間を除けば、火、木、土の夕方五時~十時だが、この男性客も、火、木、土に来店する。
土曜日は、上は無地のトレーナー、下はジーパンというラフな服装で入店してきては、変わらず安定の「ブレンドのM」を注文する。
始めは毎日来店しているかと思っていたのだが、たまに別の曜日で出勤すると、その日は来店してこなかった。男性客にとって、火、木、土がこのカフェへやってくる「シフト」のようだ。
カフェの前に立っている桜の木が燃え上がるような新緑を帯びていたある日のこと。ワタシは試しに別のドリンクを勧めてみようと考えた。
――もう少し彼を知りたい
これまで一言二言で終わってきた関係を少しでも前進させたい。その一心で思い立った作戦だった。
いつも通り彼がやってくるなり、
「いつもご来店ありがとうございます。もしよろしければ期間限定のコーヒー豆を使用したスペシャリティコーヒーは如何でしょうか?」
ワタシの心臓の鼓動が激しく揺れる。
一方で、普通のブレンドコーヒーより三百円も高い飲み物を果たして勧めてよかったのだろうかと罪悪感も同居していたが、彼は即答だった。
「ああ、いえ。いつものブレンドのMで」
彼がコーヒーを片手に空いていたカウンター席に座り、本を取り出している姿を見て、勧めたコーヒーを断られたことなどすっかり忘れていた。
――い、いま、「いつもの」って言ってくれた!?
「ねえねえ琴音ちゃん」
「へ?」
「大丈夫?お客さん、待ってるよ」
ワタシは嬉しさのあまり、記憶がどこか彼方を歩いていたようだ。目の前には眉間に皺を寄せてコツコツと人差し指でメニュー表を叩いていた老婆が立っていた。
しかし、あの日以降、「いつもの」という言葉は追加されずいつも通り「ブレンドのMで」に戻ってしまった。
何度も別のドリンクを勧めるわけにもいかず、がっくり肩を落とす。
――少しは近づけたと思ったのに
それでも彼はいつもように決まった曜日・時間に来てくれた。それだけでも仕事に張りが出た。
それから数ヶ月経った頃。思ってもみなかったことが起きた。
実家近くに暮らしていた、昔から大好きな祖母が自宅で倒れ急遽入院することになった。
命に別状はなく単なる貧血のようだったが、大事を取ってしばらく入院にいることになり、ワタシも定期的にお見舞いに行っていた。
そのため、バイトのシフトが不定期になり、彼と会わない日々が続いていたが、久しぶりにレジで再会したとき、
「えーと、ほうじ茶ラテのMで」
「えっ、ほうじ茶ラテ?」
「あ、ええ、ほうじ茶ラテで」
我が耳を疑ってしまい、間抜けな返し方をしてしまった。
――いつもの「ブレンドのM」ではなかった。ワタシが知らない間に変えたのかな
彼は空いていた中央の席に座るなり、スマホを取り出し、ほうじ茶ラテを飲みながらスマホで何やら一生懸命打ち込んでいるようだった。
祖母が無事に退院し、通常の火、木、土に戻したものの、今度はその曜日に現れなくなってしまった。
「最近元気ないけど、平気?」
店長の益田さんから声をかけられてやっと自分が元気がないことに気づいた。
「いえ……大丈夫です」
今にも瞳から悲しみが零れ落ちそうだったが、何とか踏ん張った。
そんなワタシを奈落の底に叩きのめす出来事が。
夏の猛暑だったことがまるで嘘のように感じられるほど涼しくなった土曜日の夜。
「いらっしゃいま……」
そこで無意識に頭の中がフリーズした。
久しぶりに会った彼の横には、もう一人女性が立っていた。年ごろは彼と同じくらいだろうか。
「えーとほうじ茶ラテのM」
「私も同じのでいいや」
彼より少し身長が低く可愛らしいその女性は、同じものを注文するなり、彼の背中にそっと手を置いた。
ーー手を添えるなんて、付き合っていなきゃ、やらないよね……
「ほうじ茶ラテのMをお二つですね」
ワタシの顔はきっと歪んでいたに違いない。
ーーカノジョ、いたんだ……
最近ほうじ茶ラテに変えたのはこの彼女の影響だろう。
ワタシは目の前にいる二人を直視できず、ずっと目線を反らせたままだった。
二人がドリンクを受け取り、窓際の二人席に座るなり、談笑している。
ーーもう消えてなくなりたい
ワタシのココロは大いに荒れ狂い、今にも喉の奥から何か嫌なものが吐き出されそうなほど苦しくなった。
すると、背中を向けて座っていた彼女が振り向いてワタシと目が合った。その目線を変えず何かを話していた。もうこっち見ないで。
その後も和気あいあいと話していた二人は、三十分ほど経ってやっと退店した。その後ろ姿を見送ると、あの彼女が彼の背中に手をあててさすっていた。彼の横顔は笑顔だった。
女性からのボディタッチって男性って好きなんだろうなと思いながら、胸の奥で膨らみ続けているこの突っかかっているものを、スプーンか何かでほじくり出したい気持ちだった。
あれから月日が流れ、新しい年を迎えて周りがソワソワしている頃になってもあのショックから立ち直れず、この日は急遽バイトを休んだ。
この前のクリスマスイブは水曜日だったが、カレシがいないワタシには予定がなかったので率先してシフトに入れた。もしかしたら彼が来店するかもという一縷の望みをかけて。
だが、彼は来店しなかった。
それはそうだ。だってカノジョいるんだから。
いつも笑顔でよくしてくれている店長の益田さん。ワタシの理想で尊敬している女性。そんな益田さんに迷惑をかけてしまった。そのことの罪悪感もワタシの落ち込みに拍車をかける。
ベッドの上でうつ伏せになり顔を枕に埋めながら「もうバイト、辞めようかな」と思っていたところ、電話が鳴った。益田さんからだった。
「ゴメンね、お休みのところ電話しちゃって」
「いえ、だいぶ良くなりましたので大丈夫です」
「琴音ちゃん、明日で良いんだけど、時間あるかな」
「ええ、明日は特に何も」
「分かった。では明日。無理しなくていいからね」
翌日。大学が終わった後に益田さんと会った。
待ち合わせ場所は、通っている大学のそばにある、レトロな雰囲気でカフェ好き界隈では割と有名なこぢんまりしたお店だった。
「ごめんね、体調落ち着いたかな?」
「よく寝られましたから大丈夫です」
「ホントに?目の下、クマできているよ」
「ああ、ええ……。嘘つきました。あまり寝られていません」
バイト中もうわの空でミスを繰り返すようになったワタシ。
それを見かねた同じ大学生の千鶴が益田さんに相談してくれたとのことだった。
ーー辞めさせられるのかな
だが、目の前にいる益田さんはそういった雰囲気はなく、いつものように穏やかな瞳でワタシを見つめていた。
「琴音ちゃん、彼のこと、好きなんでしょ」
「えっ」
「あの「ブレンドのM」ばかり頼んでいる彼」
「えーっと……」
もう隠しても仕方ない。ワタシは戸惑いながらもコクリとした。
「やっぱり。何でもっとも早く言ってくれなかったの」
「でもどうしてわかったんです」
「琴音ちゃん、いつも彼がいるとそっちばかり見ているから。それにレジの時もそうだし、彼にコーヒー淹れる時も他のお客さん以上に丁寧」
この人にはかなわない。
「店長、全部お見通しだったんですね。さすがです」
「だてに店長やっていないからね。お客さんの顔もそうだけど、仕事仲間の顔もちゃんと見ているからね」
そう言って注文したカフェラテに口をつける。オトナの上品さと色気が混じり合う。
「最近元気なかったのは彼のことかなと思って」
「はい……」
「もうこの際、気持ち、伝えたら?」
「えっ」
「脈ありなしに関係なく。どのみち悶々としているなら言った方がスッキリするよ。私もスッキリするし!」
「え、でも、彼にはたしかカノジョが」
「カノジョがいてもいいじゃない。付き合う付き合わないじゃなくて、純粋に気持ちを伝えたらいいの」
店長の励ましに少しずつ勇気を分けてもらえたような気がしてきた。
「何事も前向きにね。幸せが逃げちゃうぞ」
「はい、ありがとうございます。店長」
胸のあたりが何だかキュッと締めつけられた気がして手をあてた。
その日を境に少しずつ元気を取り戻してきたことに呼応するかのように、あの彼がまたワタシのシフトの日に来店するようになった。
「えーと、ブレンドのMで」
「ブレンドのMですね。いつもありがとうございます」
「お待たせしました。ブレンドをMをご注文のお客さま」
「あ、はい」
「お熱いのでお気をつけください。いつもお疲れさまです」
来店してくれることに自然と笑みがこぼれ、嬉しくなってついココロの声まで伝えそうになる。やっぱり、あなたのことが、好きです、と。
そして、二月十四日のバレンタイン当日。
その日は土曜日でちょうどワタシのシフトの日だ。
ーー彼に今の気持ちをストレートにぶつけたい。チョコレートとともに
きっと来店すると信じて、二日前にYouTubeを見よう見まねで何とか作った、バレンタインチョコ。今はバックヤードの自分の小さなロッカーの中で今か今かと待ち遠しくスタンバイしている。
レジで接客をしている合間に、時計をチラッと見た。
あと五分で夜の九時に差し掛かろうとしていた。
いつも同じ時間に来店するなら、そろそろだ。
緊張のせいか、握っていた手のひらにじんわりと汗が滲む。
でも、今日はバレンタイン。今夜だけはワタシに少しでも勇気を。そう言い聞かせて。
ーー今夜、来てくれる。きっと。
◆◆◆◆◆
『ええええええ!!それって、もはや、ストーカーでしょ!!』
電話越しから聞こえてくる一段と大きな声に耳がツーンとなった。
「シッ!ちょっと、声デカいよ!周りに聞こえちゃうから!」
『だって、シフト見計らっているんでしょ!?そんなのもう立派なストーカ……』
さらに甲高い声にレベルアップしたので、一方的に電話を切った僕は、ハアと軽い息を吐き出した。
就職先から近いという理由から同じ都内にある実家から出て、一人暮らしを始めた頃。
最寄り駅に隣接している大手カフェチェーンに通い始めたのは、たしか新緑が次々と芽生え始めた五月頃だっただろうか。
入社してまだ間もなく、仕事になかなか慣れず残業が続いて疲れ切った顔で最寄り駅まで帰ってきた、ある火曜日の夜。
それまでは入ったことがなかったこのカフェにふらっと入り、オレンジジュースか何かをテキトーに飲もうとレジに向かったところ、
「いらっしゃいませ」
よく透き通った声に改めて声の主に目を向けると、ロングヘアを束ねたまだあどけなさの残る女性店員が微笑んでいた。
ドクンと心臓が一度鳴り響く。
僕は一瞬時が止まったが、すぐに我に返ると、メニュー表も見ずに咄嗟に、
「ブレンドのМで」
と伝えてしまった。
「ブレンドのMですね。五百円になります」
ーー何考えているんだよ。コーヒー、飲めないし
取り消せばいいものの、レジ打ちしていたし、この店員さんを困らせたくないのでそのまま千円札を目の前にある木の受け皿に置いた。
「五百円のおつりですね」
おつりの五百円玉を受け取ろうと手を差し出すと、その店員さんは掌に五百円玉を乗せると同時に、もう片方の手を僕が差し出した手の下に添えてきた。
「あちらのカウンターからお出ししますね」
レシートを受け取って、ドリンクが出るのを待っている間、僕のアタマの中はゆでダコのように熱を帯びていた。
僕は恋愛に関しては単純だ。
この手を添えられただけで、一気に恋の歯車が廻り始めていた。
空いていた窓際の席に座るなり、気を落ち着かせようと本を取り出して読もうとしたのだが、あの店員さんの顔が頭から離れない。
ふと本から目を逸らしてレジの方をこっそり見ると、他のお客の対応をしているあの店員さんは、僕の時と同じく、おつりを渡すときに手を下に添えていた。
ーーそれはそうだ。僕だけが特別扱いされるわけがない
また本に目を移しながら、先ほど注文したコーヒーカップに手を伸ばし口に含んだ。
やっぱり苦い。
僕の舌はすぐに拒絶反応を起こし、さらに「勝手に勘違いする痛いオトコ」と思ったら、口の中で苦みが一層増した。
初めて来店した火曜日から一ヶ月ほど、仕事帰りや休日の夜に続けて通ってみたところ、あの店員さんはどうやら、火、木、土にシフトを組んでいるようだった。
レジで対応してくれた時はその時のレシートを財布の内ポケットに忍ばせ、ドリンクを入れてくれた時はそのカップの温もりを噛みしめていた。
いつしか、僕は毎回「ブレンドのM」を注文するようになり、そして、これまで苦くて飲めなかったコーヒーが、ほのかに漂うフルーティな香りとともに好んで飲むようになった。
一度、あの店員さんに「スペシャリティコーヒーは如何ですか?」と勧められたけど、お店に入ってから頭の中は「ブレンドのM」しかなかったため、素っ気なく「いつもの」と付け加えながら拒否してしまった。せっかく勧めてくれたのに…堅物な僕自身に幻滅したこともあった。
そういった経緯を双子の妹・月に話した後の反応が、最初の件のとおりだ。
その後もご丁寧にLINEまで送ってきた。
『もらったレシート集めているなんてキモすぎてトリハダ(怒)太陽って何かにめり込むと怖いときあるから気をつけてよ!』
月の気さくなタイプと違い、僕は一つのことに集中するタイプ。
恋愛に関してもそうだ。好きな女の子ができたらずっとその子しか見ていない。
それだからだろう。現在まで、年齢=カノジョ歴なし。月からは、「ただの面食いじゃないの?」と呆れられているが、でも好きではないものを無理矢理好きになるのもどうかと思っていた。
『注文変えてみたら?』
ある日、月と電話しているときに不意にそう言われた。
『いつも「ブレンドのM」でしょ?その子を振り向かせたいなら、ちょっとした変化をつけたら向こうも「あれ?」って思って太陽を意識してくると思うなあ』
「月の恋テクは聞き飽きたよ」
月は自身の恋愛テクニックで多くの男子を好きにさせたと言う。
周りから計算高い子に見られないか、心配になる。
『もう、そんなだからいつまで経ってもカノジョできないんだよ』
「余計なお世話」
『妹として兄を心配している気持ち、そろそろ分かってよ』
月からのアドバイスに従って注文内容を変えようとするも、肝心のあの店員さんがいない。
シフトの曜日、変わっちゃったかなと思い、仕事帰りに毎日店内を覗いてみても不在のようだった。
一週間経ってもいない状況にもしかして辞めちゃったかなと落胆し始めていたが、火曜日の夜に覗いてみるとレジには久しぶりに見るあの店員さんの姿があった。内心ホッとしてレジに向かう。
たった一週間会えなかっただけで、意中の店員さんがさらに可愛く見えた。
「いらっしゃいませ、こんばんは」
「えーと、ほうじ茶ラテのMで」
「えっ、ほうじ茶ラテ?」
「あ、ええ、ほうじ茶ラテで」
店員さんの表情が一瞬戸惑ったのが分かった。
きっと僕が「ブレンドのM」を頼むだろうと予想していたからだろう。いつもと雰囲気が違う店員さんを見て、申し訳ない気持ちとともに、意識してくれているんだという安堵感が僕のココロの中で溶け合っていた。
空いている席に着くなり、月にLINEで報告した。すると速攻で返事が返ってきた。
『太陽の気持ちを焚きつけるつもりはないけど、何となく脈ありじゃなかな?次は太陽は我慢できないかもしれないけど、数日間カフェ通い止めてみてよ』
『なんで?』
『そうすればさらに太陽のこと意識しそうな気がする。人の恋を部外者が見ている分には面白いね!』
いつもなら読書して過ごす時間を、月とのLINEのやりとりで全て費やしてしまった。
月の追加アドバイスを受けて、一週間ほどカフェ通いを止めた。どうしても行きたくなって何度も足を運ぼうとしたけど、我慢した。
これまで月からの的確なのか自己満なのか分からないアドバイスでいろいろと助けてもらってきたから。
物静かで頼りない僕を、妹として必死に支えてくれてきたことは痛いほど感じていた。
『今度の土曜日、ワタシもカフェ一緒に行っていい?』
「店員の子を見たいだけでしょ」
『バレた?太陽のハートを射止めた子を確認することは、双子の妹としての責務がありますから。結婚したら義理の姉になるわけですし』
その土曜日。妙にヒンヤリとした夜だった。
月と駅の改札口付近で待ち合わせしていると、遠くから月が手を振りながらやってきた。
濃紺のワンピースに白のカーディガン。どんな男性でも目を引きそうなスラッとした体型。いつの間にこんなに大人びたのだろうか。
「随分とオシャレしてきたね」
「だって、将来のカノジョさんに会うんだから。しっかりとした服装にしないと、ね」
その一言で、僕の心臓の鼓動がドクドクドクと激しさを増した。婚約したカノジョと一緒に親へ挨拶するときもこんな気持ちなのだろう。
表情が凝り固まったままレジに行くと、いきなり本命の彼女が立っていた。
――何この緊張感……
「太陽?注文しよ」
「あ、ああ。えーとほうじ茶ラテのM」
「私も同じのでいいや」
月はそう言うなり、僕の背中に手を添えた。その手がとても優しく感じられた。
「ほうじ茶ラテのMをお二つですね……」
お目当ての店員さんは何だか表情から動き、口調まで全てのことが固かった。いつもなら視線を合わせて話してくれるのに、今日はずっと視線を反らせたままだった。
その後、ドリンクを受け取るなり、二人で窓際の席に座ると、ドッと疲れが顔に滲んだ。
「お目当ての子ってさっきのレジの子だよね。太陽、ド緊張していたね」
「月がいるからだよ。何だか品定めされているようで正直嫌だった」
それを聞いた月が後ろに振り向いて、レジにいる彼女の顔をまじまじと見ながらほうじ茶ラテを啜る。
「まあまあ。ワタシが想像していた子より断然可愛かったし、愛想も良さそう。今日はちょっと固そうだったけど。ワタシがいたからかもしれない。めんごめんご」
「めんごめんごっていつの時代なの?死語じゃない?」
ここでやっと僕の顔から笑みがこぼれた。いつもは辛辣な月がお墨付きしてくれるといつも嬉しくなる。
三十分ほど談笑した後、月がこの後友達と約束しているとのことで、お店を出た。
「あの子、絶対良い子だよ!見て確信した!お目が高い!」
そこで月が僕の背中に手を回して二度三度さすった。
その後年末にかけては仕事が忙しくてあまりカフェに通う余裕がなくなっていた。
クリスマスイヴは早めに仕事が片付いたものの、もしカフェに行って彼女がいなかったら、カレシがいるんだと想像してしまうのでそのまままっすぐに帰宅して、コンビニで買ってきたロールケーキとブドウジュースで、一人クリスマスイヴ気分に浸った。
年が明けて、仕事も落ち着いてきた頃、久しぶりにあのカフェに寄った。
すると、ちょうど彼女が接客中だったのだが、僕がレジに並んだところを見るなり、大きな瞳がさらに大きく見開いたように見えた。
「えーと、ブレンドのMで」
「ブレンドのMですね。いつもありがとうございます」
今日の彼女の顔は、何だか気持ちが澄んだような吹っ切れたような、そんな表情だった。
その後は以前のように火、木、土と来店すると、僕の気持ちに応えてくれているかのように常に彼女が働いていた。
――バレンタインの日に想いを伝えよう
バレンタインまであと三日に迫っていた。
通常は女の子からチョコを渡して告るのだろうけど。今年のバレンタインは土曜日。そこで来店してシフトに入っていなかったらカレシがいるんだろうと考え、潔く諦めよう。でももしシフトに入っていたなら……。
そしてバレンタイン当日。
僕はいつものように夜九時に来店しようと玄関で靴を履き始めた。
心臓がはち切れそうなほどの鼓動が聞こえてくる。もう決心したんだ。言わずに後悔するより言った方がいい。
ついさっき、月にこれから告白することを告げた。
いつもなら一言二言辛辣なことを言っている妹だが、『太陽ならきっと上手くいくよ!応援しているからね!』と、いつもと違うトーンで返してきた。短くてありきたりな文面だけど、兄思いが伝わるには十分だった。
意を決して、靴紐をギュッと力強く結んだ。
ーー今夜、お店にいる。きっと。
◆◆◆◆◆
何となく二人がソワソワしている様子を見ていた店長の益田奈々は、今にも二人とも抱きしめたくなっていた。
若いって羨ましい。
恋しているって顔にそのまま出ているから。
一月なのに季節外れの陽気だった日の昼下がり。
私がテーブル拭きで店内を回っていると、人を惹きつける何かを持っているような雰囲気を自然と醸し出している女性が座っていたが、何だかソワソワした感じで店内をキョロキョロしていた。
「お客さま、どうかなさいましたか?」
私が声をかけると、その女性は他を魅了する大きな瞳を向けるなり、
「あのー、ここで働いている子なんですけど。後ろ髪をお団子にしている」
「人違いだったら申し訳ないけど、もしかしてブレンドのMくんのカノジョさん?」
「あー!はい!そのブレンドのMの双子の妹です!」
「双子!?」
「そうなんです。二卵性なので似ていませんが」
「私はてっきりブレンドのMくんのカノジョだと思っていたわ」
「一回だけ太陽と来ました。ああ、ブレンドのMは、太陽って名前なんですけど」
「へえ、太陽くんって言うんだ、彼。物静かなイメージとのギャップが母性本能をくすぐるね。太陽くんの顔はよく覚えていましたし、えーと」
「月と申します」
「月ちゃん、可愛い名前。太陽くんと月ちゃんが来店されたとき、美男美女カップルだなと思って、私の脳裏に焼き付いていたから。今も「ああ、ブレンドのMくんのカノジョだ」ってすぐに察したよ」
私がそういうと月ちゃんはエヘヘと照れたような顔をした。その顔が愛くるしい表情に私も自然と笑みで返した。
「ああ、申し遅れましたが、私は店長の益田です」
「店長さんだったんですね。あのその、例のお団子アタマの女の子のことなんですが」
時計は夜九時半に差し掛かっていた。
私から許可を得た琴音ちゃんが、窓際の席に座っていた太陽くんのところに近づく。
他のお客さんの目を憚りながら、例のアレを携えて。
太陽くんに話しかけ、店外へと出て行く。
私はこの恋の結末が分かっている。まるで「恋の神さま」のように。
――何だか妬いちゃうな、あの二人に
ココロの中で呟いたつもりが、何だか外に出してしまったような気がして慌てて店内を見渡した。閉店間近のため店内は閑散としており、それぞれお客さんが思い思いにくつろいでいた。
ーーあの時、あの二人のように勇気があったらなあ…
私は窓の外で向かい合っている二人から視線を逸らし、ブレンドのMくんが座っていたテーブルを丁寧に拭いた。
■今回の短編小説は以下のマガジンに収めています😌
■小説専門マガジンに参加中です✨️
■創作系メンバーシップ「虹色創作部」に入部しています🍀
今日はバレンタインデーですが、いかがお過ごしでしょうか。
この物語は、始め前半パートで終わらせる予定でしたが、筆が進んだことから後半パートまで追加したらそれなりの文字数になりました(1万文字弱)。
ここまで読んでいただきありがとうございました🍀Happy Valentine's Day🍫
