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解体される家と一本のアイス|終わりがあるから、今日を味わえる【エッセイ編⑥】

今日は久しぶりに、午前中で大きな仕事が終わりました。

推薦書を書き終え、少し肩の力が抜けた私は、いつもより早く帰宅しました。

すると、我が家の斜め向かいで、一軒の家の解体工事が始まっていました。

住人がお亡くなりになり、ご親族が家を整理し、土地を売却することになったのでしょう。

詳しい事情は分かりません。

ただ、その家は静かに長い役目を終えようとしていました。

実は我が家も数年前にリフォームをしました。

そのとき改めて思ったのは、「家を建てる」というのは、実に大変なことだということです。

もちろん実際に建てるのは大工さんですが、間取りを考え、壁紙を選び、床材を決め、照明を選び……。

半年、いや一年近くかけて、「ここで暮らす未来」を家族で何度も思い描きながら、一つひとつ決めていった記憶があります。

そんな時間をかけて生まれた家が、今日は目の前で少しずつ姿を消していきます。

二階の窓からは、その一部始終がよく見えます。

大きな重機が油圧アームで柱をつかみ、力強く引きはがす。

砕かれた木材は、そのままトラックへ運ばれていきます。

四、五人の作業員は、重機の動きをまるで熟知しているかのように、絶妙な距離感で現場を動き回ります。

重機が取り切れなかった木片を拾い、鉄くずを分別し、次の作業へ。

数日前から窓ガラスを外し、飛散防止の処理を施し、今日という日のために準備してきたことも知っています。

今日は、この夏一番と言っていいほど暑い日でした。

見ているこちらが心配になるほどの日差しの中で、重機は何度か止まりながら、それでも黙々と仕事は続いていました。

私はというと、帰り道に買ったコンビニのアイスを食べながら、その光景を眺めています。

なんとも呑気な見物人です。

しかし、不思議なものです。

一生懸命につくったものが壊されていく様子には、どこか切なさがあります。

「この部屋には、どんな思い出があったのだろう。」

「この窓から、何を眺めていたのだろう。」

そんなことを考えてしまいます。

一方で、巨大な重機が家を豪快に壊していく様子には、どこか爽快さすら感じる自分もいます。

人の感情とは、ずいぶん複雑なものです。

そんな景色を眺めながら、ふと思いました。

どんなものにも、始まりがあれば終わりがあります。

終わりは、次の始まりでもあります。

しかし同時に、始まりとは、終わりへ向かう運命の始まりでもあります。

当たり前のことですが、私たちはその当たり前を案外忘れています。

例えば、高校受験。

受験生だった頃は、「この学校に入りたい」と必死に勉強します。

ところが入学すると、その頃の気持ちはすっかり忘れてしまいます。

授業についていけない。

部活が忙しい。

思っていた学校ではなかった。

そんな「今」の不満ばかりが目につきます。

そして卒業が近づくと、今度は「もう終わるのか」「三年間は短かった」と涙を流します。

始まりも終わりも知っているはずなのに、その途中では、すっかり忘れてしまうのです。


親も同じです。

小学校へ入学する日は、「一人で登校できるだろうか」「友達はできるだろうか」と心配していたはずです。

それが数年もすると、

「もっと勉強してほしい。」

「宿題をやらない。」

「成績が伸びない。」

「プリントを出さない。」

いつの間にか、「最初の小さな喜び」はどこかへ消え、次の目標ばかりを見ています。

人は、幸せになると、その幸せに慣れてしまう生き物なのでしょう。

そして、また新しい期待を積み重ねます。

もちろん、向上心は悪いことではありません。

でも、期待が大きくなりすぎると、それは期待する側も、期待される側も苦しくしてしまいます。


だから私は思うのです。

始まりのときの目標は、「ここまでできれば十分」というくらいでいいのではないでしょうか。

その先は、日々の小さな喜びを、一つずつ積み重ねていけばいい。


目の前では、一軒の家が少しずつ姿を消していきます。

人生も、きっと同じなのでしょう。

時間をかけて築いたものにも、いつか終わりは訪れます。

どんなに立派な人生を送った人も、静かな人生を送った人も、最後は皆、同じように人生を終えます。

だからこそ、大切なのは、途中なのだと思います。

未来ばかりを見て今を犠牲にすることでもなく、過去ばかりを悔やむことでもありません。

今この瞬間を、ちゃんと味わうこと。

今日という日、この時間、この場所でしか出会えない人との会話。

何気ない景色。

家族との食卓。

友人との笑い声。

暑い日に食べる一本のアイスでさえ、その日限りの出来事です。

人生は、案外あっという間です。

細かなことで悩み続けているうちに季節は過ぎ、気づけば人生も後半に差しかかっている。

だから私は、「今」を大切にしたいと思います。


今日、目の前で一軒の家が静かに役目を終えました。

やがて、その土地には新しい家が建ち、新しい家族の暮らしが始まるのでしょう。

終わりは寂しいものです。

でも、それは誰かの新しい始まりでもあります。

明日もまた、何気ない一日が始まります。

その「何気ない今日」こそが、いつか振り返れば、かけがえのない一日になるのだと思います。





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