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自分だけの頑張りで終わらせない構造を作れば、みんなが幸せになる

一人でできないことは当然あり、色んな人が自分の見えないところで動いていってもらうことで仕事は完成されていく。
それと同時に、自分ももちろん頑張る。
しかし、人が頑張れる場所、デビューできる場所を構築することが最も重要なのではないだろうか。
場所さえできれば、人が働き、その人の個性を最大限に発揮して作品を生み出してくれる。
動く人にとってメリットになる場所ができていればいい。
動くほど、メリットが繋がるコミュニティができたならば、自分が普段取り組んでいることもシェアするといい。
そうすると、相手もありがたく思うことだろう。
シェアが跳ね返り、相互作用によってさらに面白い世界が生み出されていく。
色んな人が見ている前で、色んな人が働きかけるチャンスが生まれるのだ。
この協働作業による知的創造のダイナミズムは熱い。


翻って、自分だけの頑張りで終わってしまってはもったいない。
自分一人だけが自分の頑張りを知り、その果実を味わったとしても成長のパイの大きさは限られる。
独力で、自分の夢や目標にも届くとは限らない。
ゴールの達成は、他人のアイデアや視点、労力を必要とすることもある。
自分の努力によって、自分が成長したことは確かなのかもしれない。
しかし、それで必要十分かと言われれば、十分ではないタイプの目標も存在するだろう。
仮に何でもできるとしたら、自分が本当にやりたいことは、一人でできるものなのだろうかと考えてみる。
多くの人を巻き込む必要があるならば、必然的に大人数にシェアできる構造が必要になってくるだろう。
たとえば、作家になって文章を書くにしろ、YouTubeで何か情報を配信するにしろ、そこには多くの人が関係する可能性がある。
作家になりたいと言いつつも、自分だけしか文章を見れない構造の中にいるのならば、夢の可能性は限りなく閉ざされることとなる。
その間口をこじ開けたい。
効率的にも自分の努力を知る人が自分だけという状況より、自分の姿勢がいち早く大勢に伝わり、誰かが何らかの仕事を回してくれるような構造があった方がいいだろう。
そして、自分のビジョンを共有し、協力して動いていけるようなチームであるならばなおさら、追い風になる。
しかも、それによってみんなが作品を共有し、達成感も得られるならばなおさらだ。


極論すれば、自分が寝ていても誰かが同じ方向に向かって一歩でも前へ、仕事を進めてくれる。
そして、自分が朝目覚めた時には誰かの頑張りを確認し、新しい発想を得て、そこに自分の頑張りも付け加えることができる。
この繰り返しで、決して一人では到達できない場所に行き着く可能性が生まれるのではないだろうか。
そうだとすれば、まず着手すべきはシェアできる場所の構築になる。
時間は多少かかったとしても、多くの人を集め、構造を作ることに割く労力は
後で何倍にもなって清算される。

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