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『人生には、取り消し線がない』


第一章 消したかった日

 僕には、消したい日がいくつもある。

 思い出したくない言葉。

 言わなければよかった一言。

 行かなければよかった場所。

 選ばなければよかった道。

 あのとき別の答えを選んでいればと思う瞬間。

 人生をやり直せるなら、最初に何を変えるか。

 そんな質問をされたら、僕にはすぐに答えられる。

 高校二年生の冬。

 あの日だ。

 僕は、友達と喧嘩をした。

 理由は、今となっては大したことではない。

 くだらない意見の食い違いだった。

 お互いに少し疲れていて、少し苛立っていて、少し意地を張っていただけだった。

 でも、僕は言ってしまった。

「もう、お前とは関わりたくない」

 その瞬間。

 友達の顔から、表情が消えた。

「……そう」

 それだけだった。

 僕も意地を張った。

「うん」

 友達は鞄を持った。

「分かった」

 教室を出ていく。

 僕は追いかけなかった。

 追いかければよかった。

 たった一言、

「ごめん」

 と言えばよかった。

 でも、言わなかった。

 その日の夜。

 僕はスマートフォンを何度も見た。

 メッセージは来ない。

 自分から送ろうと思った。

 でも、やめた。

 向こうから謝ってくるかもしれない。

 そんなくだらない期待をしていた。

 翌日も。

 その翌日も。

 友達は話しかけてこなかった。

 僕も話しかけなかった。

 意地と意地が、教室の真ん中に見えない壁を作っていた。

 そして。

 数日後。

 友達は学校を休んだ。

 その次の日も。

 さらに次の日も。

 僕は何となく嫌な予感がしていた。

 けれど、何も聞かなかった。

 聞く勇気がなかった。

 そして、一週間後。

 先生が言った。

「今日は、みんなに伝えておくことがあります」

 教室が静かになった。

「○○君ですが、家庭の事情で、しばらく学校を休むことになりました」

 僕は前を向いたまま動けなかった。

 家庭の事情。

 それ以上は教えてもらえなかった。

 僕は、その日の帰り道に初めてメッセージを送った。

『大丈夫?』

 既読はつかなかった。

 翌日も。

 その翌日も。

 既読はつかなかった。

 僕は何度も文章を打った。

『この前はごめん』

 消した。

『本当はあんなこと言うつもりじゃなかった』

 消した。

『また話したい』

 消した。

 結局、何も送れなかった。

 数週間後。

 友達は転校した。

 僕は最後まで、謝れなかった。

 それから何年も経った。

 僕は普通に大人になった。

 大学へ行き、就職し、仕事をして、毎日を過ごした。

 周囲から見れば、何も問題のない人生だった。

 けれど。

 心の中には、ずっと一つの文章が残っていた。

 ――あの日に戻りたい。

 もし戻れたら。

 あの言葉を消す。

 あの喧嘩を消す。

 友達が教室を出ていくのを止める。

 そして言う。

「ごめん」

 何度でも言う。

 だから僕は、過去が嫌いだった。

 過去には、取り消し線がないからだ。

第二章 もしも、が増えていく

 大人になると、過去の「もしも」は増えていった。

 高校時代だけではなかった。

 大学時代にも、後悔はあった。

 就職してからもあった。

 恋愛でも。

 仕事でも。

 人間関係でも。

 人生には、何度も選択肢が現れる。

 右へ行くか。

 左へ行くか。

 進むか。

 戻るか。

 言うか。

 言わないか。

 会うか。

 会わないか。

 そのときは、どちらが正解なのか分からない。

 だから選ぶ。

 そして後になってから思う。

 ――間違えた。

 僕は、ある日の日記を読み返していた。

 大学一年生の頃の日記だった。

『今日はアルバイトの面接に落ちた。最悪だった』

 その一週間後。

『別の店に採用された。こっちの方が雰囲気がいい。結果的にはよかった』

 さらに数ヶ月後。

『今日、バイト先で知り合った人と仲良くなった』

 僕はそこでページをめくる手を止めた。

 その人は、今でも僕の大切な友人だった。

 もし、最初のアルバイトに受かっていたら。

 その友人とは出会っていなかった。

 僕は少し考えた。

 落ちたことは、当時の僕にとって「失敗」だった。

 でも、今の僕から見れば。

 その失敗がなければ、出会えなかった人がいる。

 そこで僕は、初めて少しだけ疑問に思った。

 もしかして。

 僕が「間違い」と呼んでいるものの中には。

 まだ意味を知らないだけの出来事もあるのではないか。

 そう思った。

 でも。

 高校二年生の冬のことだけは。

 どうしても許せなかった。

 あの一言だけは。

 消したかった。

第三章 過去を編集する

 僕は昔から、文章を書くのが好きだった。

 だから、ある夜。

 ふと思いついた。

 過去を文章として書き直してみよう。

 パソコンを開く。

 新しい文書を作る。

 タイトルを入力した。

『高校二年生・冬』

 そして書いた。

『僕は友達と喧嘩をした』

 そこで一度止まる。

 その下に、あの日の言葉を書く。

『もう、お前とは関わりたくない』

 画面を見つめる。

 胸が苦しくなる。

 そして。

 僕はその文章を選択した。

 削除。

 消えた。

 画面が白くなる。

 僕は少し安心した。

 次に書く。

『僕は友達に謝った』

 その文章を見る。

 現実には存在しなかった出来事。

 でも。

 文章の中では起きた。

 僕は続けた。

『友達は笑って許してくれた』

『二人は以前のように話すようになった』

『卒業の日、僕たちは一緒に写真を撮った』

 書きながら。

 僕は泣いていた。

 こんな簡単なことだったのか。

 文章なら。

 過去は書き直せる。

 取り消せる。

 別の結末を作れる。

 僕は、その夜。

 何度も文章を書き直した。

 喧嘩をなかったことにする。

 言葉を変える。

 友達が転校しない世界を作る。

 二人が卒業まで一緒にいる世界を作る。

 そして。

 僕が謝る。

 何度も。

 何度も。

 僕はようやく、自分の中にあった後悔を消せたような気がした。

 文書を保存する。

 ファイル名を、

『もし、あの日に戻れたら』

 にした。

 そしてパソコンを閉じた。

 その夜は、久しぶりによく眠れた。

第四章 消したはずなのに

 翌朝。

 僕はいつも通り仕事へ向かった。

 電車に乗る。

 スマートフォンを見る。

 メールを確認する。

 何も変わらない朝。

 でも。

 僕の中では、少しだけ何かが変わっていた。

 過去を整理できた。

 そう思っていた。

 昼休み。

 昔の写真を整理しようと思い、スマートフォンのアルバムを開いた。

 高校時代の写真。

 文化祭。

 体育祭。

 卒業式。

 友達と撮った写真。

 その中に。

 あの日の少し前に撮った写真があった。

 僕と友達が、教室で笑っている。

 写真の中の僕たちは楽しそうだった。

 僕は写真を拡大した。

 友達の顔を見る。

 笑っている。

 その顔を見た瞬間。

 胸の奥が痛くなった。

 そして。

 僕は気づいた。

 昨日、過去を書き直した。

 あの喧嘩を消した。

 謝ったことにした。

 でも。

 現実の僕は。

 やっぱり覚えている。

 言葉も。

 表情も。

 教室の空気も。

 友達が出ていったときの背中も。

 全部。

 消えていなかった。

 僕はスマートフォンを閉じた。

 ――当たり前だ。

 文章を書き直したからといって。

 現実が変わるわけではない。

 過去は編集できない。

 できるのは。

 過去についての文章だけだ。

第五章 取り消し線

 その夜。

 僕はもう一度パソコンを開いた。

 昨日の文章を読む。

『僕は友達に謝った』

 嘘だ。

『友達は笑って許してくれた』

 嘘だ。

『二人は以前のように話すようになった』

 嘘だ。

 僕は、その文章を全部消そうとした。

 しかし。

 手が止まった。

 削除する前に。

 僕はその文章を眺めた。

 そして。

 その下に新しい文章を書いた。

『本当は、僕は謝れなかった』

『本当は、友達は帰ってこなかった』

『本当は、僕は今でも後悔している』

 そこまで書いて。

 僕は初めて、少しだけ楽になった。

 嘘を書いているときより。

 ずっと苦しいはずなのに。

 なぜか、呼吸がしやすかった。

 僕はさらに書いた。

『あの日の僕は、間違えた』

『言ってはいけないことを言った』

『謝るべきだった』

『逃げた』

 そして最後に。

『でも、今の僕は、あの日の僕ではない』

 その一文を書いた瞬間。

 僕はしばらく画面を見つめていた。

 過去は変わらない。

 でも。

 過去を抱えたまま生きる現在は変えられる。

 それは、当たり前のことだった。

 でも僕は。

 何年もかけて、ようやく理解した。

第六章 再会

 それから半年後。

 僕は、思いがけない連絡を受けた。

 高校時代の同級生からだった。

『今度、同窓会やるんだけど来る?』

 僕は迷った。

 行きたくない。

 そう思った。

 理由は一つ。

 あいつが来るかもしれない。

 そう考えたからだ。

 でも。

 僕は参加することにした。

 同窓会の日。

 店に入る。

 懐かしい顔が並んでいる。

「久しぶり!」

「お前、変わってないな!」

「老けたな!」

「お互い様だろ」

 笑い声。

 昔話。

 写真。

 酒。

 料理。

 僕は笑っていた。

 でも。

 心の中ではずっと探していた。

 あいつを。

 そして。

 店の扉が開いた。

 僕は息を止めた。

 入ってきたのは。

 あいつだった。

 高校二年生の冬以来。

 何年ぶりだろう。

 僕は立ち上がれなかった。

 友達が僕に気づいた。

 一瞬。

 目が合った。

 僕は反射的に目を逸らした。

 逃げたくなった。

 昔と同じだった。

 でも。

 今度は逃げなかった。

 僕は立ち上がった。

「久しぶり」

 それだけ言った。

 友達は少し驚いた顔をした。

「……久しぶり」

 それから。

 二人とも何も言えなかった。

 周囲の声だけが聞こえる。

 僕は、何度も頭の中で練習していた言葉を言おうとした。

 ごめん。

 あのときは本当にごめん。

 ずっと後悔していた。

 でも。

 口から出たのは。

「……あのさ」

 そこまでだった。

 友達が待っている。

 僕は深呼吸した。

「高校のとき」

「うん」

「あのとき、ひどいこと言ったよな」

 友達は少し考えた。

「……ああ」

「ごめん」

 友達は黙っていた。

 僕は続けた。

「あれからずっと後悔してた」

 友達は少し笑った。

「そうだったんだ」

「うん」

「俺も、ちょっと言いすぎたと思ってた」

「……え?」

「俺も謝らなかったし」

 僕は何も言えなかった。

 友達はグラスを持った。

「でもさ」

「何?」

「もう、何年も前だぞ」

「うん」

「今さら全部消せないだろ」

 僕は苦笑した。

「……そうだな」

「だから、消さなくていいんじゃない?」

 その言葉に。

 胸が詰まった。

 消さなくていい。

 僕はずっと。

 消そうとしていた。

 忘れようとしていた。

 別の物語に書き換えようとしていた。

 でも。

 消さなくてもいい。

 過去は過去のままでいい。

 その出来事があったことを認めたうえで。

 今から別の言葉を選べばいい。

第七章 人生には、取り消し線がない

 同窓会の帰り道。

 僕は一人で歩いていた。

 夜の街。

 店の明かり。

 車の音。

 遠くを走る電車。

 僕はスマートフォンを取り出した。

 昨日まで書いていた文章を開く。

『もし、あの日に戻れたら』

 そのタイトルを見て。

 僕は少し笑った。

 そして。

 タイトルを消した。

 新しく入力する。

『あの日から』

 それだけ。

 僕は文章を続けた。

『あの日を消すことはできない』

『あの日の言葉をなかったことにもできない』

『あの日の自分をやり直すこともできない』

『でも、あの日から先の人生は、まだ書ける』

 そこまで書いて。

 僕は画面を閉じた。

 その瞬間。

 不思議なくらい、心が軽くなった。

 僕はようやく理解した。

 人生には、取り消し線がない。

 どれだけ後悔しても。

 過去のページに線を引いて消すことはできない。

 破り捨てることもできない。

 燃やすこともできない。

 時間は戻らない。

 言葉も戻らない。

 失った人も。

 過ぎた日も。

 選ばなかった道も。

 全部、そのまま残っている。

 だから。

 僕たちは時々、過去を消したくなる。

 でも。

 もしかすると。

 過去を消す必要なんてないのかもしれない。

 間違えたページがあるから。

 次のページで、違う選択ができる。

 失敗したから。

 次は慎重になれる。

 誰かを傷つけたから。

 次は誰かを大切にできる。

 後悔したから。

 今度は「ごめん」を言える。

 過去は変わらない。

 でも。

 過去を経験した自分は変われる。

 それだけで。

 十分なのかもしれない。

第八章 あの日の僕へ

 数年後。

 僕は実家へ帰った。

 夕食のあと。

 昔のアルバムを開いた。

 高校時代の写真。

 そこには、あの日の少し前の僕がいた。

 笑っている。

 友達も笑っている。

 僕は写真の中の自分を見つめた。

 そして。

 心の中で話しかけた。

 ――お前は、あの日、間違える。

 たぶん。

 すごく後悔する。

 何年経っても忘れられない。

 何度も「あのとき戻れたら」と思う。

 でも。

 それでもいい。

 お前は完璧じゃない。

 僕だって完璧じゃない。

 人間だから。

 言ってはいけないことを言う。

 大切なものを傷つける。

 謝るのが遅れる。

 間違った選択をする。

 逃げる。

 怖くなる。

 そして。

 後悔する。

 でも。

 その後悔まで含めて。

 お前の人生なんだ。

 だから。

 消さなくていい。

 忘れなくていい。

 無理に許さなくてもいい。

 ただ。

 その出来事を抱えたまま。

 次のページへ進め。

 僕はアルバムを閉じた。

 窓の外を見る。

 夜だった。

 昔と同じ街。

 でも。

 僕は昔とは違っていた。

第九章 書き直せないから

 人生は不思議だ。

 小説なら。

 作者が過去のページを修正できる。

 映画なら。

 編集で場面を切り取れる。

 ゲームなら。

 セーブデータをやり直せることもある。

 でも。

 人生にはそれがない。

 昨日の自分に戻れない。

 昨日の言葉を取り消せない。

 昨日の選択をやり直せない。

 だから。

 人生は怖い。

 一度選んだら。

 その選択は、自分の人生の一部になる。

 でも。

 だからこそ。

 今日の選択には意味がある。

 昨日までの自分がどうだったとしても。

 今日の一言は、今日選べる。

 昨日まで誰かを傷つけていたとしても。

 今日、優しくすることはできる。

 昨日まで逃げていたとしても。

 今日、向き合うことはできる。

 昨日まで「ごめん」が言えなかったとしても。

 今日なら言える。

 過去は書き直せない。

 だから。

 今を書く。

 未来を書く。

 まだ白いページが残っている。

 僕はそれを忘れないことにした。

終章 次のページ

 ある朝。

 僕はいつもより早く目を覚ました。

 カーテンを開ける。

 朝の光が部屋に入ってくる。

 コーヒーを淹れる。

 窓を開ける。

 静かな街を眺める。

 ふと。

 昔のことを思い出した。

 高校二年生の冬。

 あの教室。

 あの言葉。

 あの背中。

 あの日の後悔。

 今でも覚えている。

 たぶん。

 これからも完全には忘れない。

 でも。

 もう、消したいとは思わなかった。

 あの日があったから。

 僕は「ごめん」という言葉を大切にするようになった。

 誰かとの関係が壊れそうになったとき。

 意地を張る前に話すようになった。

 言葉を選ぶようになった。

 大切な人を後回しにしないようになった。

 全部。

 あの日から始まった。

 もし。

 あの日を消していたら。

 今の僕は、いなかったかもしれない。

 だから。

 あの日を美しい思い出だとは言わない。

 良い出来事だったとも言わない。

 間違いは、間違いのままだ。

 傷つけたことは、傷つけたことのままだ。

 後悔は、後悔のままだ。

 でも。

 その意味まで。

 あの日の自分だけに決めさせる必要はない。

 僕はそう思う。

 人生には、取り消し線がない。

 だから。

 失敗したページも残る。

 恥ずかしいページも残る。

 泣いたページも残る。

 誰かを傷つけたページも残る。

 逃げたページも残る。

 後悔したページも残る。

 どれだけ消したくても。

 そのページは、自分の人生から消えない。

 でも。

 人生にはもう一つ。

 取り消し線がない代わりに。

 続きを書くための白いページがある。

 昨日の自分が間違えた。

 だからといって。

 今日の自分まで同じ間違いをする必要はない。

 昨日、言えなかった。

 だから今日、言えばいい。

 昨日、会えなかった。

 だから今日、会えばいい。

 昨日、逃げた。

 だから今日、向き合えばいい。

 昨日、誰かを傷つけた。

 だから今日、誰かに優しくすればいい。

 過去を消すことはできない。

 でも。

 過去を持ったまま歩くことはできる。

 それだけは。

 誰にでもできる。

 僕は机の上に置いていたノートを開いた。

 新しいページ。

 何も書かれていない。

 真っ白だった。

 僕はペンを持つ。

 そして。

 最初の一行を書いた。

『今日から、また始める。』

 それだけだった。

 特別な言葉ではない。

 人生が突然変わるわけでもない。

 過去が消えるわけでもない。

 後悔がなくなるわけでもない。

 それでも。

 僕はその一行を見つめた。

 少しだけ笑った。

 過去のページには。

 もう何も書き足せない。

 何も消せない。

 だから。

 次のページを書く。

 僕はノートを閉じた。

 朝の街へ出る。

 いつもの道。

 いつもの駅。

 いつもの人。

 何も変わらない一日。

 それでも。

 僕の中では、一つだけ変わっていた。

 もう。

 過去を消すことだけを考えていない。

 過去を抱えたまま。

 今日を生きる。

 そして。

 今日の自分が。

 明日の自分へページを渡す。

 そのページに何を書くのかは。

 まだ分からない。

 失敗するかもしれない。

 また後悔するかもしれない。

 誰かを傷つけるかもしれない。

 間違えるかもしれない。

 それでも。

 ページをめくる。

 一枚。

 また一枚。

 人生には、取り消し線がない。

 だから僕は。

 過去を消すためではなく。

 その続きを書くために生きていく。

 いつか。

 人生の最後のページを開いたとき。

 そこまでのすべてを見返すことになるだろう。

 完璧な人生ではない。

 間違いだらけかもしれない。

 後悔も。

 失敗も。

 別れも。

 涙も。

 きっとたくさんある。

 それでも。

 そのページの一つ一つを見ながら。

 僕は思いたい。

 ――あのときは、あれで精一杯だった。

 ――あのときは、間違えた。

 ――あのときは、怖かった。

 ――あのときは、誰かを傷つけた。

 そして。

 最後に。

 ――それでも、ここまで来た。

 そう思えればいい。

 過去を消せなくても。

 人生は続いていく。

 取り消せないからこそ。

 次の一行を書くことには意味がある。

 過去の自分をやり直せなくても。

 今の自分は、これからを選べる。

 だから。

 もし今。

 あなたにも消したい日があるのなら。

 無理に消さなくていい。

 忘れなくてもいい。

 何度も思い出してしまってもいい。

 後悔したままでもいい。

 ただ。

 その一日だけを見て。

 自分の人生全部を決めないでほしい。

 そのページの次には。

 まだ何も書かれていないページがある。

 過去は変えられない。

 でも。

 物語は終わっていない。

 今日という一行も。

 明日という一行も。

 まだ書かれていない。

 僕は歩く。

 朝の光の中を。

 昨日までの自分を連れて。

 後悔も。

 失敗も。

 思い出も。

 全部抱えたまま。

 一歩ずつ。

 先へ進む。

 そして。

 次のページを開く。

 そこには。

 まだ何も書かれていない。

 だから僕は。

 ペンを取る。

 そして、書き始める。

 人生には、取り消し線がない。

 だからこそ。

 僕たちは。

 何度でも。

 次のページを始められる。


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