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腸活という言葉以上に大事にしたい”肚活”

腸活という言葉が、すっかり日常に馴染んだ。
ヨーグルト、食物繊維、乳酸菌。スーパーに行けば「腸活」を謳った商品が並び、SNSには毎日のように腸活レシピが流れてくる。悪いことではない。むしろ、腸の大切さが広く知られるようになったことは、素直に喜ばしいことだと思っている。

でも私は、どこかずっと、しっくりこない感覚を持ち続けていた。
ヨーグルトも試した。乳酸菌サプリも飲んだ。食物繊維を意識して、発酵食品を毎日摂るようにした。お腹の調子が少し良くなることはあっても、何かが足りない。体の奥の方で、何かが応えてくれない感じがずっとあった。
腸活という言葉が、軽すぎる気がしていたのだと、今ならわかる。

かつて日本人は、腸のことを「肚」と呼んでいた。
「肚を据える」「肚が決まる」「肚の虫が収まらない」「肚を割って話す」。これらの言葉が示すように、肚とは単なる消化器官ではなかった。人の意志や覚悟や感情が宿る場所。自分の本音が住んでいる場所。それが肚だった。
肚という漢字をよく見ると、肉付きに土と書く。身体の中にある、土。私にはこれが、腸内に息づく無数の菌たちの世界と重なって見える。土壌が豊かな菌に満たされているとき、そこに育つものは強く、しなやかになる。肚も同じではないか。
「肚を据える」とは、覚悟を決めることだ。でもそれは精神論だけの話ではなく、文字通り、身体の肚が整っているときに人は自然と落ち着いた判断ができる、という身体的な真実を含んでいるように思う。「肚の虫が収まらない」という怒りの表現も、感情が腸に宿るという感覚から生まれた言葉だ。現代の腸脳相関の研究が示していることを、日本人はずっと昔から身体で知っていた。

丹田とも呼ばれるへその下。そこに意識を置いて深く息をすると、不思議と気持ちが落ち着く。武道や茶道で「丹田に力を入れる」と言うのも、肚を中心に身体と心を整えるという日本人の身体観から来ている。
昔ながらの和食は、この肚を育てる食事だったと思う。
味噌、醤油、漬物、納豆、糠漬け。日本の伝統食は発酵食品に満ちていた。それは保存のための知恵でもあったけれど、同時に腸内の環境を豊かに保つための、長い年月をかけて培われた生活の知恵でもあった。旬のものを食べ、土地のものを食べ、発酵の力を借りて生きる。その暮らしが、肚の据わった人間を育てていたのではないか。
現代の食生活は、その土台を大きく変えた。加工食品、添加物、季節を問わず手に入る食材。便利になった分、肚に届くものが変わった。腸活ブームはその反動でもあると思う。でも、ヨーグルトを足すだけでは、失われたものは戻らない。

私が本当にやりたいことは、腸活ではなく肚活なのだと、最近はっきりと思うようになった。
腸活は、腸を整えることだ。肚活は、肚を育てることだ。この二つは似ているようで、根本が違う。整えるのは今日のことで、育てるのは人生のことだ。
肚が据わった人が増えること。自分の内側に軸を持って生きる人が増えること。流されず、焦らず、自分の肚で考えて動ける人が増えること。それが巡り巡って、この国の精神的な土台を取り戻すことに繋がると、私は信じている。
土を豊かにすることと、肚を育てることは、同じことだと思っている。見えない命が土を支えるように、見えない菌が肚を支える。その小さな営みの積み重ねが、人を、暮らしを、そしてこの国を、内側から整えていく。
腸活という言葉の先に、肚活がある。私はそこを目指している。

國定良呼(くにさだ よしこ)
腸活デザイナー/ツチコト主宰
土壌菌サプリ「ビオトトノ」を通じて、土と肚をつなぐ活動をしています。
Instagram:@tsuchicoto
公式LINE:https://lin.ee/M1cL25a

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