人間は、生物学的性別(sex)を変えることのできない種である。だから「GENDERなら変えられる」とした。これは、間違いである。
「生物学的性別(sex)は変えられない。だからGENDERなら変えられる」は論理になっていない
人間は、生物学的性別(sex)を変えることのできない種です。
これは、現在の生物学や医学において広く共有されている前提です。
ところが、「sexは変えられない。しかしGENDERなら変えられる」という考え方が広まりました。
しかし、ここには大きな論理の飛躍があります。
生物学的性別(sex)が変えられないことと、genderという概念を導入することは別の問題です。
もし「gender」を社会的役割や自己認識として定義するのであれば、それは人の考え方や表現の話です。
一方で、「genderが変わるから性別が変わる」「genderを理由に男性を女性と扱う」という結論は、生物学的性別(sex)とは異なる概念を使って、生物学的事実を書き換えていることになります。
つまり、
* 生物学的性別(sex)は変えられない。
* だからgenderという概念を用意する。
ここまでは概念の整理です。
しかし、
* genderが変わる。
* だから性別そのものが変わったことにする。
これは論理的には導かれません。
「sex」と「gender」を区別して始まったはずなのに、最後にはその区別を消してしまうからです。
生物学的性別(sex)を変えられないという事実は、genderという概念を導入しても変わりません。
概念を新しく作ることはできます。
しかし、概念を作っただけで、生物学的事実まで変わるわけではありません。
「生物学的性別(sex)は変えられない。だからGENDERなら変えられる」という主張は、事実と概念を混同した結果生まれたものであり、それ自体は論理的な帰結ではありません。
