性同一性障害(GID)や性別不合(gender incongruence)は、なぜ起こるのか。

この問いについて、まず確認しておかなければならないことがあります。
その原因は、現在の医学では解明されていません。
ところが、日本形成外科学会の一般向け解説には、性同一性障害について次のような説明があります。
「その原因はいまだ完全には解明されていませんが、生物学的な問題、すなわち胎児期に身体または脳のいずれかの性分化に異常が生じた結果と考えられています。」
ここには注意が必要です。
「脳の性分化」は確立された原因ではない
胎児期のホルモン環境などによって脳の性分化が起こり、それが身体の生物学的性別(sex)と異なる方向に進むことで性別違和が生じる――。
こうした考え方は、最近突然出てきたものではありません。かなり以前から研究されてきた病因仮説の一つです。
しかし、
「仮説として研究されている」ことと、「医学的に原因が解明された」ことはまったく違います。
これまでにも、
* 胎児期の性ホルモン環境
* 脳の構造や機能
* 遺伝的要因
* 神経発達
* 心理的・社会的要因
など、さまざまな観点から研究されています。
それでも現在まで、「胎児期に脳の性分化に異常が起きることが性同一性障害・性別不合の原因である」という因果関係が確立されたわけではありません。
「脳に異常がある」と診断しているわけでもない
ここはさらに重要です。
性同一性障害や性別不合と診断された個人について、医師が脳を検査して、
「この人は身体は男性だが、脳は女性型に性分化している」
と確認して診断しているわけではありません。
現在の医療には、脳画像、血液検査、遺伝子検査などによって個人の性別不合を客観的に判定する検査は確立されていません。
したがって、
診断が存在すること自体を、「脳の性別が身体と異なることが医学的に確認された」という意味に読み替えることはできません。
「原因不明」と「原因が証明された」の間には大きな距離がある
医学研究については、段階を分けて考える必要があります。
仮説がある。
↓
仮説を検討する研究がある。
↓
関連・相関を示す研究がある。
↓
結果が再現される。
↓
因果関係が実証される。
↓
病因として医学的に確立される。
これらは全部違います。
特に「ある特徴との相関が報告された」という研究から、「それが原因である」と結論することはできません。
性同一性障害・性別不合については、まさにこの区別が重要です。
「結果と考えられています」と書いてよいのか
だからこそ、日本形成外科学会の
「胎児期に身体または脳のいずれかの性分化に異常が生じた結果と考えられています」
という文章には疑問が残ります。
直前には「原因はいまだ完全には解明されていません」と書いているのに、その直後には特定の病因仮説をかなり確定的に提示しているからです。
医学的により慎重に説明するなら、
性同一性障害・性別不合の原因は現在も解明されていない。胎児期のホルモン環境や脳の性分化を含む生物学的要因など、複数の仮説が研究されているが、特定の原因や因果関係は確立されていない。
とするほうが、研究の現状を正確に表しているでしょう。
昔からある仮説を「医学的事実」にしてはいけない
「身体と脳の性別が食い違っている」という説明は、非常に分かりやすいものです。
しかし、分かりやすい説明であることと、それが医学的に証明されていることは別です。
性同一性障害から性別不合へと診断概念や分類が変化してきた現在だからこそ、改めて問う必要があります。
性別不合は、なぜ生じるのか。
医学的な答えは、現時点では、
「原因はまだ解明されていない」
です。
その事実を出発点にしなければ、「仮説」がいつの間にか「医学的事実」として社会に流通することになります。
