何を根拠に「男性の戸籍を女性に変える」ことが可能なのか
「なぜ、生物学的には男性である人の戸籍上の性別を女性として扱うことができるのか」。
この問題を考えるとき、まず確認しておきたいことがあります。
その根拠は、
「医師が、この人は生物学的に女性であると診断したから」ではありません。
根拠になっているのは、2003年に制定された「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」、いわゆる性同一性障害特例法です。
特例法は、そもそも「生物学的性別とは別」と認識している
この法律の第2条は、「性同一性障害者」を、
生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持つ者
という趣旨で定義しています。裁判所の現在の手続案内にも、この定義がそのまま示されています。 (裁判所)
つまり、この法律は最初から、
「生物学的性別が分からないので訂正する」
という制度ではありません。
むしろ、
生物学的性別は明らかである。しかし、一定の条件を満たした人については、例外的に別の性別として法令上扱う
という制度です。
法律の名称そのものが「性別の取扱いの特例に関する法律」であり、第1条も「法令上の性別の取扱いの特例」を定める法律だとしています。 (e-Gov 法令検索)
家庭裁判所が「性別の取扱いの変更」を審判する
特例法第3条は、
家庭裁判所が、一定の要件を満たした性同一性障害者について、本人の請求により「性別の取扱いの変更」の審判をすることができる
と規定しています。 (e-Gov 法令検索)
その際、2人以上の医師による診断書などが必要になります。
しかし、ここでも医師が診断しているのは、
「この男性は生物学的に女性である」
ということではありません。
法律上求められているのは、性同一性障害についての診断です。裁判所も「二人以上の医師により、性同一性障害であることが診断されていること」を要件として説明しています。 (裁判所)
したがって、
医学的診断によって男性が女性になり、その医学的事実を戸籍が追認している
という構造ではありません。
決定的なのは第4条の「みなす」
最も重要なのは特例法第4条です。
性別の取扱いの変更審判を受けた人について、民法その他の法令を適用するときは、原則として、
「その性別につき他の性別に変わったものとみなす」
と規定されています。 (e-Gov 法令検索)
ここで使われている言葉は「判明した」でも「確認した」でもありません。
「みなす」です。
これは非常に重要な違いです。
生物学的性別そのものが変化したという事実認定をしているのではなく、
法律上、別の性別に変わったものとして取り扱う
という法的な効果を与えているのです。
そして、その家庭裁判所の審判を戸籍制度に反映させるため、戸籍法20条の4は、場合によっては審判を受けた本人について新しい戸籍を編製する仕組みを定めています。 (e-Gov 法令検索)
つまり「根拠」は科学ではなく法律である
したがって、
「何を根拠に男性の戸籍を女性に変えることができるのか」
という問いへの最も端的な答えは、
性同一性障害特例法が、そのような法的取扱いを認めているから
です。
「男性が医学的に女性になったことが証明されたから」ではありません。
「女性であることを医師が診断したから」でもありません。
「生物学的性別が実は女性だったと判明したから」でもありません。
法律が一定の条件のもとで、
「他の性別に変わったものとみなす」
という法的擬制を置いた。
それが核心です。
だからこそ、本当に議論すべきなのは、
「男性は女性になれるのか」という医学的な話だけではありません。
もっと正確には、
「国家は、どのような理由と条件があれば、生物学的性別とは異なる性別として国民を法令上扱ってよいのか」
という法制度上の問題なのだと思います。
なお、2023年10月25日の最高裁大法廷決定によって、特例法3条1項の「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態」という要件は憲法13条に違反し無効とされました。現在の裁判所の案内でもそのことが明記されています。 (裁判所)
しかし、それによって制度の根本構造が変わったわけではありません。
制度の根本にあるのは今も、
生物学的性別そのものを訂正するのではなく、一定の場合に「他の性別に変わったものとみなす」という特例を設ける
という考え方です。
だから私は、この制度を論じるとき、
「その人が本当に女性なのか」
と、
「法律がその人を女性として扱うことにしたのか」
を混同してはいけないと思います。
この二つは、まったく別の問題です。
