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私と事典と古記録と 倉本一宏

 平安時代、貴族たちが仕事と私生活の出来事を日々記録した日記。2024年のNHK大河ドラマにも登場した藤原道長・実資さねすけ行成ゆきなりらが書き残した日記(古記録)のおかげで、私たちは摂関期の政治・社会・文化・宗教などを今日知ることができます。
 この度、それら古記録を読み解く便利な辞典の刊行にあたり、著者の倉本一宏先生に、編集作業中の苦労話や思わぬ発見などのエピソードをまとめていただきました。
 『小右記しょうゆうき』に秘められた実資の野望とは?

 あれは一九七九年、東京大学駒場キャンパスに通う二年生の時であった。駒場寮の並びにあった笹山晴生はるお先生の研究室で、刊行開始されたばかりの『国史大辞典』(吉川弘文館)第一巻を見せていただいた。全一五巻ということで、「これが完結する頃には、我々も執筆しているかもしれないね」などと同級生と冗談を言っていたものだが、実際に一九九一年から第一二・一三・一四巻に、「藤原顕信あきのぶ」「藤原斉信ただのぶ」「藤原道綱みちつな」「藤原能信よしのぶ」「源俊賢としかた」「簾中抄れんちゅうしょう」を執筆させていただいた。『国史大辞典』に原稿を書くのがその頃の目標の一つであったので、まことにありがたいことであった。

 その他、私が執筆した辞典や事典は、『新潮日本人名辞典』(新潮社)、『日本史大事典』(平凡社)、『日本古代史研究事典』(東京堂出版)、『角川日本史辞典(新版)』(角川書店)、『日本史広辞典』(山川出版社)、『岩波日本史辞典』(岩波書店)、『日本史文献解題辞典』(吉川弘文館)、『日本史人物辞典』(山川出版社)、『歴史学事典』(弘文堂)、『日本史小辞典』(山川出版社)、『平安時代儀式年中行事事典』(東京堂出版)、『日本史文献事典』(弘文堂)、『日本古代中世人名辞典』(吉川弘文館)、『歴史考古学大辞典』(吉川弘文館)、『日本女性史大辞典』(吉川弘文館)、『日本文化事典』(丸善出版)、『藤原道長事典』(思文閣出版)と続いた(計四六五項目)。最近では大きな事典の監修まで引き受けている。特に一九九〇年代から二〇〇〇年代は、毎年辞典を書いていたような気がする(『平安時代史事典』〈角川書店〉の執筆は免れた)。同じ項目を複数の出版社から依頼された時は、書き分けに困ったものである。

 さて、疫病が猖獗していた最中、吉川弘文館から古記録のみを使って摂関期の政治・社会・文化・宗教に関するさまざまなキーワードをわかりやすく解説する事典(『平安貴族の日記を読む事典―御堂関白記・小右記・権記―』)の執筆を依頼された。以前からそのような事典があればいいなあと思っていただけに、これはなかなか楽しい事典ができそうだなと、単純に考えていた。

 しかし、まったく意外なことに、一人で全部書かなければならないとのことで、そんなのできるわけないと考えて、この依頼は聞かなかったふりをしたまま、さまざまな仕事に忙殺されていた。

 ところが二〇二四年三月に勤務先を定年退職し、十二月にはとんでもなく忙しくてストレスの多い仕事も終わったので、いつまでも知らんぷりを決め込んでもいられなくなってきた。

 というわけで、二〇二五年の初頭から、執筆に取りかかったのである。『現代語訳 小右記』の編集に携わっていただいた方に一〇一の項目を選定してもらい、それを三つのランクに分け、内容に応じて六〇〇字・一二〇〇字・二〇〇〇字の区分を設けた。どれも項目の定義的説明を行ない、ついで印象に残った古記録の記事を現代語訳や訓読文で引用して、それぞれの時代背景を解説していくという手順で書き始めた。六〇〇字の項目だと定義的説明だけで字数が尽きてしまうが、一二〇〇字の項目では、古記録の記事を一つ探さなければならない。二〇〇〇字の項目だとそれが複数ということになる。

 と書けば簡単だと思われるかも知れないが、それぞれの項目について、『御堂関白記みどうかんぱくき』『小右記しょうゆうき』『権記ごんき』、時には宇多うだ醍醐だいご・村上天皇の三代御記ぎょきや『貞信公記ていしんこうき』『吏部王記りほうおうき』『九暦きゅうれき』『左経記さけいき』『春記しゅんき』といった前後の時代の古記録の記事の中から面白い記事を見つけるのは、なかなか手間のかかる作業であった。

 この仕事を引き受けた当初は、日文研(国際日本文化研究センター)のウェブサイトで公開した「摂関期古記録データベース」で検索すれば簡単だと考えていたのだが、いざやってみると、データベースは記された文字しか表示しないので、うまくヒットしない。たとえば摂関期の公卿議定である「陣定」という語を検索しても、実際には陣定が開かれたにもかかわらず、記事に「陣定じんのさだめ」という語を書いたとは限らないのである(あれだけ大量の記事があるデータベースで「陣定」という語が出てくるのは一〇九回しかない)。まして「御前定」は本文では一例しかヒットしない。

著書『平安貴族の日記を読む事典』の書影

 ようやくこの仕事の大変さがわかった次第であるが、今さらやめるわけにはいかない。途方に暮れていたところ、『御堂関白記』『権記』『小右記』に関しては、かつて現代語訳を刊行したので、そのファイルがあることを思い出した。三代御記もまだ校正中であるが、現代語訳の作成は終わっている。四つとも、「各日付と干支の下に、その日の記事の主要な出来事を、簡単に太字で示した」ので、たとえば陣定が開かれた日には、日付の下に「陣定」と書いてあったのであった。

 『左経記』や『春記』他の現代語訳ファイルが完成していないのが残念であるが、『貞信公記』や『九暦』など大日本古記録に収められている古記録は各記事の上に表出があるし、他の古記録も大日本史料をめくれば、だいたいの見当はつく。この事典のサブタイトルも「御堂関白記・小右記・権記」なので、この三つを主に考えればいいのであった。

 このようにして「陣定」を検索してみたところ、宇多・醍醐・村上天皇の三代御記、藤原忠平ただひらの『貞信公記』、藤原実頼さねよりの『清慎公記せいしんこうき』、重明しげあきら親王の『吏部王記』には一例もみえず、藤原師輔もろすけの『九暦』に一例みえるのが初例であった。ところが藤原実資さねすけの『小右記』には二三例、藤原行成ゆきなりの『権記』には一六例、藤原道長の『御堂関白記』には九例、源経頼つねよりの『左経記』には三例、藤原資房すけふさの『春記』には六例と、やはり摂関政治の最盛期に陣定が盛んに開かれていたことが窺える。

 というわけで、それぞれの項目について、現代語訳ファイルを検索したり、大日本古記録や大日本史料をめくったりして、面白い記事を選び、それを解説していく作業を進めた。始めてみるとけっこう面白い作業だったので、予想外に早く原稿が完成したという次第である。

 あらためて現代語訳ファイルの「主要な出来事」のありがたさを思い知ったのであるが、よく考えれば、この「主要な出来事」は、『小右記』の記事のあちこちに朱書している首書しゅしょと同じものであった。周知のように、実資は『小右記』の暦記れききを切り取っては政務や儀式の内容毎に集め、部類記を作成しようとしていたのであるが、そのために暦記に首書を書いていたのである。これが実資の手で書かれたものか、それとも部類記作成の過程で資平すけひらや資房などの手によって書かれたものかは不明であるが、いずれにせよ、その機能は、「主要な出来事」と同じなのである。

 なお私は、実資は各政務や儀式の部類記を作成した後、それぞれからもっとも優れた記事を選んで配列し、いずれは儀式書を作ろうとしていたのではないかと考えている。自分の記録した日記に基づいて、天皇をはじめ全貴族が政務や儀式を執り行なうというのが、実資の野望だったのではないかと、秘かに思うのである。

 というわけで、現代語訳ファイルの検索に助けられて、この事典を刊行するのであるが、これらのファイルをデータベースで公開すれば、平安時代史研究に資するところはあるであろうし、何より専門外の方、一般の方、外国の日本研究者にも便利だろうと思うのだが、出版社との権利関係があって、なかなか実現しない。『御堂関白記』と『権記』はKindle版、『小右記』はMaruzen eBook Libraryで検索もできるが、「摂関期古記録データベース」のように気軽に読めて検索もできるようになってほしいと願う今日この頃である。

(くらもと かずひろ・国際日本文化研究センター名誉教授) 


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