見出し画像

【アルコール依存】なぜ僕は1人で病院に行けたのか

アルコール依存症の治療を始めるとき、多くの人が最初の一歩を踏み出せずにいます。僕もそうでした。でも、なんとか病院にたどり着くことができました。今回はその経緯を、包み隠さず書いてみようと思います。

死にかけていました

依存症が進行すると、鬱(うつ)が深くなっていきます。

アルコール(アセトアルデヒド)には鬱を悪化させる作用があります。それに加えて、お酒がやめられないから仕事を休みがちになります。休んで飲んでを繰り返すうちに、お金はなくなっていき、仕事に行けない自分を責め続けるようになりました。生活苦と自責とアルコールの作用が重なって、僕の鬱はどんどん進行していきました。

末期になると、自殺願望が出てきます。アルコール依存症による自殺は、実は珍しくありません。僕はまさにそんな状態でした。日に日に進行しているのがわかっていてもお酒はやめられません。

毎日スマホで自殺の方法を検索していました。どうやったら楽に死ねるか。人に迷惑をかけずに死ねるか。睡眠薬をどこで買えるか調べるところまで来たとき、さすがに「やばいな」と思いました。

死にたくないと思えた理由

そんな状態のとき、仲の良い友人グループと連絡を取りました。

僕たちには共通の夢がありました。競馬が好きで、みんなで馬主になろうという話をしていたんです。その夢に向かって、いろいろな挑戦をしていた時期でもありました。

その友人たちと話したとき、強く思ったんです。「このまま死にたくない」と。

夢があって、一緒に追いかけている人たちがいる。それだけで、踏みとどまれました。

病院への道が、思っていたより険しかった

死にたくないと思えた。では次に病院へ、と言いたいところですが、ここに大きな壁がありました。

僕は元々看護師をしていて、精神科病院に実習で行ったこともありました。家系にもアルコール依存症の人がいたので、依存症についての知識は多少ありました。だから検索すれば知っている病院名はいくつか出てきたんです。ただ問題はそこではありませんでした。

精神科やメンタルクリニックは、電話で予約しようとすると数週間待ちはざらです。勇気を振り絞ってようやく「行こう」と思ったのに、そのハードルが異様に高い。しかも交通のアクセスが不便なところも多い。

気力がある状態ならまだしも、依存症の末期でそこまで自分で頑張る余裕はありませんでした。

相談窓口に電話したのが、大正解でした

自分で病院を探す代わりに、札幌市の依存症相談窓口に電話しました。

これが大正解でした。

担当の方がとても親身になって話を聞いてくれました。僕は電話しながら泣いていました。やっと人に打ち明けられたという安堵と、こんなに丁寧に聞いてもらえるんだという驚きで。僕の状況に合った病院もすぐに教えてもらえて、無事に受診することができました。

精神科を自分で探すのは、思っている以上に難しいです。だから、まずは相談窓口に電話することを強くおすすめします。

病院に行けた理由を振り返ると

整理すると、3つあると思っています。

1.人との繋がりがあったこと 友人たちとの夢があって、「死にたくない」と思えた。誰かとつながっていることが、踏みとどまる力になりました

2. 相談窓口を使ったこと 自分で全部解決しようとしなかったことが、結果的に正解でした。相談窓口のプロに頼ったことで、病院までの道が一気に開けました。

3. 予備知識があったこと 元々看護師だったこと、家系にもアルコール依存症の人がいたこと。自分がすでに依存症の域にいると、心のどこかでわかっていました。認めたくはなかったけれど、その知識があったから「病院に行かなければ」と思えました。

同じ状況にいる方へ

もし今、お酒がやめられなくて苦しんでいる方がいれば、一人で抱え込まないでください。

僕でよければ、noteのコメントやXのDMで気軽に声をかけてもらえれば、できる範囲でお話を聞きます。もちろん、専門の相談窓口に連絡することも強くおすすめします。まずは電話一本からで大丈夫です。

札幌市在住の方 札幌市精神保健福祉センター(札幌こころのセンター)依存症相談窓口 電話:011-640-7183 受付:月〜金曜日 13:00〜16:00(祝日・年末年始を除く) 相談料:無料

全国の方 お住まいの都道府県・政令指定都市の精神保健福祉センターにご相談ください。アルコール依存症の相談を受け付けており、状況に合った病院も紹介してもらえます。

次の記事では、「どうやってアルコール依存症になったのか」を書こうと思います。依存症になった経緯を、当時の飲み方や生活も含めてリアルに振り返ります。

いいなと思ったら応援しよう!