地に足をつけて生きること
吉玉サキとして文章を書きはじめたのは2018年のことだ。
私は文字単価0.5円とかのSEO記事を書きつつ、どうしたらライターとして生活できるかを画策し、戦略的にnoteを毎日更新していた。その結果、とあるメディアから「うちでエッセイを書かないか」と声をかけられたり、当時存在したcakesというメディアのコンテストで優秀賞を受賞したりした。cakesでは山小屋で働いていたときの思い出を描いた『小屋ガール通信』というエッセイを週刊で連載し、連載開始から1年後に『山小屋ガールの癒されない日々』として書籍化された。
文章を書きはじめてからわずか1年で単著を出版できるのは「成功」と言えるだろう。その頃、私の書く文章はよく読まれた。毎日更新しているnoteには多くのスキがついたし、メディアで書くエッセイもたまにバズった。
しかし、お金はなかった。文字単価時代よりはマシになったものの原稿料は安かったし、月に書く本数も少ない。本だって、出したことがある人は知っていると思うが、大ベストセラーにならない限りはそこまでお金が入ってくるわけじゃない。
名前を知られたりチヤホヤされたりする機会が増えて、取材やイベント登壇の話が入ってきて、情報商材屋からは「講師業をしませんか」なんてお誘いが来る(断ったが)。まるで売れている人みたいだ。お金持ちのふりをしようと思えばできてしまうくらいに。しかし月収はフリーター時代よりも低く、常に生活に不安があった。当時私は結婚していたが、夫も無職同然のイラストレーターだったため、家計はかなり厳しかった。私と元夫が楽しく暮らせていたのは、単にフリーター歴が長くて貧乏に耐性があるからだ。
Webメディア業界の人は、私が貧乏なことを知っていたと思う。同業ゆえに原稿料の相場がわかるからだ。しかし他業種の人、とりわけ文筆業に憧れている人の中には、私のことを「売れている人」と勘違いして羨ましがる人もいた。羨ましがられるたびに、「いやいや、あなたが思うほどいいものじゃないです」と思ったが、面倒だったので言わなかった。一度、noteにお金がないことを書いたのだが、予想以上にバズってたくさんのサポートをいただいてしまい、申し訳なくなって、それからはお金がないことは極力書かないようにした。
当時の私の願いは、書くことを仕事にしたい、お金に困らないようになりたい、ただそれだけだった。それ以外は望まない。毎日コツコツと仕事をして、地道に堅実に、地に足をつけて生きたかった。
なのに、インターネットで知り合う人は「有名になるには」「バズるには」みたいな話ばかりしていて、私はやや食傷気味だった。だって、私は日々のお米を求めているのに、彼らはマカロンの話をしている。承認欲求がどうの自己実現がどうのと、なんでそんなにうっとりした話ばかりをするのだろう。うっとり堂本舗総本家か。
うっとりした人たちはみんな、会社員として安定したお給料をもらっていたり、安定したお給料をもらっている配偶者がいたりして、お金に困っていなかった。なのに彼らは、PV数だの影響力だのといったことで私を羨ましがる。そんなふわふわしたものではお腹は膨れないのに。
「地に足をつけて生きる」というただそれだけの目標がなぜか理解されず、遠くの幻のように光っていた。
たくさん読まれるしチヤホヤされるけどお金がない、妙にふわふわした状況は約2年も続いた。
◇
その後、2020年の後半頃からエッセイではなく取材記事の仕事が増え、1ヶ月の依頼の件数も増えて、少しずつ収入が安定してきた。ライターになってから収入が安定するまで約2年。自分でも、よく諦めなかったなと思う。
ただ、その2年間は苦しいことばかりではなかった。未経験からwebメディア業界に身一つで飛び込み、右も左もわからないまま、挑戦者の立場で精一杯戦ってきた。それはとてもエキサイティングなことだ。大人になってからあんなに一所懸命にジタバタできることなんてそうそうない。いつも唇を引き結んで、キッと前を見据えるような心持ちで書いてきた。なんとか未来につなげようと必死にもがく日々は、生きている実感があった。
後の2023年に発表されるSixTONESの『こっから』という曲に、こんなフレーズがある。
これだけじゃやれねぇってわかってる
でもこれしかねぇからこれにかかってる
間違ってる未来でも俺には光ってる
収入が安定するまでの2年間、私はまさにこんな心境だった。
書くことを仕事にするのは無謀なのかもしれない。でも、自分にはこれしかないからどうしても諦められない。
夢を追う楽しさと大変さを味わいつくした2年間だった。
◇
吉玉サキとして文章を書くようになって7年。
今の私は、仕事以外の文章をあまり書かない。仕事で書く記事もバズを狙うようなものではなく、必要な人にそっと届けるようなものばかりだ。一昨日は新製品を試した人たちの座談会記事を書き、昨日は料理研究家のイベントのレポを書き、今日はIT企業の社員のインタビュー記事を書いている。
記事によっては名前が出ないこともあるし、昔のようにたくさん読まれることはなくなった。読者からの反応も昔ほどはない。自分のことを書く機会も減り、チヤホヤされることはなくなった。今の私は昔のような「たくさん読まれる書き手」ではないので、うっとりした話をされることもない。
しかし、今の私は注目を集めていた頃よりも多くの記事を書いていて、一つ一つのクオリティも上がっている。記事の単価も上がった。相変わらずお金持ちではないけれど、お金に困ることはない。旬の果物を食べたり花を飾ったりする余裕はあるし、先日はコツコツ貯めてきた貯金が目標額に達した。
気付けば、7年前の「地に足をつけて生きたい」という夢が叶っていた。
今の私はコツコツと文章を書いてお金を稼ぎ、生活を営んでいる。なんて幸せなことだろう。これ以上は何も望まない。
……と思っていたのに、私の人生はまだハッピーエンドというわけにはいかないようだ。生成AIに仕事を奪われる問題があるし、動画や音声メディアの台頭によってweb記事はどんどん読まれなくなっている。私が築いたライターとしての安定も長くは続かないだろう。私はまた、次の一手を考えなければならない。
いつかの童心もって努力し 夢と相思相愛になれるはずなんだ
こっから、こっから始まんだ
こっから始めるのはいささか腰が重いが、仕方がない。今ある仕事を精一杯楽しみつつ、書き手として生き残るべく、挑戦者として試行錯誤する。新しい日々がこっから始まるのだろう。
大丈夫、7年前もそうしてきたからね。
大切なのは、地に足をつけて生きること。うっとりした軽薄な言葉に惑わされず、他人の評価を真に受けすぎないこと。こんな時代だからこそ、地道に堅実に生きることが打開策になると信じている。
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